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豆腐が変えるスイスの食卓

「目標は、豆腐の魅力を広め、隙間市場から抜け出ること」。作りたての豆腐を紹介するヘルプリング夫妻 swissinfo.ch

スイスでは肉の代用品としてベジタリアンの間で好まれている豆腐。豆腐の魅力をより多くの人に知ってもらおうと、あるスイスの豆腐製造所が日本の製法で豆腐の製造・販売を手掛けている。

また、普通の豆腐以外にも味付きの豆腐などバラエティ溢れる豆腐商品が登場し、スイスの食卓で豆腐が徐々に浸透してきている。

 冬の柔らかい日差しが射しこむ製造所。湯気が立ち込めるなか、白い作業服の従業員が数人、黙々と仕事をこなす。ここはチューリヒ州リューティ(Rüti)の一角。豆乳の入った大きめの容器に、にがりを注ぐ。すると、豆乳はまるで出来たてのチーズのように真っ白く、ふわふわの豆腐へと固まっていく。

 ノッパ株式会社(Noppa AG)では1週間に3.5トン、日本の製法で豆腐を製造している。製造機械は日本の豆腐機械メーカー「高井製造所」から輸入。社長のヨルク・ヘルプリング(55)さんは、「豆腐は中国で生まれたが、日本人はそれをよりおいしいものに改良した」と、日本の豆腐を称讃する。

 こだわったのは機械だけではない。「これはスイスの契約農家が作ったもの」と見せてくれたのは、きれいな黄色の大豆だ。ここで製造する豆腐の8割以上はスイス産の有機栽培大豆を原料としている。

 「日本では有機ではない大豆の豆腐がほとんどだが、スイスでは有機の大豆でないと豆腐は売れない。しかも最近は『地産地消』の考え方が消費者の間で広まっているため、スイスの農家と交渉して、豆腐のために特別に大豆を栽培してもらっている」。ヘルプリングさんは理由をそう語る。

映画監督から豆腐屋へ

 以前は映画監督だったいうヘルプリングさん。中国出身の妻ノッパ・ヘルプリングさん(35)と知り合った当初、ノッパさんがホームパーティで作ってくれた豆腐料理を初めて口にしてから、今まで持っていた豆腐へのイメージががらりと変わった。「一般的においしいものは胃がもたれることが多い。ところが、妻が作った豆腐料理はおいしい上に、食後も爽快。こんな体験は初めてだった」

 映画監督として忙しくしていたある日、豆腐製造所を手放したい人がいるという話が舞い込んできた。知り合いからきたその話に妻のノッパさんは目を輝かしたという。「妻はほら、中国人だから、企業家精神にあふれているでしょう。自分でビジネスをやりとげたい妻を私も応援したかった」。ヘルプリングさんは少し照れながら話す。

スイスの豆腐が硬いワケ

 できたての豆腐を薄く切り、試食。見た目は日本の木綿豆腐だが、食べてみると若干硬い。「ヨーロッパでは豆腐はまだ肉の代用品のイメージが根強いため、肉に近い硬さにしないとあまり売れない」とヘルプリングさん。それには豆腐が欧米に輸入された経緯に関係しているようだ。

 ヘルプリングさんによると、豆腐はアジアで何千年もの間、重要な食材として重宝されてきたが、欧米に大豆がやってきたのは20世紀初頭。油を搾るだけで、残りは家畜のえさに使われてきた。現在でもヨーロッパで食用に使われる大豆はたった15%で、残りは家畜用だ。

 ところが、1960年代に学生運動が勃発。人々は新しい生き方を求め、食生活にも変化が訪れた。肉類を食べない菜食主義が興隆し、肉の代わりのタンパク源として豆腐が脚光を浴びた。ただ、肉の食感に近づけるために、豆腐は強く押し固められた。ヘルプリングさんは「これでは水分とプロテインのバランスが悪く、あまりおいしくない。豆腐は間違った方法で欧米に伝わってしまった」と残念がる。

 こうして肉の代用品「Tofu」が欧米の食卓に上り始めたわけだが、その後、食の研究が進むにつれて大豆の栄養価の高さが見直され、ベジタリアン以外でも豆腐を食べる人が増えてきた。「ドイツを中心に特に2010年ごろから、豆腐の需要が圧倒的に伸び始めた」とヘルプリングさんは言う。

スイス人の舌に合う味付け豆腐

 製造所の奥では、妻のノッパさんが味付けされた豆腐の加工処理をする。ここではシンプルな豆腐はもちろん、洋風ブイヨンで味付けしたものや、おからをまるめてナッツをまぶしたもの、タイ風の「トーフリーノ」なども製造。「味のない豆腐はどうやって食べればいいのか分からなかったけど、味のついた豆腐だったら副菜として食べられるようになった」と従業員の1人が語る。

 こうしたバラエティあふれる豆腐商品はここだけのものではない。スイス全土に展開する大手スーパー「コープ(Coop)」では昨年から、「Abura-Age(油あげ)」、「Atsu-Age(厚揚げ)」、「Seidentofu(絹豆腐)」の販売を開始し、ベジタリアン以外の消費者にも対象を広げている。

 また、これまですべての豆腐商品をベジタリアン向けブランドで販売してきたもう一つの大手スーパー「ミグロ(Migros)」も最近、一部の豆腐商品を有機食品ブランドへ移して需要拡大に努めている。ミグロの広報担当は、「豆腐商品の売り上げは年々増加しており、需要は今後も伸びる見込みだ」と話す。

 「肉の代用品」から普通のタンパク源へと徐々に変化してきているスイスの豆腐。「今はスイス人に受け入れやすい味付け豆腐などを作って、隙間市場から抜け出したい」。そう目標を語るヘルプリングさんは、豆腐がいずれジャガイモやトマトのようにスイスで一般的な食材の一つになると確信している。

会社設立は4年前。現在従業員は12人。

ヨルク・ヘルプリングさんは経営、妻で中国出身のノッパ・ヘルプリングさんは製造・加工を担当する。

豆腐の製造機械は日本の高井製作所から輸入。

昨年の売り上げは150万フラン(約1億2000万円)。毎年約25%の成長率を達成している。

週に3.5tの豆腐を製造し、半分をレストランに、もう半分は卸売業者に販売している。スイスで第2位の規模を誇るスーパー「コープ(Coop)」とも販売契約をしている。

リューティ(Rüti)にて

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