サイバーセキュリティ専門家、野放しのソーシャルメディアの危険を警告
左派、右派双方の政治・活動家グループの間で、もう1つの現実空間が力を増しつつある。Qアノンの陰謀論支持者であれ、新型コロナウイルスや気候変動やワクチン科学否定派であれ、多くの活動家がソーシャルメディアを通じてオンラインで支持者を獲得している。
swissinfo.chは、このデジタル時代における前代未聞の社会的、政治的難題と、国家とIT企業の力の均衡が今後どうなるかについて、ジュネーブのNGO「サイバー・ピース・インスティテュート」代表で、スタンフォード大学サイバー政策センター国際政策責任者のマリーチェ・シャーケ氏にインタビューした。
swissinfo.ch:何年も前から、ソーシャルメディアのプラットフォームに対する規制の強化を求めてこられましたね。最も早急に実施すべきことは何だと思いますか?
マリーチェ・シャーケ:対処しなければならない根本的な問題が1つあります。透明性と情報へのアクセスです。研究者にとっても規制当局にとってもジャーナリストにとっても、ソーシャルメディアが設計したアルゴリズムがどのように情報を使用しフィルターをかけているのか、どんなデータが集められ、誰がターゲットになっているのかを正確に調べるのはとても難しいのです。
これらのモデルの意図された影響と意図しない影響を理解するためには、より科学的で独立した調査が必要だと思います。この情報にアクセスできなければ、人々の権利が無視されているかどうか、企業が自ら定めた利用規約や制限や基準や禁止事項を守っているのかさえ、知ることはとても難しいのです。
swissinfo.ch:銀行システムの透明性や説明責任に関する規制のようなものでしょうか?
シャーケ:はい、それが考え方としては正しい方向性だと思います。一方では企業側に明確な義務と基準を定め、他方では、違反した場合に厳しい制裁を科すというものです。また、規制をきちんと実施し徹底的に調査する知識と権限と能力を持った団体や規制当局による監視も必要です。銀行とあなたは言いましたが、製薬業界や化学業界、自動車業界の規制に似たものも考えられるでしょう。
swissinfo.ch:フェイスブックは監督委員会の設置を開始しました。しかし、20億人以上のユーザーを擁するプラットフォーム上でヘイトスピーチを規制するにはどうすればいいのでしょうか?監督がそれほど行き渡っていない多くのプラットフォームでは?公共空間における暴力を防止するために、民主主義国家が迅速に対処するにはどうすればいいのでしょうか?
シャーケ:いろいろな要素の組み合わせになると思います。大半の欧州諸国では、表現の自由に例外が設けられています。ありがたいことに、非常に限られた場合のみですが。憎悪や暴力を煽動する場合や、ホロコーストを否定する場合に制限されます。これは、何が合法で何が違法かを明確化するのに役立ちます。より難しいのは、例えば陰謀論を信じているような一部の人の振る舞いが、法を破ることなく有害な影響を及ぼす場合です。
例えば、新型コロナウイルスとの戦いにおける公衆衛生に関してです。この場合、監督を行い、これらの理論の拡散とそれが社会全体に及ぼす影響を理解することが重要です。自己管理だけでは不十分です。まだルールを定め、監督し、施行するところまで行っていません。こういったケースで起訴されたという話もほとんど聞きません。ソーシャルメディアを野放しにしておいたらどういう結果になるかは、1月6日の米国連邦議事堂襲撃事件によって誰の目にも明らかとなりました。多くの人はこれで目が覚め、オンラインでの言説はオンラインだけの問題ではなく、現実の世界に影響を与えるのだとわかったのです。
swissinfo.ch:現職大統領のソーシャルメディア・アカウントを民間企業が停止したのは前代未聞でした。もっと早くそうすべきだったと考える人も、前大統領の言論の自由の侵害だととらえた人もいます。国家と民間企業の力の均衡の将来を考える上で、これはどんな意味を持つのでしょうか?
シャーケ:興味深いのは、これらの決定が良かったのか悪かったのかが今、大きな議論になっていますが、アカウントをそのままにしようが停止しようが、どちらの場合もこれらの企業がいかに大きな力を持っているかということが示されたことです。これらの企業、特に各種のソーシャルメディア・プラットフォームと検索エンジンを運営する巨大企業の力は大きすぎます。大勢の消費者を動かす力があるだけでなく、大勢の有権者も動かすことができるのです。このことは次第に明らかになってきています。この力をどうにかすべき時です。
swissinfo.ch:これらのプラットフォームはまた、例えばアラブの春において決定的な自由化の役割も果たしました。もしかすると、これらが諸刃の剣なのだということを受け入れ、自由な民主主義的価値観の力と、単純に人間の常識を信じるべきではないでしょうか?
シャーケ:この議論で忘れられがちなのが、問題は言論だけではないということです。増幅効果、資金力があれば可視性を高められること、システムの裏をかく力も問題です。当事者の一部がどのような形で関わっているかを見ずに表現の自由の問題だけを見るのは的外れです。例えば、誰かが陰謀論で読者を集めようとしているのか、ジャーナリストが陰謀論について書いているのかでは事情が違います。それに、さまざまな意見を表明しているように見せかけつつ実際は空のアカウントであるボットネットもいれば、別の国の議論に不透明なやり方であるメッセージを送り込もうとしている外国の情報機関もあります。
巨大企業の力は大勢の消費者を動かす力があるだけでなく、大勢の有権者も動かすことができるのです。このことは次第に明らかになってきています。この力をどうにかすべき時です。
私たちには表現の自由があり、それは本当に大切にすべきです。しかし同時に、差別されない自由や暴力を受けない自由の権利もあるのです。そして今のように表現の自由と衝突する場合は、問題を精査しなければなりません。それが商業的利益ではなく民主主義に基づいて行われることを願います。
swissinfo.ch:米国連邦議事堂襲撃はまさにそれでした。7千万人以上がトランプ前大統領に投票し、一部の人は彼の主張する「もう1つの事実」を信じていました。政府と公式チャネルへの信頼を取り戻すにはどうすればいいのでしょうか?
シャーケ:これはまさにニワトリと卵の問題です。選挙プロセスに不正があって勝利が盗まれたと米国大統領が誤った主張をすれば、それを信じる人が何パーセントかいても不思議ではないからです。過去4年間で見てきたことの最も有害な影響は、民主主義への内部からの攻撃だと思います。先ほどアラブの春の話が出ました。若者たちが民主主義を求めて平和なデモを行ったのです。ところが今は、民主主義のもたらす自由すべてを享受している人々が民主主義を攻撃しています。これは大きな問題だと思います。
ここに至った原因としては、あまりに多くの陰謀論その他の理論があまりに長い間、何の検閲もチェックも受けてこなかったこともあります。嘘や憎しみや暴力を煽ると実際に何が起こるかを見て、一部の米国人が目を覚ましたことを願います。信頼を取り戻すには、さまざまな要素の組み合わせが必要です。適切な法の実施だけでなく、適切な監督のためにメディアやジャーナリズムに投資することも必要です。地元当局が何をしているかをより広く報じる必要がありますし、消費者がどのプラットフォームを利用したいか選ぶための選択肢と競争を増やすような独占禁止策も必要でしょう。最後に、先にお話しした透明性も、インターネット利用者が、自分たちがどのような商業的策略にかかっているかをより理解する助けになるはずです。
swissinfo.ch:スイスを含め、欧州諸国にも同様の危険があると思いますか?欧州でも、陰謀論のネットワークが煽動する新型コロナウイルス対策やワクチン接種、気候変動への反対運動が盛り上がっています。
シャーケ:危険ではなく、現実です。どの社会においても人々がオンラインで過ごす時間が増え、世界的なパンデミックのせいで時代は以前よりずっと不透明になっています。スイスでも極右が力を増してきていることが見て取れます。私たちは皆、目を光らせていなければなりません。海の向こうの話、米国の問題だと考えていては甘いのです。
公の場で激しい議論が交わされるのは問題ではありません。しかし、憎しみや、意見を異にする人を非人間的に扱うような深い二極化が生じれば、エスカレートする危険が増します。
swissinfo.ch:これらのプラットフォームを政府が悪用する危険も懸念されます。一部の国は、市民の本人特定と逮捕にソーシャルメディアを使っています。例えばアラブの春にバーレーンでそのような事例がありました。このジレンマを、企業と民主主義はどうすれば解決できるのでしょうか?
シャーケ:政府が自らこれらのプラットフォームをプロパガンダに利用していることは、歴史に何度も例があります。例えばイランの指導者のように。しかし、抑圧的政権下の国において、意見を表明した後に自由が大きな問題にぶつかるのも見られます。自分の意見を表明することはできても、その後でどんな結果が待っているかが問題なのです。例えば香港の民主主義活動家や、北アフリカや中東での平和的デモの参加者などがそうです。これらの人々はソーシャルメディア・プラットフォームに簡単にアクセスできましたが、プラットフォーム側は、意見を表明したりデモ活動や集会を主催したりした人々が大きな危険にさらされることを全く考慮していなかったのです。言い換えれば、これらのプラットフォームがどのような状況で利用されているかを考慮することは極めて重要です。
法の支配が全く尊重されず、抑圧的であることが知られている政府の意のままに国民がなっている社会について懸念する必要があります。
swissinfo.ch :それでは、どうすれば民主主義を保障し、オンラインの社会的討論を扱う中国式モデルを受け入れるリスクを避けられるでしょうか?
シャーケ:悲しいことに、欧州でもすでに独裁主義の例がいくつか出ています。ハンガリーは規制の方向へ動いていますし、ポーランドもそうです。私たちは今のガバナンス制度と民主主義の状態に満足していて構わないかのように振る舞うべきではありません。常に努力しなければ維持できないのです。
swissinfo.ch:IT業界に規制をかけるための国際協力は起こっているのでしょうか?
シャーケ:EUはデジタルサービスのための多数の規制案に取り組んでいます。例えば、デジタル市場法、デジタルサービス法、民主主義行動計画などです。また、ソーシャルメディア企業がデータを集め、政治的広告のために利用する範囲を制限することを目的としたデータ保護規制はすでに存在しています。
連邦議事堂襲撃の後で、バイデン米政権にはすべきことがたくさんあります。バイデン大統領はすでに民主主義サミットを開催し、IT関連のテーマを重点的に取り上げる意志を表明しています。民主主義諸国間での協力の仕方を改善し、共通基準を定めるべき時期だと思います。国際協力の面で行うべきことがたくさんあることは確かです。
(英語からの翻訳・西田英恵)
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