高齢者の集合住宅 老後をみんなで豊かに暮らしたい
子供が独立したら住居空間を減らしたい。そして同じ考えを持つカップルと一緒に老後を過ごしたい。そんなコンセプトで16人の中高齢者が4年前、スイス・ボーデン湖畔の町クロイツリンゲンに高齢者の集合住宅を完成した。適当な距離感のある隣人関係で「極小の自治体」のイメージがある。秋の光が降り注ぐ庭で、笑い声を立てながら庭仕事をする住人たちを訪ねた。これは、高齢者用の住宅として、また法的な側面からしてもスイスで初めての試みだという。
「こんなにたくさん取れた」と両手いっぱいのジャガイモを見せるウルジー・ホンベルガーさん(62)。どれどれと2人の女性が寄ってくる。月2回、土曜日の朝は恒例の庭仕事の日だ。しかし、庭で働いているのはこの3人と1人の男性だけ。そばの建物のベランダで女性がたばこを吸っている。庭について説明するウルジーさんの夫ペーターさんも(71)も一向に手伝う様子はない。
一緒に暮らす集合住宅なのだからもっと多くの人が庭仕事に参加してもいいのでは?との質問に、「僕は生け垣の剪定(せんてい)が任務。でも今日はやらない。たばこを吸っている彼女はイベント企画が仕事だから庭での仕事はしない」とペーターさん。働いている人もそうでない人も皆納得しているからか穏やかな雰囲気が流れている。
住人がやるべき仕事は一覧表になっている。しかし、決して強制ではなく、やりたい人が手を挙げる。大体は全員が一つか二つの仕事を受け持つ。それらは、財務や法的な事務処理、イベント企画、庭仕事、補修・修繕(特に電気関係)などだ。
「ただ一つ必ずやるのは、ミーティングや行事などで住人がたくさん集まった後は、みんな一緒にお茶を飲むこと」とウルジーさんは強調する。この日の庭仕事の後も、クロワッサンと庭で取れたリンゴにコーヒーが出た。
構想とエネルギーを注いだ3年間
この集合住宅は、住人の1人であるユルク・ブルールマンさん(60)と奥さんのアンナさん(65)の構想でスタートした。2人は以前、140人が住むコーポラティブハウスに子供2人と暮らしていた。スイスでは、入居希望者が集まって組合を結成し、賃貸しの住戸の家賃を低く抑えた形のコーポラティブハウスが各州に広がっている。ブルールマンさん夫婦はこうしたコーポラティブハウスで暮らした経験から、老後を過ごす「高齢者の集合住宅」を発想した。「子供たちが独立したらまず住空間を減らしたい。また、イベントなどを一緒にやる隣人関係を築いて生活することは豊かにちがいない。それに孤独死は絶対にあり得ない」と。
この考えに当時の隣人夫婦ともう1組の夫婦が賛同。計3組の夫婦が「コアグループ」を10年前に形成した。候補地の条件は、駅から徒歩15分以内、車なしでの買い物、庭仕事ができること、文化的環境などだった。
土地探しと同時に、入居者数が話し合われた。ユルグさんの研究では「約20人の集団は安定するがそれを超えると不安定になり80~100人だと再び安定する。ただし、10人以下も家族のように親密になりすぎて問題が起こりやすい」。そこで、入居者数は16人(7組の夫婦と独身者2人)と決定された。
コアグループは、入居者募集にまずたくさんのメールを知り合いに流し、この過程でペーターとウルジーさん夫婦が4組目として参加している。残りの3組は新聞やインターネットで応募した人たちだ。
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クロイツリンゲンに実現した高齢者の集合住宅
この集合住宅の特徴の一つは、参加者が増えるにつれ、それぞれが住宅実現のための役割を分担していることだ。それは、募集広告と候補者の面接、法的な事務、建築家との話し合い、また庭のコンセプトを考える係などで、それぞれが2、3の役目を兼務している。
一番大変だったのは、候補者との面談だったとユルクさんは振り返る。「3年間で50人と面接した。コンセプトを説明した後、家でもう一度考えてもらい、その後また会って質問に答えるといったプロセスを繰り返した。夫婦は納得しても住み慣れた家を両親が離れることに子供が反対するなど、そのほかにもいろいろなことがあった」と言う。
こうしたそれぞれが膨大なエネルギーを注いだ3年間のプロセスは、大変だったが入居者同士が理解を深めていく上で重要で、それがなくては今がないと皆が口をそろえる。
ぜいたくなプライベート空間と公共の空間
購入した土地には1913年建立の家があり、まずこれを改修し三つの住戸を作っている。それぞれ約120平方メートルの広さがある。建築家だったペーターさんとデザイナーのウルジーさんのところは、夫婦それぞれの仕事部屋に寝室、リビングキッチンとリビングがある。個人が自由に決める内装もここでは非常に凝っていて、いわゆる高齢者の住まいのイメージとは全く違うぜいたくなプライベート空間だ。
すぐそばに新築された4階建てのハウスにも、同様の広さの四つの住戸と独身者用の二つの住戸がある。両方の建物には、入り口から車いすで直接アクセスできるエレベーターなどのインフラが整備されている。
こうしたインフラの工夫はあるものの、建築的観点からは住戸は個々人の所有であり、普通のマンションを購入して一緒に住むのと大きくは変わらないように見える。しかし「普通のマンションに住むのとは全く違う」とユルクさんは反論する。「庭と二つの部屋(ゲストルームと多目的ルーム)という公共空間がここにはある。多目的ルームではコンサートや朗読会が開催される。実は今日、妻の小学校の同窓会が行われ、30人が集まる」
一方、独立した子供たちを泊めるゲストルームの方も、この日ユルクさんの息子夫婦が泊まっていた。「ここに住んで4年になるが、このゲストルームは1年のうち4分の3は埋まっている。コンセプトが成功した証拠だ」とユルクさんは満足そうに言う。
高齢者のための庭
もう一つ、この住宅で重要な公共空間が庭だ。「高齢者の住宅にとって、庭は健康のためにも隣人と話し合う場としてもとても重要だ」と強調するペーターさんは、社会学に興味を持ち以前から「高齢者のための庭」の構想を温めてきた。その核は「百歳になっても庭仕事を続けられること」。
今回この構想を実現できたと喜ぶペーターさんの自慢は、花壇と菜園。40平方メートルの花壇は、腰を曲げなくて済むように50センチの高さに、ハーブなどが植えてある菜園は、車いすに座ったままで作業ができるよう1メートルの高さにしてある。「95歳になってもハーブを摘んで食事の用意をしているウルジーに届けるつもり」と、冗談っぽく言うペーターさん。
ところで、この菜園の前にペタンク用の砂地がある。一緒に住み始める前の「庭構想係」の数人のミーティングで、1人がペタンク好きと分かり、皆の賛成を得てこの空間が実現した。
皆で決めたのは、この砂地空間だけではない。長椅子もテーブルも、それらの色もブルーだと住人が全員一致で決定したとペーターさん。そんなことまで話し合うのか?「公共の場のことは、とにかく話し合う。家の入り口に2本の木を植えたいと思った時も、図を描いて皆を説得した」
誰でも住めるわけではないが・・・
しかし、話し合いの場でもめないのだろうか?問題は本当にないのだろうか?「仲良く一緒に住もうという意志を持って集まったのだからうまくいっている。あらゆる問題を提示し話し合い、ある意味でベーシックな民主主義を実践している」とペーターさん。
「ただ、ほとんど全員が学生時代にシェアハウスで暮らした経験があり、それが良い経験だったという思い出がモチベーションになっている」と続ける。
ユルクさんも、「誰でもがここに住めるわけではない。社会性に富む人。つまり、他者の意見を尊重し問題解決に向けて構築的な意見が出せる人だけだ」と言う。
もう一つの特徴は、16人は「元友人」ではないことだ。職業も違えば、年齢も55歳から75歳と幅広い。「友人でない方が、少し距離があってよい。ここでは一緒に何かを作り上げている感じ。良い隣人と一緒に庭仕事や散歩をし、映画を見る」とウルジーさん。
ところで、高齢者の集合住宅での大きな問題は、95歳になり食事の用意が1人でできなくなった場合だろう。「その点は、今議論中で今後の問題になる」とウルジーさん。スイスには、(日本のホームヘルパーのように)食事を作りに来る人がいるので、そうした人に頼むか、それとも住人のうちの誰か若い人が仕事として食事を作るか、そうした方法も考えているという。
いずれにせよ、「全員の意見が一致するまで、皆で話し合って解決策を探る」という基本姿勢は、こうした問題に関しても変わらないことだけは確かだ。
クロイツリンゲンの高齢者の集合住宅
4年前に始まったこの住宅は、子供が独立した後の中高齢者を対象にした集合住宅。
将来、個々の住戸を売る場合は、まずここの住人に声がかけられる。一般公募の場合も44歳以上で、ここのコンセプトに賛同する人に売却される。また値段も、不動産業者ではない第3者に見積もりを立ててもらい、低価格に抑える。
以上のような建築物所有での、法的な点と高齢者の集合住宅という点で、スイスで初めての試み。多くの人が見学に訪れるという。
また、他の高齢者たちの住居モデルになるという理由で「高齢者基金(Age Stifting)」が、2万フラン(約230万円)の補助金を提供している。
なお、土地(1832m2)の購入費は150万フラン。総経費は800万フラン。アパートの値段は、大きさにより多少異なるが約100万フラン。
二つの建物は、省エネ住宅のミネルギー住宅。地中熱とソーラーパネルで温水と暖房を賄っている。
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