スイス労組の5%賃上げ要求は妥当?
スイスの労働組合は生活必需品やエネルギー、医療費の上昇を理由に、2025年に向けた賃上げ交渉で最大5%の引き上げを求めている。他国よりはインフレ圧力の弱いスイスで、この要求は正当化されるのか?
雇用者側は労組の賃上げ要求に反対の意思を示している。今後の労使交渉が難航する公算が大きい。
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両者はどこで対立しているのか?落としどころはあるのか?論点を整理する。
労組の要求
労働組合団体「トラバーユ・スイス(Travail.Suisse)」は、2021年以降の賃上げ分が全てインフレで相殺されてしまったとして、2025年は2.5~4%引き上げるよう求めている。
スイスの名目賃金は2023年に平均で1.7%上昇したが、物価が2.1%上昇したため、実質賃金は0.4%のマイナスとなった。
スイス商業者連盟も同じ理由から最大5%の賃上げを要求している。
スイス被雇用者連盟の主張は2.2%と少し控えめだ。
接客業界の団体交渉は7月に決裂し、労働法上の仲裁手続きに持ち込まれた。
スイス労働組合連合(SGB/USS)は、実習期間を終えたすべての人が最低月5000フラン(約85万円)の収入を得られるよう求める。
労組の主張
労働組合はいずれも、賃上げの根拠としてインフレの影響を挙げる。
トラバーユ・スイスは、インフレによりここ数年間の「賃金の動きは歴史的に弱い」と指摘する。経済政策調査部のトーマス・バウアー部長は「2021年以降に経済は実質的に7%以上成長したが、実質賃金は3%以上も下落した」と話す。
労働者が生活のやりくりに苦労する一方で、企業は生産性向上による増益分を独占していると非難する。
スイスのインフレ率は世界の他の国々ほど高くない。国際通貨基金(IMF)によると、2022年に世界の総合インフレ率は8.7%に達したが、スイスでは2.8%にとどまった。
だがスイスの消費者物価指数には医療保険料が含まれていない。過去10年間で名目賃金は6%伸びたが、医療保険料は31%も上昇した。
スイスでは格差拡大への不満も広がっている。
労働組合連合は、低所得者層では光熱費など基本的な支出が家計に占める割合が富裕層よりも大きいため、インフレの影響はより深刻だと警告する。
同連合のチーフエコノミストのダニエル・ランパート氏は4月、ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)外部リンクで「物価変動の影響を除いても、低・中所得者は数年前に比べ生活に使えるお金が減っている。最高所得者層は反対に、急速に上向いた。ひと月に最大3000フランは余裕がある」と語った。
雇用者側の反論
業界団体は労働組合の賃上げ要求を批判している。機械・電気・金属産業連盟「スイスメム工業会」は、「危険で非現実的」と訴えた。
スイスメムは、経済状況の改善で得た利益を独占し労働者をないがしろにしているという組合側の主張にも反論する。
スイスメム加盟の1250社の輸出総額は今年1~3月期に前年比8.5%落ち込んだ。売上高は5.4%、新規受注は2.3%それぞれ減った。
「スイスのテクノロジー業界が長く難局に直面してきた事実を、労働組合は無視している」(スイスメム)
スイス雇用主連盟(SAV/UPS)は、労組の要求は「過剰」であり、行き過ぎた賃上げは一部企業を存続の危機に陥れると主張する。
スイスの労働者にとって状況は改善しているという反論もある。インフレ率は2022年の2.8%をピークに低下。スイス国立銀行(SNB)は今年のインフレ率を1.3%、2025年は1.1%に落ち着くと予想する。
労働組合ウニア(Unia)は昨年11月、2024年に複数の業界で2.5%を超える賃上げ、一部はインフレ率を上回る賃上げが実現したと発表外部リンクした。「賃金は再びインフレ率に追いついている」
落としどころは?
UBS銀行が昨年11月に発表したアンケート調査外部リンク(対象:389社)によると、2014~24年の名目賃金の前年比上昇率は平均1%だった。2023年には前年の物価高騰の反動で2.3%伸びたが、2024年は1.9%に伸び悩む見込みだ。
連邦工科大学チューリヒ校景気調査機関(KOF)が広範な業種の4500社を対象に実施した調査外部リンクでは、2025年の名目賃金上昇率の平均予想値は1.6%だった。
業種別にみると、小売業の最低賃金は1.1%上昇、接客業は2.7%上昇と予測されている。機械エンジニア(1.3%)の予想上昇率はIT分野(1.8%)を下回る。
ただ調査対象企業は、2025年のインフレ率をSNBより高い1.6%と見積もっている。これが実現すれば、実質賃金の伸びは0%になる。
Reto Gysi von Wartburg/ts、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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