プライベートジェットを禁止するときは今
スイスでプライベートジェット(PJ)の禁止を訴えイニシアチブ(国民発議)を立ち上げた環境活動家のマリオ・フーバー氏は、一握りの富裕層が受ける効用に比して、PJは環境への負荷が大きすぎると訴える。
長い間、プライベートジェット(PJ)は富と成功の象徴として君臨してきた。だが昨今、環境への悪影響が取り沙汰されている。まさにその通りだ。たった一握りの富裕層が使うPJの排出する化石燃料は他の何よりも多く、大気を汚染し気候変動をもたらしている。その効用に疑問符がつくのに、なぜ社会はそれでもPJの存在を容認するのか?
禁止は人気の低い手段だ。それでも英労働党は2025年までに化石燃料を使ったPJの禁止を検討すると公言した。それは昨年11月、12月12日の英総選挙に向けた選挙戦が始まったばかりのころだった。その2週間後、環境活動家グループ「エクスティンクション・リベリオン」スイス支部がジュネーブのPJ発着ターミナルを封鎖。PJを不合理な移動手段だと非難した。全く同じ日、スイス緑の党青年部はPJの禁止を主要議題に入れることを全会一致で決めた。
排出量を減らす
航空機は二酸化炭素(CO2)や窒素酸化物(NOx)、水蒸気を上空で排出し、気候変動の要因となる温室効果ガスを増やす。もちろん、航空が排出する温室効果の割合は全体から見れば小さい。そしてPJは航空のごく一部でしかない。だがCO2だけをみた影響は過小評価されすぎだ。15年にPJが排出したCO2は2千万トンで、 全世界排出総量の0.1%にあたり、増加を続けている。他の様々な要素を含め、航空が産業の3倍も環境に負荷を与える外部リンクという点は無視できない。
PJが排出するCO2は長距離バスの10倍、高速列車の150倍だ。PJを禁止し乗客が民間航空に移れば、排出量は減る。もし民間航空は不便で乗り心地も悪いとなれば、航空移動そのものがいくらか減るだろう。実際、超富裕層を巡る問題は、罰金より金銭によらない抑止策の方が効果が高い。
経済エリートの責任
だがもっと大切なのは、食べ物や暖房と異なり、PJは必要不可欠なものではないことだ。使っているのはほんのわずかな世界的富裕層に限られる。PJを楽しんでいる人類の割合は、彼らが出す排出量の割合よりも2ケタ小さい。
このごくわずかな人々でさえ、実質的に得るものは少ない。確かにPJで柔軟に日程を組み、プライバシーを保ち、一般市民でごった返す空港を避けることができる。だがPJの禁止で移動しやすさが変わるわけではない。陸上・海上輸送に切り替えるのではなく、民間航空のファーストクラスに替えるだけなら移動時間がそう大きく変わるわけではない。
PJ利用者は最もよく飛行機を使い、これまで世界の経済成長の恩恵を受けてきた。それこそ気候変動に責任を負うべき理由だ。つまり、実用性に限った問題ではなく、倫理や気候の正義として、手段を持たない人々よりも気候変動を緩和するために大きな犠牲を払うべきだ。
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メッセージを発信
最終的に、PJ禁止が発するメッセージは短期的な結果に限らず広く影響する。何十年も、本当に意味のある気候変動緩和策は取られてこなかった。2019年、気候デモが広がりこの問題に関する関心が高まった。だが政治・科学界の内外で、多くの人は未だに気候変動の深刻さを分かっていない。マスメディアは最先端科学に基づいた悲惨な見通しを報じるに終始しているが、これでは何の変化もないだろう。解説や宣言ではなく、具体的な行動こそ人々にやる気を起こさせる。
PJ禁止は、最も権力があり裕福な人々さえも気候変動の抑止に参画しなければならない、という含意を持つ。化石燃料に対して迅速かつ具体的な行動を取ることが最も重要であることを一瞬で示すことができる。気候政策を法的・社会的により広く浸透させるだろう。
禁止への道筋
常にそうであるように、公共の利益に供する非商用機と高級ジェットの線引きなど、政府は詳細を詰める必要がある。PJビジネスの生む雇用もあるが、他にも多くの既存産業が廃れて持続可能な産業が登場している中では、大きな問題ではない。政府はとにかくこの移動手段に関与する労働者の扱いをどうするか、早急に決めるべきだ。こうした労働者は一般的に高度な技能を持っており、航空産業にとどまることも、他に難易度の高い技術を要する分野に転じることも容易だ。
ではどうするか。PJ禁止は合理的だが過激な手段にみえる。手始めに周りの人や地元の政治家、その他の意思決定権者と気候変動について議論し、なぜPJを禁止するのか理解を深めることだ。
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(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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