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保護か駆除か、オオカミをめぐる対立

スイスでは1998年から57匹のオオカミが確認されている wolf.ch

スイスで絶滅したと思われていた野生オオカミが、再び国内で確認されたのは今から20年前。オオカミは国際協定で保護動物に指定されているが、スイスでの保護をめぐっては、支持派と反対派の間で対立が続いている。

 8月に入り、グラウビュンデン州カランダのオオカミの群れに、今年生まれたオオカミの子3匹が確認された。森の茂みのあちこちに設置された監視カメラがその姿を捕らえた。3匹以上生まれている可能性もある。これまでに1シーズンで5~6匹のオオカミの子が確認されたこともあるからだ。

 オオカミの保護を支持する人たちは、ヴァレー(ヴァリス)州アウグストボルト一帯にも注目している。M46と名づけられた雄オオカミと、雌オオカミF14が子をもうけ、スイス国内で二つ目となる群れができたかもしれないからだ。その答えは夏の終わりまでには出ると見られている。

 だがオオカミの繁殖を好意的に受け止める人がいる一方で、最強の捕食動物の存在に危機感と不満を持つ人がいることは事実だ。スイスで再びオオカミが見つかった1995年7月以来、その保護をめぐり国内では意見が分かれている。

「調整する役目」

 オオカミの再来から20年目となる今年7月、世界自然保護基金(WWF)はホームページ上で「森と自然が感謝している!」というタイトルでオオカミの有益性について言及した。オオカミは、新芽を食い荒らし森林の再生を遅らせるシカやウサギなど猟獣の数を調整する役目を持つという。

 またオオカミの存在により、畜産農家は夏の間山に放牧するヒツジの群れの安全管理を見直すようになったと指摘する。「ヒツジたちが自由に好きなところで牧草をはむという山地放牧は、歴史的に見れば新しくもあり、ヒツジにとって有利なものではない。毎年放牧される20万匹のうち約4千匹が、病気や滑落によって死んでいる。それに対しオオカミによる被害は死亡数の1割以下だ」(WWF)

 畜産農家が牧羊犬を配置するようになったことからも、WWFは、「奇妙に思われるかもしれないが、(より適切な安全対策をとることで)オオカミは何百匹ものヒツジの命を救った」としている。

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牧場に流れる血

このコンテンツが公開されたのは、 スイスにオオカミが帰ってきた。山の牧草地にも侵入し、去った後に、ヒツジの死体を次々と残していく。(SRF/swissinfo.ch)

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「殺すという本能」

 だが、オオカミで被害を受けたウーリ州イゼンタールの畜産農家ダニエル・イムホルツさんやヴェルナー・ヘルガーさんは憤慨している。村からロープウェーで山に登り2時間ほど歩いたところに、村人たちがヒツジを放牧していた牧草地がある。

 「していた」と過去形なのは、6月にイムホルツさんたち所有の20匹を含む50匹近いヒツジがオオカミに襲われたため、放牧を中断しているからだ。

畜産農家のダニエル・イムホルツさん(左)とヴェルナー・ヘルガーさん。「我々には谷を守っていく責任がある」 swissinfo.ch

 「オオカミには、殺すという本能がある」とヘルガーさんは憤る。「これだけ多くのヒツジを襲ったのだ。空腹を満たすために襲ったのではないのは明らかだ」。イムホルツさんは「被害の後、安全対策のために専門家が来た。だが、この地帯では牧羊犬に頼るのは無理だと判断された」と話す。

 畜産農家を支援する団体「CHWolf」の獣医クリスティーナ・シュタイナーさんは、「ヒツジの保護は、ほぼ全ての地域で可能だ」と言いつつも、「ヒツジを怖がらせることなく牧羊犬を導入するには時間がかかる。それに、石や岩の多い複雑な一帯などは、多大な投資が必要になり、放牧を断念せざるを得ないところもある」と認める。

谷を救う

 イムホルツさんは、「畜産農家には谷を守っていく責任がある。そんな私たちにとってヒツジは重要な収入源だ。畜産農家がいなくなれば、学校は閉鎖され、谷は過疎化するだろう。私たちは既にオオヤマネコの被害を受けており、ノロジカの数は著しく減った。シャモア(高山に生息するヤギに似た哺乳類)でさえ減少している。このままでは、この谷はオオカミに殺されてしまう」と主張する。

 だがその一方で、「確かにオオカミは、(畜産農家存続の)問題の一片でしかなく、いずれにせよ私たちはここで農業を守るために闘っていかなければならない。オオカミを殺しても、問題が解決するわけではない」と自覚している。

 スイスで唯一、オオカミの群れが生息するグラウビュンデン州では、ここ数年で牧羊犬の使用が広まったため、現状は「それほど緊迫していない」という。「ここではオオカミによる問題がほとんど起きていない。土地が比較的なだらかなことも幸いしているのだろうが」と同州狩猟・漁業局ゲオルク・ブロシ局長は話す。

 しかし、95年にオオカミの生息が確認されたヴァレー州では、状況が異なる。牧羊犬は少なく、ヒツジが襲われたというニュースが地元紙をにぎわすこともある。だがオオカミは、79年にベルンで結ばれた国際協定で保護されており、無許可で殺すことができない。畜産農家や狩猟家、政治家たちは、保護規制を緩和し、条件付きでオオカミの射殺を許可するよう求めるようになった。

規制の緩和

 こうした中、オオカミに関する規制法が見直され、今年7月半ばから各州は、多大な被害や人間へ危害を加える危険性があるなどの場合に限り、オオカミの駆除を許可できるようになった。

 新規制法では、連邦環境省の承認があれば、州はその年に生まれたオオカミの子の半数までを駆除できる。一方、群れに属さないオオカミについては、これまで各州からなる委員会の承認を受けなければならなかったが、今後は州が単独で、限定的な条件下で駆除を決定できるようになった。ちなみにヴァレー州ではつい最近、6月19日~8月8日に38匹のヒツジを襲ったオオカミの射殺許可が出されている。

 シュタイナーさんは、「新たな法律は、州に裁量を与えすぎている」と批判する。「オオカミの子どもと成獣を判別するのが困難なときもある。成獣を殺してしまえば、群れが散り散りになってしまう危険性もある。その結果、幼若なオオカミは簡単に手に入る獲物を求めるようになり、(家畜の)被害が拡大しかねない」

 スイスではオオカミの存在は、「オオカミを愛する」傾向にある都会と、田舎の間にある溝を見事に浮き彫りにしているようだ。イムホルツさんは熱をこめて言う。「都会に住む人が、オオカミの復活を歓迎するのは簡単だ。都会人は(オオカミなどよりも、町に出没する)キツネをどうにかしてくれと言う。だが田舎の私たちはというと、キツネとは全く問題なく暮らしている」

スイスのオオカミ

イタリア南部のカラブリアからアルプス山脈までの地域に800~1千匹のオオカミが生息すると推測される。アルプス地方の生息数は推定200~300匹。

ティチーノ州とグラウビュンデン州(01年)、ベルン州(06年)、ヴォー州(07年)、オプヴァルデン準州(08年)、ルツェルン州とシュヴィーツ州(09年)、チューリヒ州(14年)など、オオカミはスイス全土で確認されている。

今年6月、オプヴァルデン準州、ウーリ州、ヴァレー州などでヒツジが襲われ被害が出た。現在確認されているオオカミの生息数は27匹。

グラウビュンデン州カランダのオオカミの群れで、今年生まれた子の正確な数はまだ不明。

1998年以降スイスで確認されたオオカミは、雄57匹(M01~M57)、雌15匹(F01~F15)の計72匹。そのうち15匹は死亡が確認されている。確認されないまま死亡したり、国外に出たりしたオオカミもいる。また、スイスと隣国で見つかったオオカミが同一個体かどうかを知るには、その国が同じ遺伝子マーカーを使って分析する必要があるが、イタリアでは実施されていない。 

「フェレ谷の獣」と呼ばれたオオカミ

今から20年前の1995年7月16日、ヴァレー(ヴァリス)州リッドのアーメル・ペリオンさんが、ひん死の雄ヒツジと殺された4匹のヒツジを発見。ヒツジを襲ったオオカミは「フェレ谷の獣」と呼ばれるようになり、その年の9月までに計22匹が襲われた。別の畜産業者も5回にわたり襲撃を受け、65匹のヒツジを失った。

この一連の出来事は、オオカミがスイスに舞い戻ったことを裏付けた。公式には、1871年にティチーノ州イラニャ付近で射殺されたオオカミがスイスに生き残っていた最後の1匹だったとされる。伊アブルッツォ州では、オオカミは少数ながら生き残った。1972年に保護動物に指定されたオオカミは徐々に数を増やし、イタリアアルプスでは87年に、フランスのメルカントゥールでは92年に生息が確認された。

オオカミと並んで捕食動物であるクマは、2005年にスイスに再び姿を現した。 

(仏語からの翻訳・編集 由比かおり)

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