女性農業者 法律と伝統のはざまで
農業に従事するスイス人女性は今日、年金が十分に受給できなかったり、農場を共同所有できなかったりすることが最近のアンケート調査で明らかになった。生活のために出稼ぎをしなければならない女性農業者も少なくない。
連邦経済省農業局(BLW/OFAG)は農業分野で働く女性の現状をアンケート形式で調査。それによると、農業分野で働く女性回答者の3分の2が自分の生活と仕事におおむね満足していると答えた。これは10年前に行われた同様の調査に比べ15%増だ。しかし、伝統と現実の調和はいまだ難しい問題となっている。
「自分の農場なのに共有権が持てない女性の数は今後、ゼロにしていかなくてはならない」と、マーヤ・グラーフ連邦議会議員は意気込む。グラーフ議員はバーゼルラント準州出身の女性農業者で、今回のアンケート調査の実施にも携わっている。
調査結果では、回答者の3割以上の女性に自分が働く農場の法的共有権がないことが判明した。理由は、伝統的に男性後継者が農場を受け継いできたことにある。パートナーが合意した場合、もしくは家族が女性に農場を譲りたい場合に女性が共同所有者になることは法的に何の問題もない。しかし、家族の事情が複雑だったり、パートナーと十分良い関係を築いているとの理由から、多くの女性が共同所有権を放棄している。
伝統vs法的権利
スイス女性農業者協会(SBLV/USPF)のクリスティーネ・ビューラー会長は「農場所有権がないことは、重大な結果につながる可能性がある」と危惧する。もし離婚したり、配偶者が死亡したりした場合、共同所有権のない女性はその農場の所有権を全く持たないことになる。「これが私の最大の懸念。何事も順調で、配偶者とも話せる状況にあるときにこそ、女性は自分が法的にいかに弱い立場にいるかに気付くべきだ。問題が起きたときにはもう手遅れなのだから」
また、スイスでは法的に給料所得のない女性農業者は何の年金も受給することができない。そのため、配偶者と別れた場合、こうした女性は金銭面で非常に苦労する可能性がある。連邦経済省農業局の調査では、配偶者またはパートナーを失った場合に、収入も老後の貯蓄もない女性農業者は9人に1人の割合だった。
こうした問題への対策案はいくつかある。例えば、スイスの農業者に融資を行うことがあるライファイゼン銀行(Raiffeisen)はすべての女性農業者に対し、たとえ雇用主が配偶者である場合でも農場では被雇用者として勤務し、妥当な給料をもらうよう勧めている。そうすることで、女性は公平に自分の労働対価を決めることができ、ほかの家計収入と法的に区別することができるという。
そのほか、女性が農場に貢献した金額のチェックリストを作成したり、女性の収入をすべての法的形式で個別に記載したりする案がある。さらには、農業学校での教育内容を変えて、男性は農場で働く妻をどうしたら正規の労働者として認識することができるかを教えるべきだとの案もある。
スイス農業・酪業家協会(SBV/USP)のジャック・ブルジョア会長は、こうした案はどれもみな農業に従事する家族に恩恵をもたらすだろうと話す。だが、法案化には消極的だ。「どのように状況に対処したいのかを夫婦が自分で決められるよう、選択の余地を与えるべきだ」
時間管理
連邦経済省農業局の調査ではほかにも、回答者の47%が外へ働きに出ていることが分かった。これは10年前の調査に比べ3%の増加だ。金銭面での心配が主な理由だが、他人とコンタクトを取ったり、充実した仕事を理由にする人も多かった。
男性農業者でも外へ働きに出る人は全体の約3分の2に上っており、スイスの農業環境は変化しつつある。前出のグラーフ議員は、役割分担に気を付けないと家での仕事が女性の肩にのしかかると指摘する。「農業を取り巻く環境が変化しており、農場の仕事を女性だけが引き受けるべきではない。だが女性も、家事や子供の世話を誰がするのか配偶者とよく話し合うべきだ」
多面的
女性農業者のうち、大半が農場経営をするパートナーと共に暮らし、農場のさまざまな仕事を手伝っている。だが、回答者の4%は自分で農場を経営し、3%が農場経営のために学校に通っている。
ヴィンタートゥール(Winterthur)郊外にあるシュトリックホーフ(Strickhof)農業学校には大勢の男性生徒に囲まれて5人の女性が農場経営について学んでいる。日によって全く違うことができる多面的なところが農業の魅力だと、彼女たちは言う。
女性の一人は語る。「農家の仕事は肉体的な仕事だと言う人はいるけれど、それは必須スキルのうちのたった一つ。もちろん、女性は重機を連結するのに助けが必要かもしれない。だけど、頑固な牛を扱うときに、穏やかで動物の扱いに慣れている女性に手伝ってもらわなければならない男性も多いのよ」
不安定な将来
農業の道を選んだことに後悔はないものの、農業者としての将来に不安を抱く女性も少なくない。女性農業者のうち配偶者の農場を受け継ぐことができる人は5人に1人だけ。残りの女性は「成り行きを見守る」だけだ。
ハイディ・ベッティクさんは、ルツェルン州にある家族の農場を受け継いだ女性だ。ベッティクさんの夫も農家で、夫婦で現在両方の農場を経営している。将来は不安だが、今まで築いてきたものを維持したいという。「兄弟がいなかったから、誰も受け継ぐ人がいなくて農場がなくなってしまうのかと思っていた。でも今は後継者がいる。私は夫に農場を譲り渡す気はないけれど、そうすれば喜ぶ人が大勢いるでしょうね」
連邦経済省農業局(BLW/OFAG)は2012年、スイスの女性農業者の現状をアンケート調査した。この調査は女性差別撲滅を目指す国連のグローバル・アクションプランの一環でもある。
調査対象はスイス全国の女性1500人。同様の調査は2002年にも行われた。
パートナーと共に農業に従事する女性は、家事が労働時間の大部分を占めると答えた。次に多かったのは畑および家畜小屋での仕事と子供の世話だった。
回答者の半数が農場で作ったものを消費者に宣伝していると答え、22%が馬、羊、ヤギなど家畜の世話を一人で行っていると答えた。農場での1泊体験や食事の提供など、観光客向けプログラムを実施・運営している人も多かった。
回答者の最年少者は25歳、最年長者は80歳だった。回答者全体では35歳以下が8%、36~55歳が77%、56歳以上が19%だった。
連邦外務省(EDA/DFAE)は、現在の男性農業者は自分の農場を手伝ってもらえるような配偶者を見つけるのが困難だと指摘している。実家が農家でも、農業以外の職業を選ぶ女性が増えつつあるのが一因だ。
こうした問題に世間の関心を集める試みがいくつかある。例えば、2008年から放映されているテレビ番組「農家、独身、探す…(Bauer, ledig, sucht・・・)」は、独身農業者が将来の妻または夫を視聴者から見つけ出すリアリティ番組。農業者は応募してきた人から気に入った人を選び、自分の農場で数日間暮らしてもらい、今後も二人で一緒にいたいかどうかを決める。
また、同様のドイツのリアリティ番組がスイスでも人気なことを受け、スイス農業・酪業家協会(SBV/USP)は運営するウェブサイト「シュヴァイツァー・バウアー(Schweizer Bauer)」上で2007年、独身農業者のためのお見合いサイトを立ち上げた。
(英語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)
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