スイス病院の抗マラリア薬処方は「賭け」
フランスの感染症学者ディディエ・ラウール氏が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への万能薬として喧伝していたクロロキンは、失望的な試験結果が発表され支持を失った。この薬を使っていたスイスの病院は診療を見直したが、誤りはなかったと主張する。
スイスには、ラウール氏のようなクロロキン擁護者はいない。物議を醸したエキセントリックなフランス人教授によってクロロキンは一躍有名になり、COVID-19の奇跡の治療薬として売り出された。トランプ米大統領が予防薬として毎日服用していると主張したこと(その後服用をやめる考えを明らかにした)も、感情的な議論を煽った。
著名医学誌「ランセット」に大々的な研究結果が発表されたのは5月22日。これによって神話が崩れた。論文はクロロキンもその派生物であるヒドロキシクロロキンも、「COVID-19患者への利益」をもたらさないとの結論に至った。むしろこれらの分子は、死亡率や不整脈のリスクを高める可能性があるとした。この論文に対しては多くの科学者が方法論上の問題点を指摘しているが、世界保健機関(WHO)は同月25日、クロロキンやヒドロキシクロロキンを使った臨床試験の一時停止を発表外部リンクした。(編注:6月3日に再開を発表外部リンク)
スイスの病院も見直し
フランス語圏のスイス公共放送(RTS)の番組「36.9°外部リンク」によると、コロナ危機のさなか、スイスでは各病院がそれぞれクロロキンを処方していた。チューリヒやベルンではすぐに処方をやめた一方、バーゼルではCOVID-19患者ほぼ全員にクロロキンが投与された。フランス語圏のジュネーブ大学病院(HUG)とローザンヌ大学病院(CHUV)では、COVID-19患者の2~3割に投与されたとみられる。
転機は5月半ば。ランセットに論文が掲載される前から、チューリヒ以外の主要病院は診療方針を統一。当時臨床試験に参加していた患者を除き、COVID-19の治療にクロロキンを使用しないと決めた。
焦りすぎ?
スイスの病院は、コロナ危機の救世主に祭り上げられた成分に期待しすぎたのだろうか?「使用については常に慎重かつ批判的な姿勢で臨んできた。確かなことは分からず、賭けだった。今振り返ればこの薬を使いすぎたとも言えるが、そんな簡単なものではない」。CHUV感染症科のオリオル・マニュエル医師はこう話す。
毎日数百人もの感染者が病院に運び込まれ、各地で死者が増えるなか、医師たちは治療のメリットとリスクを天秤にかけなければならなかった。「緊急事態にあった3月時点では、天秤は『処方する』方に傾いた。現在はむしろ反対だ」(マニュエル氏)
HUGのキャロリーヌ・サマー氏は「当時あったエビデンス(科学的証拠)を踏まえ、心臓病のリスクといった禁忌がない患者にはクロロキンを処方した」と説明する。
医療に感情を挟む危険
トランプ米大統領やブラジルのボルソナロ大統領などの政治家は、クロロキンへの支持を繰り返し表明してきた。科学的な根拠を飛び超え、あらゆる人が自分の意見を持ち、表明する
スイスの医師は議論の渦中に引きずり込まれることなく、冷静に仕事ができていると感じている。CHUVのマニュエル氏は「一部の国では彼の喧伝により薬の処方が感情的な問題を引き起こした。これは不適切だ」と話す。
医療分野に政治家が口を出すとさらに厄介なことになる。HUGのサマー氏は、医学は複雑な分野であると強調する。「患者はそれぞれ異なる。我々は不確実性に立ち向かい、感情に振り回されず理性的に判断することを学ばなければならない。危険かもしれない薬を喧伝する政治家は、私たちの助けにならない」
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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