低迷するスイス観光業界 救い手はアラブ人や中国人?
何十年にもわたりスイス人やドイツ人観光客を頼みの綱にしていたスイスのホテルや山岳リゾート。しかし、スイスを訪れるヨーロッパからの観光客は年々減少している。低迷するスイスの観光業界に、新興国からの観光客が救い手となるのだろうか?
夏も終わりに近づいたある晴れた日。ルツェルン湖半にそびえるリギ山(Rigi)のふもとに静かにたたずみ、昔ながらの町並みが残るヴェッギス(Weggis)に来てみると、なぜ多くのヨーロッパ人がこぞってここで夏の休暇を過ごすのかがよく分かる。
米国の作家、かのマーク・トウェインがかつて「最もチャーミングな場所」と称賛したこの町も、減速するヨーロッパ経済やスイスフラン高のあおりを受け、伝統的なヨーロッパ市場からの観光客が減少している。スイスにやって来る観光客で最も多いのがドイツ人だが、今年上半期のドイツ人観光客数は前年比で15%も減った。イギリス人観光客も同様に減少している。
一方で、湾岸諸国、中国、インド、ロシアなどといった新興国からの観光客が急増。湾岸諸国からやって来た人の宿泊数は今年上半期、前年比で40.6%増加、中国人は26.8%の増加を記録した。これは数が安定しているインド人観光客とほぼ同じ宿泊数だ。
こうした新興国からの観光客にスイスの観光業界は大きな期待を寄せている。スイス政府観光局ディレクター のユルク・シュミードさんは、スイスを訪れる新興国からの観光客数は来年には3割ほど増加すると見込む。また、日曜紙ゾンタークスブリック(Sonntags Blick)の取材に対し、中国からの観光客はイタリアなどスイスの隣国からやって来る観光客の数を来年上回るだろうと話した。
しかし、中国経済が減速の兆しを見せている現在、こうした予想は単なる期待に終わる可能性が高い。しかも、ドイツ人観光客の数は新興国の観光客全体と比較しても、いまだ2倍も多い。そのため、観光業界には中国人観光客の呼び込みに躍起になるところもあれば、別段何もしないところもあるのはこうしたことが理由かもしれない。
「ホテルの立地場所が左右する」と、インターラーケン(Interlaken)にあるホテル・カールトンユーロップの所有者、ステファン・マーダーさんは言う。「市場の変化はここインターラーケンならどこでも感じられる。だが、レンク(Lenk)やグシュタード(Gstaad)などあまり変化のないところもある」
変化する市場
新興市場からの観光客が目立つようになったのはおよそ6年前。それからというもの、マーダーさんのホテルでは新しいゲストに対応するためにスタッフ一同、さまざまなことを学んでいった。
「対応に一番苦労するのが、宗教かもしれない。メッカがどの方向にあるのかとロビーで尋ね、じゅうたんの上で祈り始めるゲストがいる。もちろん、これは他のゲストに少々変わっていると思われてしまう」。マーダーさんは他にも、食事への注文、衣服、衛生に関しても問題になることがあると付け加える。
例えば、湯船につかる前にシャワーを浴びる習慣のある国から来たゲスト。100年の歴史を持つスイス式の浴室に直面した彼らは、まずシャワーホースを手にバスタブの外で体を洗う。当然、バスタブ以外に排水溝のない浴室は水の被害を受けてしまう。
マーダーさんのホテルではこうしたゲストの要求に応えるため、施設を新しく増築する予定だ。さらに、「空調設備に関しても議論している。特にアラブ人やインド人は気温が20度を超えるとエアコンをつけたがってしようがない。ここベルナー・オーバーラント(Berner Oberland)のリゾートでは(冷房は)あまり一般的ではないのだが」
人々が欲しいもの
ところ変わってヴェッギス。ここにはそのような問題はないようだ。新しい観光客は「少々」見受けられるものの、ヨーロッパからの観光客数が減少したことが一番の変化だ。
「オランダ人、ベルギー人、北欧諸国からの人などが大幅に減っている。彼らはイタリアへの中継地として、夏に車でやってきたものだが」と、ホテル・シュヴァイツァーホーフ(schweizerhof)を夫婦で経営するザビーネ・コッホさんは言う。「スイスの物価が高くなったために、彼らは(ここには泊まらずに)車を20時間運転して一気にイタリアに行ってしまう」
ホテル・ボーリヴァージュ(Beau Rivage Hotel)のウルスペーター・ゲーリング支配人は、中国市場は成長しているが中国人観光客がこのホテルで占める割合は「あまり大きくない」と話す。アジアからの団体観光客を収容するには、全39室のこのホテルでは小さすぎるからだ。
「中国人はスイスを周っているだけ。宿泊は(近郊の)ルツェルン地域で1泊だ。2泊するグループもあるが、ルツェルンでショッピングがしたいのだ。時計を買いにね」
そのため、ゲーリングさんやコッホさんのターゲットは、これからもヨーロッパ人とスイス人であり続ける。前出のマーダーさんによれば、新しいゲストはスイス観光に対してかなり異なるニーズや期待を持っている。1カ所でバカンスを過ごすヨーロッパ人とは違い、彼らはヨーロッパ数カ国をめぐるツアーの1地点としてスイスにやってくることがしばしばあるという。
スキーではなくショッピング
インド人やアラブ人はホテルで長めに過ごしたり、アウトドアを好んだりするが、中国人は高級品を買う場所としてのスイスに興味があるとマーダーさんは言う。「これまでの中国市場を考えてみると、中国人は素敵なホテルがあるからスイスに来るわけではない。時計の購入が目的だ。高級品に対する課税が、中国国内ではスイスに比べてかなり高いためだ。中国人観光客は増えてはいるものの、スイスのホテルが生き残れるほどの規模には至っていない」
ヴェッギスのゲーリングさんには、ターゲットをアジア人やアラブ人に変える予定はないという。「スイス人とヨーロッパ人は私たちにとっていまだ重要なゲスト。私たちのゲストは、休暇を過ごすためにここにやって来る人たちだ。スイス市場はまだ大丈夫」
新興市場の観光客に沸くインターラーケンだが、マーダーさんは一抹の不安を感じる。「これから到来する冬シーズンが心配だ。新興市場の観光客はスキー観光客ではないからだ」
ドイツ:-15.1%、233万泊
イギリス:-11.4%、81万7000泊
フランス:-4.8%、67万泊
オランダ:-16.3%、36万7000泊
ロシア:+6.5%、31万1000泊
インド:+4.3%、28万3000泊
中国(香港除く):+26.8%、28万2000泊
湾岸諸国:+40.6%、20万3000泊
日本:+8.2%、18万1000泊
(比率は前年比、出典:連邦統計局)
グラウビュンデン:-7.6%、279万泊
ヴァレー/ヴァリス:-6.9%、202万泊
ベルナー・オーバーラント:-5.7%、167万泊
レマン湖地域(ヴォー州):-3.5%、121万泊
ティチーノ:-7%、93万8000泊
ジュラおよび三つの湖地区:+3.1%、34万3523泊
フリブール:+9.9%、21万325泊
(比率は前年比、出典:連邦統計局)
(英語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)
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