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未来の鍵を握るエジプト軍

カイロの中心地タハリール広場で戦車の前に座って話し込むデモ参加者たち AFP

エジプトのホスニ・ムバラク大統領 が18日間にわたる民衆の反政府デモの後辞任を決意し、2月11日、全権限を軍の最高評議会に委譲した。同日、スイス政府は大統領辞任の発表を受け、ムバラク氏と親族が所有するスイスの銀行口座を凍結した。

オマー・スレイマン副大統領がムバラク大統領の辞任を発表した後、カイロ中心部のタハリール広場は国民の歓喜の声に包まれた。

大統領辞任後はモハメッド・フセイン・タンタウィ国防相が軍の指揮権を引き継ぐ。

また、中東の衛星テレビ局アルアラビラによると、軍最高評議会は大統領諮問機関と人民議会を解散したという。軍の最高評議会はエジプト憲法裁判所長官と共に権限を代行していく。

スイスの軍略専門家のアルベルト・A・シュターヘル氏にエジプト軍の特質と歴史的背景について話を聞いた。

swissinfo.ch : 今回の反政府派のデモ活動に対して、エジプト軍は慎重な行動を取るよう国内や国外から圧力がかかっていましたか。

シュターヘル : 圧力は方々からあった。第一にイスラエル側から。当然、アメリカ側からの圧力もあった。しかし、こういった圧力は逆効果になり、事態を深刻化させる可能性もあった。

swissinfo.ch : どういった点でですか。

シュターヘル : エジプト軍は主に陸軍、海軍、空軍の3部隊が存在する。中でも最も大きな陸軍は約28万人から32万人の兵力を持つ。そのうち3分の2はスイスと同じように兵役義務のある国民で編成されている。独裁政権に従事する傭兵は存在せず、国民が軍隊に従事しているということだ。そのほかにムバラク前大統領の側近として独裁政権下で利益を被っている 取り巻きが軍の司令官の座に着いている、だがほとんどの ( 独裁政権を守る立場にあるはずの ) 兵士たちは若い下級士官 ( 反政府派のデモを行う国民に賛同する人たち ) だった。

エジプトには軍が政府を転覆した過去がある。1952年にガマール・アブドゥル・ナセル陸軍大佐がアリ・ムハンマド・ナギーブ司令官と軍事クーデターを起こし、ファルーク王制を倒した。1954年、ナセル陸軍大佐は権力を掌握し、エジプトの大統領の座に着いた。別の言い方をすれば、歴史背景からエジプト軍はほかからの干渉を受けない、 独立した特性があるのだ。

swissinfo.ch : それがデモ隊が軍隊に共感と信頼を抱いていた理由ですか。

シュターヘル : その通りだ。特に国民は陸軍に対して信頼を置いている。しかし、ムバラク大統領 が任期満了での名誉ある退陣をするよう要求していた軍上層部の言動は事態を鎮静させるどころか悪化させる恐れがあった。業を煮やした軍の大多数の若い兵士や下級士官たちが突然、軍事クーデターを起こす可能性もあったからだ。

swissinfo.ch : 慎重な行動を取ってきた軍隊は、独裁政治を行ってきたムバラク前大統領の辞任後も重要な役割を維持したいと思っているのでしょうか。

シュターヘル : そう思っているだろう。しかしこの点に関しても2組のグループを区別して考えなくてはならない。軍のメンバーといえども、ムバラク前大統領側近で利益を享受している取り巻き、特に既に退役した元司令官たちは支配エリートや起業家として経済的に豊かになり、ムバラク前大統領の意のままになっていた。しかし、兵役義務によって軍に従事している若者たちは、ムバラク前大統領の反対派。軍のなかにも民主化に対して賛成派と反対派の2 派が存在している。

swissinfo.ch : では、エジプト軍の若者たちと年長者たちの間には溝があるということですか。

シュターヘル : 若い兵士たちの大多数は現在、主な兵力になっている下級士官。 年輩の兵士たちはムバラク前大統領の取り巻きであり、司令官であり、総大将の地位にいる人たち。この両者間には溝が存在している。

swissinfo.ch : 野党のムスリム同胞団がこれまで穏健な態度を取ってきたのはエジプト軍の勢力が強かったからですか。

シュターヘル : ムスリム同胞団が穏健だったのは、エジプト軍が強く、治安管理をしっかりと行ってきたからだと言える。しかし、実際はムスリム同胞団に対する信用が失われているのだろう。今回の大がかりな抗議デモはムスリム同胞団ではなく、インターネットやフェイスブックでネットワークができた若者たちが立ち上がって起こしたはずだ。

swissinfo.ch : エジプト軍は道路建設から不動産、観光業に至るまで、国の経済に密接に関わっています。これは特殊なケースですか。それともほかのアラブ諸国、チュニジアやアルジェリアの軍隊にも類似している点がありますか。

シュターヘル : アルジェリアに類似した点がある。チュニジアにはこの傾向は見当たらない。ヨルダンには全くない。ヨルダンにあるのはベドウィンという遊牧民族が集まってできた軍隊だ。同じアラブ諸国といえども国によってかなり異なった軍隊を編成している。エジプト軍はどちらかというとアルジェリア軍に類似している。

swissinfo.ch : アラブ諸国の軍上層部の間に繋がりやコンタクトはあるのですか。

シュターヘル : エジプトは特にスーダンと繋がりが深い。ほかのアラブ諸国とはあまり繋がりがない。ムバラク派だった軍上層部の取り巻きはイスラエルと関係が深い。

swissinfo.ch : エジプト軍やチュニジア軍はそもそも人権を保証できるのでしょうか。また、軍は独立して権力をふるうのではなく、民主主義の下に従うべきではありませんか。

シュターヘル : エジプト軍はあたかも職業軍人で構成されている軍隊のようにしっかりと人権を保証することになるだろう。それができるのは、エジプト軍の兵士の3分の2がエジプト国民で成り立っているからだ。この点では幸運だと言える。

swissinfo.ch : エジプト軍は言わば完全なる人権保証人だと。

シュターヘル : 人権を完全に保証してくれる、そのような軍隊はもちろん、存在しない。エジプト以外の国でもあり得ない。

エジプト軍は約46万8000人の兵士と48万人の予備軍で編成されている。18~49歳までのエジプト人男性は1~3年の兵役義務がある。

1952年、当時のナセル陸軍大佐が指揮を執り、ファルーク王政権に対しクーデターを起こし、後の大統領となる。以降、歴代のエジプト大統領は軍の指揮権を握ってきた。今日までの約60年間、エジプト軍はエジプト政府の中核となり、政治上の権力機関としての役割を担ってきた。また、武器取引から道路建設、不動産、観光業に至るまで国の経済と密接に関わっている。

ホンシ・ムバラク前大統領が最高司令官として指揮を執っていた軍の現職の司令官および退職した司令官の多くは、政府のさまざまな専門分野で支配エリートとして重要な役職を占めている。

1970年以降、アメリカはエジプト軍に毎年約20億ドル ( 約1660億円 ) の軍事援助を行い、アメリカ政府はエジプトにハイテク兵器も輸出してきた。また、エジプト軍士官の多くがアメリカで訓練を受けている。

( ドイツ語からの翻訳・編集、白崎泰子 )

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