国際スポーツ連盟が集まるスイス

国際オリンピック委員会(IOC)をはじめ、スイスには多くの国際スポーツ連盟が本部を置く。大きな影響力を持つスポーツ連盟を国内に擁することで恩恵を得るスイスだが、それも永遠には続かないかもしれない。
スイスには国際オリンピック委員会(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA)など約60のスポーツ連盟が本部を置く。中立国という立場に加え、法律上、税制上の優遇措置が多くの団体を惹きつける。
だが、これらのスポーツ連盟には近年、厳しい目が向けられている。IOCとFIFAは、オリンピックやワールドカップの開催国選定をめぐる贈収賄スキャンダルが発覚し、組織の自浄を迫られた。
スイスの連邦スポーツ省は2012年の報告書で、「危機に瀕しているのはスポーツの高潔さだけではない。多数の国際スポーツ連盟を擁する国としてのスイスのイメージもだ」と指摘した。
スポーツ連盟の汚職スキャンダルは、FIFAや欧州サッカー連盟(UEFA)元トップ2人の刑事訴追に発展した。25日の控訴審でスイスの裁判所はFIFAのジョセフ・ゼップ・ブラッター前会長とUEFAのミシェル・プラティニ前会長に引き続き無罪判決を下したが、こうした刑事事件が世界スポーツの中心地であるスイスに副作用をもたらす可能性は捨てきれない。
スイスに拠点を置くスポーツ連盟
ローザンヌ大学スイス行政大学院スポーツ組織管理の専門家、ジャン・ルー・シャペレ氏は、パリからスイス・ローザンヌに本部を移した1915年以来、IOCはスイスの「スター選手」であり続けていると話す。
IOCがローザンヌにあることで、国際フェンシング連盟や世界トライアスロン連盟、欧州水泳連盟など、さまざまな競技の世界連盟が数多くスイスに本部を置いた。
シャペレ氏はswissinfo.chに対し、「その主な理由は、IOCに近い場所に本部を置くことで、オリンピックの公式競技に採用されるチャンスが高まると考えたからだ」と語った。
ドーピング対策を実施する国際検査機関(ITA)やスポーツ仲裁裁判所などの関連団体もローザンヌに集結する。
FIFAは1932年に本部をパリからチューリヒに移転し、UEFAは59年にパリからスイスの首都ベルンへ、95年にはスイス西部ニヨンに移った。
スイス当局は、税制優遇でこれらの団体を誘致。「民間団体」に指定して活動に裁量の自由を与えた。
高い経費
スポーツ連盟にとって、スイスに本部を置くことには欠点もある。スイスの人件費と宿泊費は世界の中でも群を抜いて高い。
特にフラン高・ドル安が進むと、ドル建てで稼ぎフラン建てで経費を支払う構図は財政的に苦しい。
シャペレ氏は「スイスに本部を置く連盟は、各国の会員団体に資金を回すために経費を節減したがっている。半面、スイスの生活費は上がり続けている」と話す。
IOCやFIFAの汚職スキャンダル発覚後、スイスは欧州評議会の反汚職防止国家グループ(GRECO)からの圧力を受け、2015年に法規制の強化を余儀なくされた。
スイスのスポーツ団体は、贈賄罪で刑事罰の対象となった。また連盟幹部は「重要な公的地位にある人物(PEP)」に指定され、銀行は疑わしい取引を厳しく監視する義務がある。
だがシャペレ氏によれば、スイスの規制は他の欧州諸国に比べればまだ甘い。
「スイスの法制度はこの10年で進歩したとはいえ、まだ非常に柔軟だ。スポーツ団体の本部を直接対象とする法律は20条項しかなく、多くは強制力がない」
欧州は離れられない
しかし近年、スイスを離れるスポーツ連盟が一部出てきている。
FIFAはいくつかの管理部門をパリ、マイアミ、シンガポールに移転しており、チューリヒからの完全撤去もうわさされる。FIFAは、異なる国での拠点開設は世界各地域との関係向上が目的であり、本部はスイスに残すと主張している。
世界水泳連盟はローザンヌからブダペストへの移転を進めており、スイスでの活動はごくわずかだ。フセイン・アル・ムサラム会長は、資金難の同連盟にとってスイスは経費が掛かりすぎると訴えていた。
「会長が移転を決めたら、反対するのは非常に難しい」とシャペレ氏は話す。「とはいえ、世界的なスポーツ行政の中心が欧州にある以上、欧州を離れるのも難しい」
「(特に中国の影響力の増大など)地政学的な変化を踏まえると、欧州が永遠に中心地であり続けることはないのかもしれない。だが今後10年間でスポーツ連盟が大量移転する事態は想像できない」
逃す魚は大きい?
世界中で大きな影響力と予算を持つスポーツ連盟を誘致できることは、小国スイスにとって貴重な無形資産だ。中立国としてのイメージアップにもなる。
スイスはスポーツ連盟にほとんど課税していないものの、連盟をホストすることで物質的な恩恵は受けている。
国際スポーツ科学技術アカデミー(AISTS)の2021年の報告書によると、2014~19年に毎年16億8000万フラン(約2800億円)の経済効果をスイスにもたらした。連盟の経費や訪問者の支出、一部の税金、FIFAワールド・サッカーミュージアムやオリンピック・ミュージアムなどの観光収入増だ。その多くはローザンヌと、同市があるヴォー州の懐を潤している。
編集:Virginie Mangin/dos、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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