スイスの女性の年金受給額は男性より37%低いという数字がある。多くの女性が結婚、出産などを機にパートタイム勤務か主婦になるが、それが原因で年金が最低生活水準を下回るレベルまで減額されることはあまり知られていない。社会民主党のマリアンヌ・ド・メストラル氏もその一人だった。
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ド・メストラル氏外部リンクは現在80歳。若い頃は米国で仕事に就き、また息子たちが小さいうちはパートタイムで働いた。結果、老後に待っていたのは少ない年金だった。
「私が結婚した当時、女性の社会的立場は今と違った。女性に参政権はなく、家にいて子どもを育てるのが当たり前。(女性が)働くのは楽しみのためという時代だった。年を取ってようやく自分のことは自分で責任を持たなければと気付いた」と同氏は振り返る。
1971年に女性の参政権が認められたのち、ド・メストラル氏は政治活動に関わるようになった。だが、年金と老後について、女性の人権や保育問題ほど熱心に考えなかったという。
同氏はその後、シニア世代の生活向上などを目指す社会民主党の「SP60プラス外部リンク」を共同で創設。家庭と仕事の両立に悩む女性は息子の世代でも多いとする一方、自身の若い頃に比べれば、女性の社会的役割は変化したと振り返る。ただ年金に関しては、退職が近づかない限り話題に上らないと危惧(きぐ)する。
最低生活水準を下回る年金額
ド・メストラル氏の年金受給額は、個人が最低限の生活を送るのに必要とされる月額3100フラン(約35万円)より少ない。しかも、このようなケースは珍しくない。連邦内務省社会保険局が2016年7月に出した年金の男女間格差調査外部リンク結果では、スイスの女性の年金受給額は男性より37%少なかった。これは欧州全体の平均40%をわずかに下回る。スイスの女性が受け取る年金は男性より2万フラン少ない計算だ。
主な原因はスイスの年金制度にある。老齢・遺族年金制度(AHV/AVS)、企業年金、税制上の優遇が受けられる個人貯蓄という3本の柱のうち、問題なのは企業年金だ。企業年金は労働時間と給与総額に基づいて計算されるため、無収入か少額だった年があると、受給額に響いてくる。週2日勤務を4日にして労働時間のパーセンテージを増やしたとしても、すでに生じた空白期間は相殺できない。
もう一つの原因は、男はフルタイムで働き女は主婦かパートタイム勤務という昔の価値観が残っていることにある。統計は、この価値観が男女間の年金格差を生んでいると指摘する。スイスでは出産した女性の8割がパートタイムで働くが、その半数が週の半分だけ働く50%か、それより少ない勤務スタイルだ。
離婚
チューリヒ女性センター外部リンク所長で弁護士のアンドレア・ギズラー氏は、多くの女性が自身の年金受給額の少なさに驚くさまを見てきた。同氏は「女性の年金への関心は低い。学歴の高い女性も同じ」と警告する。
離婚すると、女性は夫の年金の恩恵を受けられなくなる。ギズラー氏の顧客の1人は休職期間があったため、わずか月額3千フラン(うち企業年金1200フラン)の年金しか受け取れない。最低生活水準の3100フランに満たず、低所得者向けの国の給付金を受けなければならなくなる。このような女性は非常に多いという。
事実婚で同棲関係にあり、パートタイムで働く女性も同様だ。パートナーの年金は多くても、「独身の女性は自分の所得だけしか反映されず、年金は少ない。老後に相手との関係を解消すると、非常に難しくなる」という。
同センターはこうした問題を多くの女性に知ってもらおうと、女性向けの年金講座を立ち上げた。
解決策は
改善策はあるのか。連邦内務省社会保険局のコレット・ノヴァ副局長は、ジェンダー(社会的性差)に対する旧来の価値観が将来は薄れていくと期待する。
「夫婦双方が出産後も勤務スタイルを変えなければ」(同氏)、年金の男女間格差はさらに縮まるとし、それには手ごろな値段の保育サービスと柔軟な労働モデルが必要だと話した。
昨年3月、連邦議会は「老齢年金金2020外部リンク」と呼ばれる政府の改革案を審議。ノヴァ氏によれば、改革案は「退職者年金における女性の立場を改善し、現行システムの弱点を取り除くことを目指すもの」という。
例えば、年金基金の保障額を左右する調整控除を修正し、パートタイム勤務者や低所得者がより公平な額の企業年金を受け取れるようにする政策などだ。
保育サービス不足
それでは社会はどう変わるべきか。ド・メストラル氏は、収入の格差解消が女性のさらなる社会参加を促すとし、それには手ごろな値段で利用できる保育サービスが不可欠だという。同氏は「現状の課題は保育サービス不足と社会的変動性の増加にどう対処するかだ。頼みの綱の祖母は近所におらず、その祖母たちもまた、働いている場合が多い。村ごとに保育サービスは整備すべきだ。都市部はそれなりに充実しているが、保育料が高い」と話す。
ギズラー氏は、女性がもっと働きたいと思うことに罪悪感を感じるべきではないと忠告する。
ノヴァ氏は、男女が等しく働く意思を持ち、それを受け入れる労働環境を整えることが年金の格差解消につながるという。それには男女の社会的役割の見直しや制度の改善が不可欠だ。さらに「会社や社会の中で、古いジェンダー観を改めるよう訴え続けること」も大切だという。
連邦内務省男女均等待遇局の代表は昨年6月にまとめた報告書外部リンクで、さらに踏み込んだ発言をしている。報告書では男女が少なくとも70%勤務をするべきだとし「子どもや家族に時間を割けば、それだけ年金の利益が犠牲になる」とまとめている。
欧州連合(EU)が2015年に出した報告書は、欧州の女性が受け取る年金は男性より4割少なく、男女間格差は「かなりの程度」と指摘。格差が最も少なかったのはエストニア(4%)。最大はオランダ(46%)だった。
スイス(37%)はEUの平均値をわずかに下回った。ドイツは45%、フランスは38%、イタリアは36%、英国は42%。
ノヴァ氏は「西欧諸国は所得が支給額に大きく影響する。そうでない北欧、東欧諸国は格差が小さい」と分析している。
(英語からの翻訳・宇田薫)
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