帰還か残留か スイスのウクライナ難民の将来は
2022年2月にウクライナ戦争が勃発してから、スイスはウクライナ難民を積極的に受け入れてきた。しかし現在は難民申請を却下するケースが増えている。
スイス連邦政府は昨年11月、ウクライナ難民の特別在留資格「S許可証」を2025年3月まで延長すると発表した。
S許可証は、急激な戦争状態に伴う大規模な難民移動に対応するための措置で、通常の難民許可手続きを経ずに一時的に入国が認められ、就労が可能になるほか社会福祉も受けられる。スイス政府は2022年3月、戦争開始(2022年2月24日)以前にウクライナに居住し、既にスイスに入国しているウクライナ難民に対してS許可証の発行を開始した。
スイス連邦移民局(SEM)は7月31日、S許可証保持者は現在6万6182人いるとソーシャルメディアのX(旧ツイッター)に投稿。またこれまでのべ2万6392人分のS許可証が失効したとも述べた。移民局によると、大半は(ほかの滞在資格に切り替えるなどして)S許可証資格を放棄した、あるいは離国したことが理由だ。
S許可証資格が取消しになったのは約100人にとどまる。S許可証を持つ人が第三国に居住地を移し、そこで合法的な居住権を得た場合、スイス政府はS許可証資格を取り消す権利を持つ。
ウクライナ人が四半期ごとに15日以上ウクライナに滞在していることが判明した場合も取消しとなる(ウクライナへの永住帰国の準備だと証明できれば免除される)。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によると、7月4日現在、スイスに難民・一時保護を申請したウクライナ人で、スイスに住民登録しているのはそのうち63.1%だった。移民局によると、ウクライナから逃れてきた人々の難民認定率は今年は現時点で89.3%、2023年は95.2%、2022年には98.6%だ。
却下が増加
S許可証資格の取消し以外にも、移民局はウクライナ人の難民申請を拒否するケースがある。2022年2月の開戦以来、移民局はこれまでに約2500人のウクライナ人のS許可証申請を却下した。その率は増加傾向にある。
移民局のダニエル・バッハ報道官は仏語圏スイス公共放送テレビ(RTS)の取材に対し、今は多くのウクライナ人がウクライナから他の欧州諸国を経由して間接的にスイスに入って来ており、これがS許可証取得に必要な基準を満たしていない主な理由だと語った。
「他の国で保護を受けている人が、家族がスイスに住んでいるなどの理由でスイスで難民申請することは可能だ。移民局はその事実を確認したうえで、場合に応じて(S許可証以外の)保護資格を与える」とスイス難民援助機関(SFH/OSAR)のスポークスマン、リオネル・ヴァルター氏は説明する。「これは珍しいことではなく、他の出身国の手続きでも見られることだ。当団体は、人々が基本的権利を尊重する国で保護を受けられることが重要と考える」
同機関によると、スイスの難民保護は他国に比べてとりわけ手厚いわけではなく、移住先として人気ということもない。同機関の調査によると、移住先の選択は法的枠組みだけでなく、文化的な近似性、言語、コミュニティ、親族の有無などによっても左右される。
在スイス・ウクライナ協会の理事でスポークスパーソンのサーシャ・ヴォルコフ氏はswissinfo.chの取材に対し、「(スイスに移住する)理由はシンプルながら、残酷なものだ。ウクライナの戦争は続いており、現在の状況は1年前より良くなっているわけではない。深刻さが増していると言っても良い」と話す。
ヴォルコフ氏は約1週間前にウクライナにおり、キーウ近郊の家族のもとに2週間滞在した。電力不足は今や常態化し、電力供給も途切れがち。首都圏では3時間の電力供給のために6時間停電にしなければならないという。
「ウクライナへの帰国を考えている人たちは、自宅に戻れば発電機頼りの生活で、その発電機の運転コストはスイスの電気代よりも高くなると思っている。彼らはウクライナに戻るお金もないうえに、ウクライナ人に対する連帯感も戦争が始まったときより薄れてきているため、今いる場所にとどまるしかない」
統合と帰還
スイス政府は昨年11月、ウクライナ難民の長期滞在を見込み就業率を2024年末までに40%に増やすという野心的な目標を掲げた(現在は25%)。そのために、主に語学コースの費用として一人当たり3000フラン(約50万円)を支給した。
また労働資格を許可制からオンライン登録制に変えるという動議外部リンクが連邦議会で可決された。施行されれば、ウクライナ人を雇用したい企業にとって官僚主義的な手続き軽減につながる。
しかし、S許可証はスイスでの長期滞在は想定されていないため、ウクライナ難民には依然として不安定さがつきまとう。スイス政府は昨年9月、S許可証撤廃後のウクライナ難民帰還を促進する暫定戦略を発表した。一家の大黒柱の男性がウクライナにいるため、80%が自発的にスイスを出て行くと推定されている。
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暫定戦略の報告書では、出国準備期間として難民に6〜9カ月の猶予を与え、一人当たり1000〜4000フランの金銭的インセンティブを与えることを提案している。
しかし、スイスでの滞在期間が長ければ長いほど、自由意志で出国する可能性は低くなる。さらに、5年間連続して滞在すれば、スイスのB労働許可証(通常5年、ウクライナ難民であれば一時保護が解除されるまで有効)を取得できる。
UNHCR、移民局、市場調査会社イプソスが昨年12月に発表した調査結果も、ウクライナ難民の自発的な送還が容易ではないことを示している。調査対象となったウクライナ難民の3分の1は祖国への帰還を望んでおらず、40%は未定と答えた。
ヴォルコフ氏は「ウクライナを捨てる人もいる。戦争が長引けば長引くほど、それは避けられない」と話している。
編集:Mark Livingston/ts、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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