ユダヤ教信者刺した15歳のチュニジア人少年 国外追放すべき?
反ユダヤ主義への不安が広まるチューリヒ中心部の路上で先週、正統派ユダヤ教信者の男性(50)が15歳のチュニジア出身の少年に刺され、大けがを負う事件があった。少年のスイス国籍はく奪など厳しい処罰を求める声が一部政治家から上がっている。
「ユダヤ人に対する世界規模の戦争」
事件は3日午後9時半頃、チューリヒ中心部の正統派ユダヤ教徒が多く住む地域付近の路上で発生。男性を刺したチュニジア出身の少年(2011年にスイス国籍を取得)は現場で通行人に取り押さえられ、警察に現行犯逮捕された。刺された男性は重傷を負った。
地元警察は翌4日、容疑者がイスラム国(IS)信者で、「ユダヤ人に対する世界規模の戦争」を呼びかけるビデオをインターネット上に投稿していたことも確認したと発表。また、犯行動機についてシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)を襲撃したい」「路上で不信心者を殺したい」などと供述していると述べた。
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スイスの反ユダヤ主義
少年と男性の間に面識はなく、ユダヤ人であるという理由で狙ったとみられる。チューリヒ州のマリオ・フェール治安局長は、これはテロリズムであり反ユダヤ主義的犯行とした。
警備強化と連帯の意思表示
警察はチューリヒのユダヤ人関連施設での警備を強化し、フェール氏は地元ユダヤ人コミュニティに向け「安心を取り戻すためにあらゆる対策を講じる」と約束した。スイス・ユダヤ人コミュニティ連合(SIG)の発表によると、スイスには1万8000人のユダヤ人が住む。
ヴィオラ・アムヘルト連邦大統領兼国防相は、X(旧ツイッター)でスイスのユダヤ人市民との連帯をアピール。各イスラム教団体も事件を厳しく批判した。SIGのヨナタン・クロイトナー氏は、今回の事件はユダヤ人だけでなく寛容なスイス社会全体への攻撃でもあると非難した。
反ユダヤ主義の事件はまれ
スイスで反ユダヤ主義的な暴力事件が起こるのは珍しい。独語圏日刊紙ターゲス・アンツァイガーは、今回の襲撃事件は1942年にヴォー州パイエルヌでユダヤ人がナチス信者に殺害された事件以来、国内最悪規模だと報じた。同紙が取材した数人のユダヤ人は、チューリヒで人前に出ることに不安を感じていると語った。
ただ珍しいとはいえ、反ユダヤ主義的な事件は近年増加傾向にある。特にイスラエル・パレスチナ間の戦争が起こってからは顕著だ。昨年、スイスのフランス語圏で報告された反ユダヤ主義事件は68%増加し、その半数以上が10月7日のハマスによる攻撃後に起きた。欧州の他地域と同様、戦争勃発後はスイスの各都市で多くの議論やデモが起こった。
フェール氏は以前、親パレスチナ派のイベントが過激派に「乗っ取られる」ことが増えていると発言した。新型コロナウイルスの流行時には、ユダヤ人の陰謀論だとする主張が特にインターネット上で急増した。
イスラム教徒による暴力事件もスイスで起こってはいるが、やはりまれだ。最近話題になったのは、モルジュとルガーノで起きたジハード主義者による刺殺事件で、いずれも「単発的犯行」だった。しかし、中東のISのために戦う市民の処遇について、当局は対応に追われている。連邦情報機関(NDB/SRC)は昨年12月、テロの脅威は引き続き「高まっている」との警告を出した。
政治家は行動計画と風評リスクを議論
しかし、このような警告も今回のテロ事件を防ぐことはできなかった。当局の対応が不十分だったという批判もある。反ユダヤ主義・中傷に反対する団体インターコミュニティ・コーディネーション(CICAD)は、昨年からこうした批判を続けていたが、今回も「当局、政治家、一部メディアの反応不足」を非難した。
ターゲス・アンツァイガーの記者は、チューリヒの事件は「警鐘」であり、連邦議会などはナチス式敬礼といった反ユダヤ主義のシンボルを禁止することに消極的な姿勢を改めるべきだと述べた。
とはいえ、政治家たちがまったく無関心だったわけではない。2022年、政府はシナゴーグやモスクの周辺対策など、宗教的少数派の安全を目的とする資金増強に合意した。スイス連邦政府は先月、人種差別と反ユダヤ主義に取り組む「行動計画」への支持を表明した。この行動計画は既存の反人種差別主義団体を強化するほか、ネット上の反ユダヤ主義対策も講じる。
議会は今週、「反ユダヤ主義の増加が外交政策に与える影響」を調査するよう求める請願外部リンクを内閣に送付した。11月に作られたこの請願は、中東での紛争に対し国民の認識に影響を与えるため、国外から反ユダヤ主義を意図的にあおったり、あるいはそのための資金をスイスに流入させたりしている可能性があると指摘。反ユダヤ主義的な事件が増加すれば、スイスのイメージに悪影響を及ぼしかねないと懸念する。
ただ政府は反ユダヤ主義への取り組みは内政問題であり、「現在のところ、スイスが反ユダヤ主義を理由に海外から批判の対象となっている兆候はない」としている。
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国籍をはく奪すべき?
事件を受け、15歳の容疑者の国籍はく奪の是非を巡り議論が起こっている。独語圏のスイス通信社Keystone-SDAは「原則的には可能だが、めったに起こらない」とした上で、有罪判決を受けた人物がテロに関与するなどしてスイスの利益や評判を損なった場合、そうした措置が取られる可能性があると報じた。連邦移民事務局は近年、主にISのために戦闘に参加した人のケースで、5回この措置を取っている。ただ同措置が取れる主な条件の1つは、本人が二重国籍者であることだ。
今回の事件の容疑者は確かに二重国籍の条件は満たしているとされるが、状況を複雑にしているのはその年齢だ。15歳の自称「野獣アフメド」には、最高でも1年の実刑判決が下される可能性がある。国籍はく奪の可能性について、フェール氏は可能(かつ望ましい)とする一方、移民事務局の広報担当者は独語圏日刊紙NZZに対し、裁判所が国籍はく奪をどう判断するかは不明だとした。
左派の政治家たちは強制送還には反対している。社会民主党のシビレ・マルティ氏はNZZに対し、「問題を輸出」するのではなく、犯罪を起こした理由を解明し、今後の防止策を講じることに目を向けるべきだと語った。
CICADのヨハン・グルフィンキール理事も同様で、反ユダヤ主義などの社会問題に取り組む特別な学校教育プログラムを強化すべきだと話す。犯罪の専門家であるディルク・バイヤー氏は、容疑者の年齢に「衝撃を受けた」とする。またイスラム教徒の学生が学校で反ユダヤ主義的な思想を発展させ、それを他者と共有しているという報告が相次ぐが、それには詳細なデータが必要だとターゲス・アンツァイガーに語った。
編集:Marc Leutenegger/ts、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子
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