スイスの視点を10言語で

経済活動で「地球の限界」尊重すべきか スイスで国民投票へ 

連邦議事堂と投票用紙を持つ手のコラージュ
swissinfo.ch / Helen James

スイスで9日、自然に優しい経済活動を促す国民発議「地球の限界を越えない責任ある経済のために(通称:環境責任イニシアチブ)」をめぐり、国民投票が実施される。スイスの経済活動を自然の回復能力の限界に収めるよう義務付ける内容だ。世論調査では否決される公算が大きい。投票は即日開票される。

おすすめの記事

9日に賛否が問われる「環境責任イニシアチブ」は、自然の回復力を超えない経済活動の義務付けを求める。左派・緑の党(GPS/Les Verts)青年部が有権者10万人分の署名を集め、国民投票に持ち込んだ。 

おすすめの記事
DDアイコン
象徴的な町を持ち上げる男

おすすめの記事

イニシアチブとは?

このコンテンツが公開されたのは、 スイスでは、政治的決定に参加する権利が市民に与えられている。直接民主制はスイスだけに限った制度ではない。しかし恐らく、ほかの国よりこの国でより発展している。

もっと読む イニシアチブとは?


スイスでは毎年最大4回、国民投票が実施される。環境責任イニシアチブは幅広い支持を得ていない。スイス公共放送協会(SRG SSR)の委託で世論調査会社gfs.bernが1月中旬に実施した2回目の世論調査によると、同提案に「賛成」と答えた国内有権者はわずか37%で、「反対」が61%にのぼった。「未定/無回答」は2%だった。 

気候変動と生物多様性の損失は現在、世界的な懸念事項となっている。異常気象を分析する国際研究グループ「ワールド・ウェザー・アトリビューション」(WWA)は先月28日、米ロサンゼルスで1月に起きた大規模な山火事は気候変動が発生確率を上げたとする分析結果を発表した。世界気象機関(WMO)によると外部リンク、2015~2024年は​​観測史上最も高い気温を記録した10年だった。スイスでも最高気温の記録更新が相次ぐ。 

資源の消費を大幅に削減   

環境責任イニシアチブが提案するのは、連邦憲法に「スイスの経済活動を、自然が持つ回復能力の範囲内に抑える」との条文を追加することだ。イニシアチブ発起人委員会は具体策を提示していないが、国民投票で可決されれば、「地球の限界」、つまり自然の回復力ぎりぎり(限界)を超えて資源を消費したり、汚染物質を排出したりしてはならなくなる。 

地球の限界は、ストックホルム大ストックホルム・レジリエンスセンターのヨハン・ロックストローム博士らが2009年に提唱した。  

地球環境が健全な状態を保てる限界の範囲を▽気候変動▽成層圏オゾンの破壊▽生物圏の健全さ(生物多様性・生態系のバランス損失)▽生物地球科学的循環(窒素やリンの流出)▽淡水利用▽土地利用変化(森林面積の残存率)▽新規化学物質▽大気エアロゾルによる負荷、の9つの要素で示している。 

グリーンピース・スイスの調査外部リンクによると、地球の限界を越えずに経済活動を行うには、資源の消費によって引き起こされる環境負担を大幅に削減する必要がある。スイスは地球の限界の範囲を判断する9項目のうち、いくつかにおいて「非常に深刻」なレベルにあるという。例えば、大気中の二酸化炭素(CO₂)濃度の限界値を定める「気候変動」の項目で、スイスは地球の限界を19倍超えている。また、「生物圏の健全さ(生物多様性・生態系のバランス損失)」では地球の限界を3.8倍、「淡水利用」では2.7倍超えている。  

連邦政府と連邦議会、右派・国民党(SVP/UDC)、中道右派・急進民主党(FDP/PLR)、中道右派・中央党(Die Mitte/Le Centre)は、環境責任イニシアチブはスイスの繁栄を損なうとして、国民投票で反対票を投じるよう有権者に呼び掛けている。 

同案を支持しているのは緑の党、左派・社会民主党(SP/PS)、グリーンピース、小規模農家組合、市民団体「スイス気候シニア」など、幅広い政党およびNGOだ。それに加え、スイス人科学者83人も支持を表明した。支持派は、スイスが経済成長の代償として人類や地球を犠牲にすることのないよう、その一翼を担うためには同案は不可欠だとしている。  

環境責任イニシアチブが可決されれば、政府と各州には目標達成まで10年の猶予が与えられる。イニシアチブ発起人委員会は規制や禁止項目、優遇措置などについて具体策を提示していないため、議会がそれを担うことになる。ただ、イニシアチブが提案する憲法の追加条文は、スイス国内外で社会的な不公正を引き起こすようなことは避けるべきだと強調している。  

提案はある。植物由来の食生活への移行、食品ロス削減に向けた対策の実施、化石燃料からの脱却と再生可能エネルギーへの転換、そしてエネルギー使用の効率化と持続可能なライフスタイルの実現に向け、テクノロジーとデータを最大限に活用するスマートシティ開発の奨励などが提案に盛り込まれている。   

わずか150万人の賛成で可決  

9日の国民投票は、すべてのスイス居住者が投票できるわけではない。18歳以上かつ後見人がついていないスイス人有権者が、国民投票に参加できる。有権者は郵送か投票所で投票できる。国外在住有権者は登録が必要。有権者数は全体で約550万人で、国の総人口(約900万人)の3分の2弱にあたる。  

スイス在住者の4分の1はスイス国籍を持たず、国政レベルでの投票権がない。 

おすすめの記事
Plakate gegen die erleichterte Einbürgerung am Hauptbahnhof Zürich

おすすめの記事

「スイスの外国人人口は、無視するには多すぎる」

このコンテンツが公開されたのは、 スイスでは、住民の3人に1人が国政選挙や住民投票に参加できない。世界で最も多く国民投票が行われる国に住みながら投票できないという現状を、当人たちはどう受け止めているのだろう。

もっと読む 「スイスの外国人人口は、無視するには多すぎる」

連邦統計局(FSO)によると、過去10年間の各年投票率は平均41~ 57%だった。実際には、レファレンダム(国民表決)やイニシアチブ(国民発議)を勝ち取るには賛成票が約150万票あれば足りる。有権者自らが憲法改正を提案するイニシアチブは州票の過半数も必要となるため、小規模な州の方が影響力が大きくなる。  

今回の環境責任イニシアチブは憲法改正を求めているため、有権者と州の過半数の同意が必要となる。  

おすすめの記事

おすすめの記事

スイス国民投票の二重の壁 「州の過半数」条件とは

このコンテンツが公開されたのは、 スイスでは有権者自ら憲法改正を提案するイニシアチブ(国民発議)を立ち上げる権利がある。可決されるには有権者の過半数の同意を得なければならないが、それだけでは足りない。「州票の過半数」という2つ目の条件があるからだ。

もっと読む スイス国民投票の二重の壁 「州の過半数」条件とは

2つの州が最低賃金を決定  

9日には州や基礎自治体レベルの住民投票も行われる。ソロトゥルン州で時給23フラン(約3800円)、バーゼル・ラント準州で22フランの最低賃金導入案が投票にかけられる。スイスには全国的な最低賃金制度はない。全26州のうちジュラ州、ティチーノ州、ヌーシャテル州、バーゼル・シュタット準州は独自に最低賃金を定めている。 

そのほか、ルツェルン州では、州および自治体の投票・選挙権年齢を18歳から16歳に引き下げる案の賛否が問われる。同様の提案はすでに、複数の州で否決されている。例外はグラールス州で、2007年に投票権年齢を16歳に引き下げた。 

編集:Samuel Jaberg/ds、英語からの翻訳:大野瑠衣子、校正:ムートゥ朋子 

最も読まれた記事
在外スイス人

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部