医療保険料の上限を所得の10%に 6月スイスで国民投票
スイスで6月9日、基礎医療保険料が所得の10%を超えた場合に補助金を給付して減免する案が国民投票にかけられる。
多くのスイス人が基礎医療保険料の支払いに苦しんでいる。世界保健機関(WHO)の最近の報告書によると、欧州では何百万人もの人々が同じ問題に直面している。
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人口動態の変化や医療技術の進歩により医療費は増加する一方で、この問題がさらに悪化する可能性は高い。医療費の増加は、スイスでは居住者全員に加入を義務づけられた基礎医療保険料の引き上げに直結するからだ。民間保険会社が毎年改定する保険料もまた右肩上がりで、2024年は平均8.7%増だった。
>>基礎医療保険についての詳しい説明はこちら:
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スイスでは医療費の25%が窓口負担(日本は13%)のため、医療費の増加は家計を直撃する。左派・社会民主党(SP/PS)の「保険料軽減イニシアチブ(国民発議)」はそうした人々を救済するため、基礎医療保険料の支払いが世帯収入の10%を超えた場合、補助金を給付する。
いかなるスイス市民も、イニシアチブ(国民発議)を起こして憲法改正案を提案できる。それには、10万人の署名を18カ月以内に集める必要がある。その後、提案の是非が国民に問われる。イニシアチブが可決されるには、憲法の改正という重大な決定であるが故に、国民と州の過半数の賛成が必要だ。
保険料軽減イニシアチブの具体的な内容は?
保険料の支払いが困難な人口は全体の4分の1に上る。連邦政府と州は救済措置として、こうした人々に補助金を給付し保険料を減免している。しかし受給資格は州の裁量に委ねられ、地域によって大きな格差がある。
社会民主党は現行の支援策では不十分と訴える。同党のイニシアチブでは、保険料支払いが可処分所得の10%を超えるすべての人に補助金を支給する。財源の少なくとも3分の2は連邦政府が、残りは州が負担する。
誰が恩恵を受ける?
可決されれば保険料の減免を受けられる人の割合が増える。その正確な人数は、議会がイニシアチブを元にどのような法律を制定するかによって変わる。最貧困層は既に補助金を受けているため、新たに恩恵を受けるのは主に子育て世帯などの中間層だ。
連邦内閣(政府)の予測では、長期的にはほぼ全ての被保険者が今後、収入の10%以上を基礎医療保険料に費やすことになる。このため社会民主党は超高所得の人を除き全ての人が恩恵を受けられるとして、イニシアチブへの支持を訴える。
費用はどれくらいかかる?
連邦保健庁の試算によると、提案が可決された場合、連邦政府と州は新たに年間35億~50億フラン(約6000億~8500億円)の資金負担が生じる。政府は、これを賄うために他分野での増税、歳出削減が必要になると警告する。
政府・議会の対案は?
政府と連邦議会はイニシアチブには反対を表明。対抗措置として間接的対案を打ち出した。国民投票でイニシアチブが否決されれば、レファレンダム(国民表決)を起こされない限り政府・議会の対案が自動的に発効する。
対案は、各州に対し、保険料減免のための負担金(基礎医療保険の給付費総額の3.5~7.5%)の拠出を義務付けるもの。現行制度では連邦政府は毎年、各州に保険費減免のための負担金(同7.5%)を支払っている。給付費の増加に伴い加入者の支払う保険料が上がると、自動的に連邦の負担金も増える。対案は、この仕組みを州にも導入するという内容だ。政府の負担割合は7.5%で据え置く。
政府と議会はこの対案により、州が「効率的な病院計画などを通じて」医療費の増加を抑えるよう促せると訴える。州には年間3億6000万フランの追加予算が必要となるが、連邦政府の負担は増えない。
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社会民主党の案に賛成する人たちの主張は?
社会民主党は、全ての人に対し医療制度へのアクセスを保障したい考えだ。過去20年間で基礎医療保険料は倍以上に跳ね上がった。
社会民主党はその結果として、保険出費を抑えようとする人が増えたという。保険料が安い保険は窓口負担が高くなるため、そうした人々の受診控えが増えると警告する。
賛成派は、公的支援に関して全ての人に公平な環境を作りたいと考えている。現行の減免制度は国内26州でそれぞれ異なるうえ、保険料軽減のための資金拠出を引き下げた州もある。
反対派の主張は?
反対派は、社会民主党のイニシアチブが、止まらない医療費増加という根本問題への解決策になっていないと指摘する。補助金を引き上げるよりも、医療費の上昇を抑えるのが先だという考えだ。
また保険料を減免すればそれだけ連邦政府と州の財政負担が増え、増税や他分野での支出削減が必要になる、と連邦内閣は警告する。
追加資金の分担内訳に関しても賛否が分かれる。イニシアチブでは大半を国が負担することになっているが、医療費は州レベルの決定で大きく左右されることを理由に政府は反対している。
>>保険給付費に「コスト・ブレーキ」ーー 以下の記事では、6月9日に投票が行われる2番目のイニシアチブ(国民発議)について説明しています:
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誰が賛成し、誰が反対している?
「保険料軽減イニシアチブ」を支持しているのは左派政党だけだ。主要政党では緑の党(GPS/Les Verts)のみ。右派、中道政党は反対している。
政府と議会の大多数は反対票を投じるよう有権者に求めている。当然のことながら国内経済界も反対しているが、労働組合は賛成に回った。
国外在住者や越境労働者にメリットはある?
2023年6月の政府発表によると、国外在住の被保険者数は年々増加し、2021年には約17万人だった。大部分がフランスやドイツに住みながらスイスで働く越境労働者で、居住国かスイスの保険かのどちらかを選べる。
国外在住の被保険者のうち630人が保険料減免の恩恵を受けている。拠出額は計約900万フランだ。
連邦保健庁によると、社会民主党の提案が可決されれば国外在住の被保険者も10%上限の恩恵を受ける可能性がある。だが最終的には法律を制定する議会の判断に委ねられる。
編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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