植物の特許保護反対 パプリカの特許問題で噴出
害虫に強いパプリカと聞いたら、どんな農家も欲しいはず。そんなパプリカを開発したのはスイスの農薬・種苗会社、シンジェンタ。しかし今、この特許に対し反対の声が高まっている。複数の団体が連合し、特許、そして特許が世界の農家にもたらす脅威と戦う姿勢を強めつつある。
「在来種を守らなければ、全て失われてしまう。その結果、多国籍企業の提供する標準化された作物を育てるだけになってしまう」と話すのは、有機栽培のコーヒー生産者、シンティア・オソリオさんだ。
オソリオさんは、「種子に関する主権」をテーマにしたイベントに出席するためコロンビアからチューリヒにやってきた。
その少し前には、農業、開発、環境の36団体が、シンジェンタ(Syngenta)が開発した害虫コナジラミに強いパプリカの特許に関し、欧州特許庁(EPO)に異議を申し立てていた。
オソリオさんは、国際貿易協定や、シンジェンタやモンサント(Monsanto)などの企業が行使する育成者権(新品種の開発者が登録品種の種苗、収穫物、加工品の販売等を独占できる権利)が、9千キロも離れた場所の食料主権や生物の多様性、そして人々の生活にどれほど影響を及ぼすかを説明した。
コロンビアで農業を営むオソリオさんは、団体「生命の種子の守り手(RGSV)」でも働いている。種子関連の法規制と自由貿易協定は現地の人々の権利をないがしろにし、特許取得品種が地元品種を追い出す要因となっていると主張する。
「私たちにとって、生物多様性を保護していくとは、多様な種子を、種子バンクに保管することではなく多くの人々に提供していくことだ」
シンジェンタなどの農薬・種苗会社が批判されているのは、特許の一部および育成者権についてだ。なぜなら、作物や種子に既得権益を持つ企業や組織は、自社の開発した種子や技術への権利保護を求めているからだ。
特許と育成者権により、企業は種子と収穫物を独占管理し、その品種を独占販売するか他社に利用許諾を与えるかを選べる。シンジェンタの主張によると、特許は技術革新の促進剤で、発明は生産者と消費者に利益を与え、農家の生産性向上に役立ち、化学農薬の使用量削減につながる可能性がある。(囲み記事参照)
シンジェンタは、新植物品種の開発と育成者権について以下のように述べる。
知的財産の保護は、価値の保護と共有のための必須条件である。特許は農業分野の技術革新を促し加速させる上で重要な役割を果たす。それにより、農家は生産性を高め、世界の食料安全保障問題に持続可能な方法で対応できるようになる。
パプリカの特性に対する特許 EP2140023号は、野生種よりも虫への抵抗性が優れ、新規性、有用性、進歩性の基準を満たす。特許の範囲には遺伝的特徴とそれを検知する技術が含まれるが、もともとの生体材料はこれまで通り、他の育成者が自由に使用できる。技術革新は生産者と消費者に利益を与え、化学農薬の使用を減らせる。
シンジェンタは、自社のeライセンスシステム「TraitAbility」を通じ、パプリカ技術やその他の植物関連の革新的技術を育成者や研究者が利用できるようにする。全ての学術組織や非営利組織は、入手可能な野菜の生来の特徴と実現技術を研究開発の目的で自由に利用し、結果として得られた商品を開発途上国において無料で配布することができる。
シンジェンタは、貧しく、経済的に脆弱で、人的資源に乏しい国として定義される後発開発途上国のいずれにおいても、いかなる植物バイオテクノロジーや種子の発明に関しても、特許保護を求めない。また、自給自足農家は特許料を払う必要はない。
シンジェンタは90カ国で2万8千人を雇用し、2013年には研究開発に14億ドル(約1428億円)を費やした。
(出典 : シンジェンタ)
反対派の懸念
種子の特許に反対する組織の連合、ノーパテント・オン・シーズ(No Patents on Seeds、以下NPS連合)のメンバーが反対するのは、植物の生産方法とその結果生じる収穫物を特許対象とすることだ。
モンサントが請求している大豆とトウモロコシの遺伝子配列・遺伝的変異に対する特許の範囲には、その遺伝要素を継承する植物やそれで生産された食料や飼料も含まれる。
反対派は特に、野生品種との交雑育種という従来型の方法で生まれた新品種への特許に反対している。なぜなら、これは正当な開発ではなく発見だと考えるからだ。シンジェンタが特許を取得した害虫コナジラミに強いパプリカもその一例だとしている。
欧州特許条約では「植物および動物の生産の本質的に生物学的な方法」には特許を付与しないとされているが、企業はあの手この手を用いて植物や種子や食料に対する権利を主張していると非難されている。
「問題の一つはいわゆるプロダクト・バイ・プロセスの特許。これにより、生産方法が革新的でなくても、生産された物は特許を受けることができる」と、在来作物と希少種の保護団体、プロスペシララ(ProSpecieRara)のエヴァ・ゲリンスキーさんは説明する。
反対派にとって、生物に対する権利は倫理にも、多くの宗教や文化の基本原理にも反する。特許は機械や化学製品のために作られたのであって生物はその対象ではないとし、人間、動物、植物、微生物およびその一部に対する特許を認めないように要求している。
「倫理的、社会政治的な制限を尊重し、農業と研究の利益を考慮するような、別の保護制度が必要だ」と、NPS連合に加盟するスイスエイド(Swissaid)のファビオ・ライパートさんは言う。
「特許は、生物多様性の大部分が存在する開発途上国の農家にとって特に不利だ」
一方シンジェンタ側は、後発開発途上国においては植物バイオテクノロジーや開発種子の特許権を行使せず、自給自足の農家は特許使用料を支払わなくてよいと述べている。
スイスエイドは、企業が南半球の国の品種を特許の基礎として利用したり、これらの国の遺伝資源に対して補償も行わずに種子バンクを隅々まで調べたりさせるべきではないと主張している。
依存性
特許の問題は、豊かな遺伝資源を利用できないようにすることで生物多様性が減少するだけでなく、一般の農家、個人育種家・種苗会社、食料生産者を「依存状態」にさせてしまうことだ。
欧州市民フォーラムによると、モンサント、デュポン(DuPont)、シンジェンタの3社で、世界で取引されている種子の半分以上を管理しているという。こうした企業側は自社の開発種子は食料安全問題への対応だと主張しているが、反対派は、一握りの企業の寡占状態が強まれば、開発途上国の農家の種子主権、ひいては世界的な食料安全が脅かされ、これらの農家の生活が危険にさらされると主張している。
特許を所有するシンジェンタは、自給自足の農家に対しては自社種子の自家使用を認めているが、オソリオさんなどそれ以外の農家は登録種子に対する特許使用料を払わなければならない。これらの農家にとって特許料は高すぎるため、種子を使用したり交換したりする自由を求めている。この問題を分かりやすく示すため、オソリオさんが参加したイベントでは、チューリヒのある芸術センターで非公式の「種子交換会」が開催された。
種子関連の規制では、登録可能な種子には区別性、均一性、安定性が要求される。コロンビアなどの国では、農家は登録された品種の種子しか使えない。在来種はこういった登録基準を決して満たせないとオソリオさんは話す。
育成者権(植物品種保護権としても知られる)は、区別性、均一性、安定性を備えた植物の新品種の育成を行った者に与えられる。
植物特許は、他と区別できる新植物品種を開発あるいは発見した育成者に与えられる。発明者権は、他の者がその植物を増殖させること、販売すること、使用することを禁じる。塊茎繁殖植物あるいは野生の非栽培植物は通常特許を受けられない。また、一部の国、特に開発途上国では、植物特許が認められていない。
サハラ以南のアフリカでは、種子を扱う企業は特許権による保護を受けることができない。育成者は自らの権利を行使する姿勢を強めているが、私的使用が使用の9割を占めるため、制限や管理は難しい。
育成者権は植物特許と区別しておくべきだが、重複する部分はあり、また相互排他的ではない。保存種子の免除など、育成者権侵害は適用外とされても、同じ植物の特許の侵害も免除されるわけではない。逆も同じである。
重大な決定
法規制や自由貿易協定は、多様性を犠牲にして大規模な単作農法のための品種開発を押し進める多国籍企業のまさに思うつぼだと説明するのは、欧州市民フォーラムのユルゲン・ホルツァプフェルさんだ。
「例えば米の品種が最も豊富なアジアでは、農家が長い年月をかけて米の特性や収穫高を向上させてきた。しかし、そうした品種改良などの努力に対し権利を主張しているのはこれらの国ではなく、何百ものゲノム(遺伝情報)に対する特許を取得したシンジェンタなどの企業だ」と、NGO「ベルン宣言」のフランソワ・マイエンベルクさんは言う。
しかしマイエンベルクさんによると、NPS連合がいくつかの特許に対して行った異議申し立ては、反対派が第一歩を踏み出したということを意味する。よって企業は、欧州特許庁が何に対して特許を認めるかという法的解釈を決定するまでは、特許権の行使をこのまま継続はできるものの、それは特許庁の決定が下る今年の年末までだ。
マイエンベルクさんは言う。「欧州特許庁の拡大審判部が私たちに有利な決断を下せば、シンジェンタは非常に厳しい状況に置かれるだろう。もしシンジェンタが勝てば、そのときは政治的プロセスが始まるだろう。しかし、たとえ政治的プロセスに至ったとしても、政治家は(私たちの方向に)動くと予想している。多くの中小種苗会社も、多国籍企業が申請する特許の一部に反対しているからだ」
(英語からの翻訳 西田英恵、編集 スイスインフォ)
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