9・11以降、なぜイスラムに対する恐怖感が定着したか
20年にわたる「テロとの戦い」は、欧米諸国で暮らすイスラム教徒にも大きな影響を与えた。だが、本当に全ては2001年9月11日に始まったのだろうか?差別と暴力のスパイラルから抜け出す方法はあるのか?
スイス国民の約半数は、イスラム教が国の安全を脅かすと考えている。2001年9月11日の米同時多発テロ以降、欧米で暮らすイスラム教徒は誰もが疑惑の目で見られるようになった。事実、スイスで宗教による差別があると感じている人は、イスラム教系外部リンクに著しく偏っている。
男性と女性のイスラム教徒が、ベルンでの体験を語る。
今やイスラム教に対して恐怖感を抱いている人が多数派だ。だが、本当にすべては9月11日に始まったのだろうか?ルツェルン大学の宗教学者アンドレアス・トゥンガー・ザネッティ氏は、イスラム教に対する懐疑的な見方は何世紀も前から存在したと言う。「既に中世で戦争を伴う対立があり、(キリスト教とイスラム教の)両サイドで相応のプロパガンダがあった」
イスラム教との関係における節目
とは言え、9月11日を西洋とイスラムの関係史における1つの節目と捉える同氏は、「当時の米大統領ジョージ・W・ブッシュ氏は自ら『十字軍』という言葉を使った」とし、「長い敵意の歴史」を復活させるのがいかに容易であるかを指摘した。
だが欧州におけるイスラム教徒への否定的な態度を決定的にしたのは、04年と05年にマドリードとロンドンで起きたテロ事件だったという。「これは、テロは大西洋の向こう側だけで起こるものではないと欧州が自覚した瞬間だった」
身の回りに潜む敵
また、ジハード(聖戦)のプロパガンダは、イスラム教全体を悪者扱いするのに一役買ったと同氏は言う。加えてイスラム教徒は身なりを見ればすぐ分かり、「特に女性の場合、信者かどうかは一目瞭然だ」と指摘する。こうしてイスラム教徒は誰もが過激派と結び付けて考えられ、悪しき想像の連鎖を生み出す。今では条件反射的にそう考える人も多いという。
連邦工科大学チューリヒ校の安全保障研究センター(CSS)で18年に「Haltungen zum Islam in Zeiten des Terrorismus(仮訳:テロ時代におけるイスラムへの姿勢)」を発表したダリウス・ファルマン氏も同じ意見だ。現在、スイスのシンクタンク「アヴニール・スイス(Avenir Suisse)」と「フォラウス(Foraus)」で政治学者として研究を続ける同氏は、フランス植民地時代のアルジェリア人を例に挙げ、過去にもイスラム恐怖症は存在したと指摘する。「当時はイスラム教の信仰を放棄することがフランスの市民権を得る条件だった」
同氏は「9・11以降、イスラム教は西洋社会に対する主要な脅威と見なされるようになった」と考える。こういった認識は欧州で発生したテロ事件によって更に強化され、「敵は内部に潜んでいるかもしれない」という考えを増強しているという。その結果、イスラム教徒への差別や、16年にチューリヒのモスクで起きた銃撃事件のような人種差別行為も増加した。
恐怖をあおる手口
また、イスラム教徒に関するメディアの報道も影響している。CSS外部リンクによると、まず2001年の米同時多発テロ以降、そしてそれに続くマドリードやロンドンでのテロ事件をきっかけに、テロに関する報道は爆発的に増えた。以来、イスラム過激派は国際的な文脈で語られるだけでなく、国内でも大きな問題となった。欧州におけるジハード・テロの出現により、イスラム教はスイスにとっても潜在的な脅威となった。トゥンガー・ザネッティ氏は、端的にこう表現する。「イスラムという言葉を戦争やテロが起きた時にしか聞かなければ、当然、この宗教とテロの結びつきは非常に強い外部リンクと思い込んでしまう」
「テロリストの目的は、溝を深め、自らそれを利用することだ」
ハンスイェルク・シュミット
政治的手段としてのイスラム教
更に、フリブール大学に付属するイスラム教・イスラム社会学センター(SZIG外部リンク)のセンター長、ハンスイェルク・シュミット氏は、イスラム教やイスラム系の移民を安全保障の問題として扱う傾向が政治レベルであると言う。このように全てのイスラム教徒に疑いの目を向けることは、往々にして彼らがこの社会で望ましからぬ存在であるという印象を与える。その上、「たとえプライベートで非常に前向きな体験をしていても、世間の声とのギャップを理解できないため」やはり不安な気持ちになる。恐怖政治が蔓延すれば、扇動者の思うつぼだ。「それが正にテロリストの目的だからだ。溝を深め、それを自ら利用するつもりなのだ」と同氏は警告する。
事実、差別はジハード主義者が過激化する十分な動機外部リンクになることを示す研究結果も出ている。だが反対に、被害妄想にとらわれ、差別されているという意識が頭を離れず、安心して行動できなくなってしまうイスラム教徒も一部にはいると同氏は指摘する。
調和を生み出すスイスの学校制度
一方シュミット氏は、スイスの政治文化は対話を非常に重視し、地方行政にも広く自治権が認められているため、多くの可能性があると考える。また、2001年9月11日がイスラム教徒の集団に対する認識と、それに関する言論を巡る転換点になったと確信している。ただし「より多くのイスラム教徒が社会に統合されてきている。特に2世、3世はもはや移民としての目線にこだわらず、より自然に社会生活に参加している」とした。その理由の1つに、スイスの教育制度が移民の社会統合を大きく促進している点を挙げた。同時に、移民のバックグラウンドを持つ人はスポーツや文化、政治といった場面でもっと注目されるべきだとし、「こういった認識の機会は非常に大切だ」と指摘する。メディアレベルでは、宗教に対しもっと冷静に対処するよう求めた。
トゥンガー・ザネッティ氏は、プライベートでも冷静に対処できることがあると考える。「宗教は、信者にとって実際に何が大切なのかを話してもらうだけで、一見奇妙な性質を失ってしまうものだ」。また、本当に差別を減らしたいなら、見習いや就職の応募を匿名で行うべきだと提案した。
(独語からの翻訳・シュミット一恵)
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