人身売買の被害者を守れ
人身売買の被害者は、多くの場合性産業で働くことを強制される。専門家のステラ・イェグヘール氏は、スイスはそれらの被害者のために保護を強化するべきだと主張する。
アムネスティ・インターナショナルのスイス支部で女性の権利を担当するイェグヘール氏は、女性被害者の滞在延長の許可を呼び掛けるキャンペーンに携わっている。
6月中旬にアムネスティなど複数の組織が女性の人身売買についての会議を共催し、イェグヘール氏は講演者の1人として出席した。しかし連邦議会は、人身売買の被害者に対する保護の強化を呼び掛ける動議を5月28日に否決している。
swissinfo : スイスにおける人身売買の実態は分かっているのでしょうか?
イェグヘール : 本当に信頼できる数字ではありません。わたしたちが持っているのは不特定の期間にまとめられた数字で、1500人から3000人の被害者が存在するということになっています。実際のところ、これは人身売買の被害者についての国際的なレポートからの推定で、非政府組織 ( NGO ) はこの数字を全く信用していません。
確実に信頼できる数字は、おそらく女性の権利の保護を推進する団体の「女性情報センター ( FIZ ) 」のような、専門のNGOに相談をした被害者の数でしょう。昨年相談をした女性被害者の数は約160人です。
ほかにはごくわずかですが、人身売買の有罪判決の統計もあります。過去10年間で15件から20件くらいでしょう。しかし、不法労働と不法滞在が関わってくるため、一般的に言ってこれについてもあまりはっきりしていません。
swissinfo : それでは本当の数字はもっと大きいということでしょうか?
イェグヘール : わたしたちが把握しているよりもっとたくさんの女性被害者がいるとは言いませんが、被害者は確かに存在しており、現在の経済危機のせいでもっと増える可能性があります。たくさんの女性が仕事を探していますが、人身売買と強制売春に行きついてしまう可能性があります。
swissinfo : どういった女性がスイスに売買されてくるのでしょうか?
イェグヘール : 東ヨーロッパからの人身売買が非常に多くなりました。ルーマニアやブルガリアも加盟国になっている欧州連合 ( EU ) と新協定を結んだ結果、人の往来が自由になり、東ヨーロッパからの人身売買が増えています。正規の滞在許可証を持った女性もスイスに来ていますが、それでも売春を強制されています。カメルーンやナイジェリアのようなアフリカのフランス語圏の国から来た女性、そしてアジアや中南米から来た女性もいます。
swissinfo : 人身売買で連れてこられた女性たちはスイスでどうなるのでしょうか?
イェグヘール : さまざまなケースがあります。典型的な例はおそらく、売春ではなく別な仕事、例えばレストランや家政婦の仕事があるからと約束されてやってきたケースでしょう。スイスに到着してから、約束とは違う契約になっていることを知らされるのです。パスポートを取り上げられて、不法滞在を脅 ( おど ) されることもあります。これは女性たちを支配するための強力な手段の1つです。
ほかにも、売春をやっていたと祖国にいる家族または出身地の地域社会へ知らせると脅しをかけるというような手段もあります。支配の手段はその女性の出身地の文化によって異なります。
警察の取り締まりや、何かがおかしいと気付いた顧客の通報によって被害者が見つけ出されることがあります。また良いケースとしては、外部の援助が得られ、カウンセリング・センターからの助けによって救出された人もいます。救出された被害者は専門のカウンセリングを受け、スイスに滞在するようになった経緯を注意深く調べられます。厳しいケースは、不法滞在という理由による即時国外追放でしょう。これは大きな脅威の1つとなっており、わたしたちが状況改善を要求している理由です。状況が改善され、売買された女性たちの滞在を延長できれば、彼女たちがトラウマから立ち直るための時間を得ることができます。
swissinfo : 最近連邦議会は人身売買の被害者に対する保護の強化についての動議を否決しました。
イェグヘール : 昨年わたしたちは女性情報センターやほかの組織とキャンペーンを行い、この動議のために7万人分の署名を集めました。この動議はキャンペーンの続きで、とりわけ人身売買の被害者が滞在を延長するための法的な権利を求めています。たった3票の差で否決されたという事実は、この問題に関する政治家たちの認識がまだ浅いということを意味しています。
swissinfo : 人身売買の被害者を保護するために、ほかにどのようなことができるでしょうか?
イェグヘール : わたしたちは人身売買の問題を人権問題として考えてほしいと思っています。法律の専門家が認知しているように、国には人間を、特に女性を人権侵害から保護する義務があるのです。
わたしたちは、単に女性の保護だけでなく、スイスにいる全ての移民女性に対してより優れたカウンセリング、法的援助、そして自分の権利を確立する方法を提供するというポジティブな政策を取ることによって、人権確立の現実化を国家の義務として考えてほしいと考えています。これは移民政策の問題としても考慮されるべきです。
イゾベル・レイボルド・ジョンソン、チューリヒにて swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、 笠原浩美 )
6月11日、チューリヒで「スイスにおける女性の人身売買とその対策」についての会議が開催された。
アムネスティ・インターナショナル、女性の人権保護団体の「女性情報センター ( FIZ ) 」と「CFD」、そしてチューリヒ州の男女均等化問題局が同会議を共催し、NGOの代表者、学会、警察、政府の関係者が出席した。
同会議は、人身売買対策の促進およびスイスでそれらを適用した場合の効果についての研究を目的として開催された。
イェグヘール氏は、連邦機関である「人身売買・移民密輸対策スイス統合チーム ( KSMM ) 」は、連邦司法警察省 ( EJPD/DFJP ) の管轄下にある一機関で、人身売買対策活動の調整を担っていると指摘する。しかし政府による活動計画は無く、各州政府が人身売買問題とその対策の責任を負い、保護の程度は州によって異なる。
スイスは、「反人身売買・欧州協議会条約 ( The Council of Europe Convention against Trafficking ) 」に署名をしたばかりだが、まだ批准はされていない。イェグヘール氏は、これによって州の方針が影響を受けことになると指摘し、「批准の手続きが進行する間に、人身売買の問題に対する関心が高まり、それを利用することによって全国レベルで対策を調整できるようになる」と述べる。
アムネスティの目から見たもう1つの問題は、スイスでは外国人に対する嫌悪と人種差別が高まっており、それが移民に向けられていることだとイェグヘール氏は付け加える。また、昨年スイスとオーストリアが共催したサッカー・ヨーロッパ選手権 ( EURO 2008 ) に焦点を合わせて行われたキャンペーンの後も、引き続き人身売買に対する関心が続いていることは重要だと指摘する。
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