最高権威のマイルストーン賞で、観光をさらにプロモーション
自然の美しさだけで、観光客を引きつける時代は終わった。スイス政府は、観光産業の改革促進を目的に、年間何億円にも相当する予算を確保。観光業者や自治体の努力に対し、マイルストーン賞を授与している。昨年、同賞にノミネートされたものとして山岳リゾート地の接客改善プロジェクトがある。
このプロジェクトの名は「フレンドリネス・プロジェクト」。有名な観光リゾート地サン・モリッツのあるオーバー・エンガディン( Upper Engadine)の観光局が開発したものだ。同地のサービスに「愛想がない」との批判を受け、暖かいもてなしを「コーチ」しようと考案された。
プロジェクト・マネージャーのエヴァ・ライネッケさんは、当初企業やホテルを回り、「従業員にこのプログラムを実施させないか」と積極的に勧めなければならなかった。しかし今では、企業の方から連絡をしてくると経緯を説明する。結局、このコーチング・セミナーの2012年末までの参加者数は約1050人に上った。
これは、実は接待する側に意識改革をさせる取り組みだった。「最初参加者は、『すでにフレンドリーにやっている!さらに何を学ぶ必要があるのか』と反発してきた」とプロジェクトのコーチ、ファドリ・カジンさん。しかしセミナーの終わりには、「分かった。変えなくてはならないこともある」と言う声が聞こえるようになったと話す。
このプロジェクトのおかげで観光客が増えるという保証は、どこにもない。ただ、参加者全員がどのような接客をするべきかを学ぶというのが基本のアイデアだという。
スイス全土:4.9%減
アルプス地方:9.6%減
スイス人観光客:0.5%減
ヨーロッパ人観光客:15.6%減
その他の外国人観光客:8.2%減
(出典:連邦政府統計局)
マイルストーン賞
このフレンドリネス・プロジェクトは、2012年の「マイルストーン賞(the Milestone)」の候補になった。
スイス観光業界で最も権威あるこの賞は、スイス連邦経済省経済管轄(SECO)の後援のもと、観光情報誌・サイトの「htrホテル・レビュー(htr hotel revue)」と主要なホテル協会の「オテリスイス(hotelleriesuisse)」が主催するイベントで、ユニークな戦略で観光客誘致に成功している国内のホテルや自治体の改革を評価するために創設されたものだ
SECOの観光部門の責任者リチャード・ケムプフさんによれば、今日観光業界はスイスフラン高だけでなく、グローバル化がもたらす競争激化という圧力がかかっている。
だが、観光業界がこのような問題を抱えるのは今回が初めてではなく、1990年代半ばにもあった。
それ以来、観光業界は「改革、サービスの質の向上、新しいプロジェクトの設立に投資する必要性を痛感したのだ」とケムプフさんは説明する。この結果17年前にSECOに「イノ・ツアー(Inno Tour)」が設けられ、13年前にマイルストーン賞が作られた。
サッカー・プロジェクト
ところで、2006年にマイルストーン賞を受賞した「サッカー・プロジェクト」のコンセプトは、オーバー・エンガディンのフレンドリネス・プロジェクトとは全く異なる。
ルツェルン州の小さな村ヴェッギス(Weggis)の代表は、同地をワールドカップのベースキャンプ地として利用してくれるようにと、人気の高いブラジルのチームに働きかけた。
イベント・マネージャーのマルクス・ヴォルフィスベルクさんによると、ホテルの延べ宿泊数は約3万5000泊を記録。村のブランド認知による経済効果は推定1億フラン(約94億8600万円)に達した。さらに24時間体制の生中継放送のために世界から900人以上のジャーナリストが集まり、サッカー・プロジェクトは大成功を収めた。
この成功は、短期間にプロジェクトを準備した村人のおかげだった。「数時間以内に資金をかき集め、ベースキャンプを提供できると言わなければならなかった。10分以内に、村長とサッカークラブの会長が話し合いのテーブルに着いた」とヴォルフィスベルクさんは説明する。地元の家族経営企業テルモプラ(Thermoplan)が主要スポンサーを務めることに同意し、スタジアムが建設された。これらすべてがわずか4~5カ月間で行われた。「これは非常に非スイス的だ」とヴォルフィスベルクさんは強調する。
2006年に建設されたスタジアムは、それ以降もほかのサッカー大会やテレビ番組でも使用され、村に経済効果をもたらした。さらに、南アメリカ、特にブラジルからの観光客が増えた。「最初の足掛かりがあったお蔭で、その後も発展している。だが、何といっても初めのサッカー・プロジェクトは比較にならないほど巨大だった」とウォルフィスベルクさんは言う。「あのとき、ワールドカップでもしブラジルが優勝していたら、ここはまさに聖地になっていたはずだ。残念ながらそうはならなかったが・・・」
2011年にスイス国内を訪れた観光客の44.4%がスイス国内の居住者。39.8%がスイス以外のヨーロッパ諸国、8.3%がアジア、6%が北アメリカからの観光客。アフリカおよびオーストラリア・ニュージーランドからはそれぞれ0.8%。
革新の要因
サッカー・プロジェクトのように、迅速に対応できるということは革新を行う上で一つの重要な側面だ。ケムプフさんによると「小規模の家族経営企業は、顧客の需要に対して非常に的確にそして素早く対応できる」
しかし、革新において重要な役割を果たすのは中小企業や地方の企業だけではない。「都市部も非常に重要だ。ホテルチェーンはほとんど大都市にしかない。都市部のホテルチェーンが新しいアイデアやビジネスモデルを実施すると、地方や山岳部があとでそれを取り入れ役立てられる」
長期的影響
観光業界関係者の改革に対する意欲はますます強くなっていると、2012年のマイルストーン賞の審査委員を務めたヨーグ・ステットラーさんは見ている。「改革のインパクトをはっきりと数値で表すことは、恐らく不可能だろう。しかし、競争力を維持しビジネスを継続していくために、改革はいまもそうだが、将来にとっても非常に重要になる。恐らく、状況が厳しければ厳しいほど重要になるだろう」
ケムプフさんも、長期的に見て改革がスイスの観光業で重要性を増してくると同意する。「改革の促進と新しいプロジェクトは、実を結ぶまで長い時間がかかる。しかし一方で、改革は唯一の長期的戦略だ。提供する観光商品の質がまずは大切。または、その商品のユニークな特徴を売り出すこともポイントだ。さらには、新しいマーケットの開発も重要。いつかスイスフラン安になるかもしれないなどと期待して、ただ待っているわけにはいかない」
(英語からの翻訳・編集、笠原浩美)
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