スイスの視点を10言語で

4つの公用語を持つスイス、不便じゃないの?

スイスの国旗
4つも公用語があるなんて、日本人にとってはとても不便そうだけど・・・ © Keystone / Jean-christophe Bott

スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語だ。九州ほどの面積に4つの言語が共存し、車で2時間も走れば外国語のエリアに入り込んでしまう。日本人には特異に映るが、当のスイス人たちはどう感じているのだろうか。読者からの質問を現地在住の人にぶつけた。

スイスはフランス、ドイツ、イタリアと国境を接する多言語・混成民族の国家。国の成り立ちも、圧制や外敵から身を守るため、異なる共同体が自治を求めて同盟を結んだことに端を発する。1291年に中央スイスの3原州がハプスブルグ家の支配に対抗して同盟の誓いを結び、盟約者団を結成。その後、異なる言語や文化を持つ都市・農村共同体が加わって緩やかな連邦共和制が発展していった。現在でもスイスに複数の公用語があるのは、こうした歴史と多民族によるところが大きい。

「スイスドイツ語」の歴史が気になります。他の言語圏ではスイスフランス語、スイスイタリア語などは聞かないと思います。 スイスドイツ語というカテゴリーがどうやって生まれ、またどのように現代まで引き継がれて来たのかとても気になります。(谷口亮太さん)

4つの公用語の中で異彩を放つのが、人口約800万人の6割が母国語とするスイスドイツ語だろう。スイスドイツ語はドイツ語の方言の1つで、ドイツで話されている標準ドイツ語とはかなり異なるため、ドイツ人ですら慣れないと聞き取れない。スイスドイツ語自体も地方によって多様な方言がある。

チューリヒドイツ語のコース
標準ドイツ語のネイティブスピーカーでも、スイスドイツ語を理解するのは至難の業。スイスのドイツ語圏には「標準ドイツ語で学ぶスイスドイツ語」のコースが沢山ある。 © Keystone / Gaetan Bally

スイスドイツ語と標準ドイツ語は、中世にドイツ国内で起こった言語変化によって分化し、今のような言語になった。その言語変化がスイスに及ばなかった理由は諸説あるが、物理的な距離、山国という地理的環境もあったのだろう。マッターホルンを擁する山岳地帯のヴァレー州では、昔の古い方言の特徴が今も色濃く残る。

フランス語圏、イタリア語圏にも独自の方言が存在する。フランス語圏では19世紀まで、フランス語ではなくロマンス系のフランコ・プロヴァンス語が話されていたし、イタリア語圏のティチーノ州ではロンバルド語と呼ばれる方言が使われている。

しかしこうした方言の一部は、時代の変遷に伴い消滅の危機に瀕している。

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変わりゆくスイスの方言

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4カ国語もあって不便じゃない?

ドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語の4つの公用語がありますが、地域ごとに違うと、不便を感じたりする事はありませんか?旅行や仕事、留学などで滞在する人は、何語を習えば1番通じやすいですか?(高畑友美さん)

同じ国なのに言葉が違う、そんな生活をスイス人たちは面倒だと思わないのだろうか。フェイスブックのスイス人コミュニティ(ドイツ語圏)に尋ねると「それが当たり前」「気にしていない」という意見の中で、「不便な思いをした」と明かす人がいる。

ティナさんはドイツ語圏のチューリヒで育ち、フランス語圏のジュネーブで大学に通った。フランス語圏で職探しをしたとき「ドイツ語圏出身の私には、希望する職種で仕事を得るのが簡単じゃなかった。だからチューリヒに帰ってきました」という。

ドイツ語話者のカロリンさんは「行動範囲はもっぱらスイスドイツ語圏限定。レシュティの溝(フランス語圏との境目)を越えたことはないし、ティチーノ(イタリア語圏のこと)も一度も行ったことがありません」ときっぱり。筋金入りだ。

「面倒ですよ。チューリヒの外に出ると、チューリヒ弁をしゃべる人がいないから」(エヴァさん)と、ドイツ語圏内ですら不便だと冗談交じりに言う人もいた。ちなみにドイツ語圏の人たちは自分の出身地の方言に誇りを持っている。だから別の場所に引っ越しても、そこで話されている方言に合わせたりはしない。

イタリア語圏に住むユミコさんはスイスインフォ日本語版のフェイスブック外部リンクに「ドイツ語圏の人でイタリア語話せる人少ないような…スキー場へ行ってもイタリア語通じない事多いです😢」。スイスで販売されている製品の説明書きはドイツ語、フランス語、イタリア語の3カ国語表記が基本だが「Made in スイスの製品ってフランス語、ドイツ語で説明書きされているけど、イタリア語表記が無い。あれって結構辛いんですよ」というコメントもくれた。

ティチーノ州在住のナオコさんは以前はフランス語圏に住んでいたといい「フランス語圏の人は、ドイツ語苦手です。ドイツ語圏では、フランス語もちょっとできる人はいるので便利ですが、英語の方が得意みたい」と教えてくれた。

「イタリア語圏はすごい」

スイスインフォ日本語版のフェイスブック外部リンクには、スイス在住の日本人たちから「イタリア語圏が凄い」という声が。

前出のナオコさんは「イタリア語圏なのに地元の人はフランス語もドイツ語もできて、びっくりしました。地元のお年寄りはティチーノ弁を話しますが、まだほとんどわかりません。でも、ドイツ語とスイスドイツ語の違いよりは少なく、聴き取りやすいように思います」と印象を語る。

ドイツ在住で、スイスのイタリア語圏によく行くというカユリさんも「イタリア語圏ではドイツ語が結構通じるので助かります。英語は話せないけどドイツ語なら、という人が多いです。ティチーノでは(独・仏・伊の)3カ国語が話せるという人に良く出会います」という。

旅行するだけなら、よほどの田舎に行かない限り、どこの地域でも英語が通じる。お店やレストラン、駅のチケット売り場でもほとんどの場合、簡単な英語が話せれば用は足りる。ドイツ語、イタリア語、ロマンシュ語の3つが公用語のグラウビュンデン州に住むアオイさんは「仕事をするなら住む地域の言葉、旅行だったら英語が一番便利だと思います」と話す。

スイス人のフェイスブックユーザーも、異なる言語圏の人とやり取りするときは、互いの公用語ではなく「英語でコミュニケーションをとる」という人が目立った。ところがこれが近年、国内の教育制度や政界を巻きこんだ議論になっている。

お互いの言葉を話す努力をしていたのはもう昔の話?今若者たちは独・仏語よりも英語を好んで話すような気がします。以前は公用語を話すことがスイス人としてのアイデンティティと自負していた人々が多かったのに、グローバリゼーションの波でしょうか。(ベルン在住・フィンクさん)

スイスの義務教育では、昔はドイツ語圏ならフランス語と、居住地の言語以外の国語を第1外国語として学ぶのが通例だった。しかし、公教育は州の管轄のため、国際企業や金融の中心チューリヒ州(ドイツ語)などドイツ語圏の多くの州外部リンクが、フランス語よりも英語を先に学ぶ教育カリキュラムを導入。これに対し「公用語がないがしろにされ、国の連帯が脅かされる」と批判が上がっている。公用語を優先すべきか、それとも国際共通語といわれる英語を先に学ぶか、今も議論が続いている。

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議会も政府会見も多言語

スイスでは道路標識、国内で販売されている商品はみな複数の公用語で表記されている。特急電車の車内放送も、一人の車掌がドイツ語、フランス語、英語でしゃべるのは当たり前。映画の字幕が2カ国語のところもある。

スイスの議会でも、ドイツ語、フランス語、イタリア語、さまざまな言語が飛び交うが、その橋渡し役となるのが同時通訳者たちだ。連邦内閣の会見では、ある記者との質疑応答はフランス語、別の記者との質疑応答はドイツ語ーという場面は何ら珍しくない。閣僚たちは記者の言語に応じて、数カ国語を使い分ける。

テレビで会見が生放送される場合、その地域で話されていない言語にはたいてい、音声通訳が付く。

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連邦議会で4カ国語に同時通訳 一体どうやって?

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スイスのニュースを10カ国語で配信しているスイスインフォでは、職場が非常に国際色豊かだ。各言語の担当者が集まって開かれる会議では、ドイツ語、フランス語、英語が飛び交う。左隣の人とは英語でやり取りし、右隣の人とはフランス語で会話する、なんていう光景も珍しくない。日本人以外で日本語をしゃべる人もちらほらいる。

難しい日本語

そんな多言語を操るスイス人たちが逆に羨望のまなざしを送るのが、日本語の複雑さだ。52音のひらがなにカタカナ、そして音訓2通りの読み方がある2000字の常用漢字。電車の中で日本語の本を読んでいると「それ、どういう仕組みなの?」と興味津々に話しかけられることも珍しくない。フェイスブックでは「書き方が3つもあって、どうやって普段コミュニケーションを取っているの?」と逆に質問してきた人もいた。日本語しかしゃべれないことに、私たちはもっと胸を張って良いのかもしれない。

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