高級リゾート・ダボスで深まるユダヤ教観光客との対立
スイス東部の山岳リゾート・ダボスの地元住民と正統派ユダヤ教観光客との間でここ数年、火花が飛び交っている。背後には何があるのか?
ダボス・ピシャ山の山頂駅にあるホテル兼レストランが、ユダヤ教徒の観光客にそりやスキー板を今後貸し出ししないとヘブライ語で記した看板を掲示したことが、無料紙20min.を皮切りに、国際メディアで報じられた。
レストランのオーナー、ルエディ・フィフナー氏は大衆紙ブリックで、言葉遣いについて詫びたうえで、この決定は信仰や個人的な傾向とは何の関係もなく、安全上の懸念や、宿泊客がスニーカー姿で用具をレンタルし、その後ゲレンデにそりを放棄することを煩わしく思ってのことだったと弁明した。
「ゲストがいつの日か重大な事故を起こし、その責任を私たちに負わせるリスクをこれ以上背負いたくない」
看板は撤去され、ドイツ語の看板に置き換わった。ユダヤ人客を名指しするのではなく、スポーツ用品をレンタルするには適切な防寒着と靴が必要であることを明記している。
だが話はここで終わらなかった。スイス在住ユダヤ人会連盟(SIG)は看板を差別的だと非難し、法的措置を検討していると明らかにした。グラウビュンデン州の警察も捜査を開始した。
ピシャの1件は目新しいものではない。ダボスの地元住民と正統派ユダヤ教観光客は、数年前から緊張関係にあった。ダボス・クロスターズ観光局のレト・ブランシ最高経営責任者(CEO)は昨年、「ダボスは沸点に達しつつある」とまで述べていた。
なぜダボス?
ダボスは何十年も前から正統派ユダヤ教徒に人気の旅行先だ。夏のピークには推定約3~4千人の正統派ユダヤ教徒が人口1万1000人のダボスで休暇を過ごす。ちなみに人口900万人のうち約1万8000人がユダヤ教徒だ。
歴史家外部リンクによると、ユダヤ教徒が多く来るようになったのはダボスが肺疾患患者の治療拠点として知られるようになった1870年ごろ。世紀の変わり目には正教会が運営するゲストハウスが登場し、1919 年にはユダヤ教徒療養所「エタニア」が設立された。エタニアは2000年に閉所したが、最近ユダヤ教徒向けケータリングに特化したホステルに生まれ変わった。
スイスのユダヤ教徒コミュニティは過去20年、元病院にシナゴーグを建てるなどダボスのインフラ建設に貢献してきた。
現地ホテルのなかには夏の間、ユダヤ教一家が経営し、ユダヤ教の戒律「コーシャ」に対応したキッチンや礼拝室、その他設備を提供するものもある。村のスーパーマーケットではコーシャ食品が販売される。イスラエルやアントワープ、ニューヨークの有名なラビ(ユダヤ教指導者)も訪れることが知られ、国外からも多くのユダヤ教徒が集まる。
サンモリッツやクランモンタナなど他のスイスの山岳リゾート地もユダヤ教徒に人気だ。スイス在住ユダヤ人会連盟のジョナサン・クロイトナー書記長は、swissinfo.chに対しメールで「(ユダヤ教徒向けの)設備を提供する店にはユダヤ教徒の顧客が多い」と答えた。
ダボス・クロスターズ観光局の広報担当サミュエル・ローズナスト氏は、観光局自体はユダヤ教徒向けに特別なサービスを提供していないと話す。 「すべてのゲストに同じサービスを提供している。出身や宗教、文化によって区別しない」。観光サービスは民間企業が運営している。
それでもユダヤ教観光客が増えているのは、近年コーシャを提供する店が増え、魅力的な余暇活動を提供しているためだとクロイトナー氏は指摘する。英国やベルギー、米国、イスラエルからのなど、外国人宿泊客の数は着実に増加している。
なぜ沸点に?
ダボスで休暇を楽しむ正統派ユダヤ教徒が増えるにつれ、地元住民との緊張が高まってきた。ユダヤ教徒がレストランの宿泊者専用エリアでポイ捨てや持ち込み飲食をしていることに対し、地元住民が苦情を述べるという報道は多い。
エスカレートする事例もある。2017年には、ダボスから電車で3時間のアローザにあるホテルが、ユダヤ教徒宿泊客に向け泳ぐ前にシャワーを浴びるよう求める看板を掲げたことが騒動を引き起こし、イスラエル外務省が公式告訴する事態にまで発展した。
2019年には2千人の正統派ユダヤ教徒が律法の奉献式の一環で、ダボスで街頭行列を成したことに地元住民が苦情を申し立てた。
クロイトナー氏は、反ユダヤ主義的事件はいくつか起きているものの、「『問題』のほとんどは、他文化についての誤解や知識不足が原因だ」と語った。
チューリヒ市議会議員で正統派ユダヤ教徒のイェフダ・シュピルマン氏は昨年、ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーに対し、問題は個々の観光客の振る舞いがユダヤ教徒全体に一般化されていることだと語った。正統派ユダヤ教徒は目立つ服装をしているため、差別につながりやすいという。
クロイトナー氏は、ダボス全体で反ユダヤ感情が広がっているとは見ていない。「ホテルや店舗、賃貸アパートの大家の中には、ユダヤ教徒を温かく歓迎しているところもある。一方、明らかにユダヤ教徒に対して全く異なる態度を取る人もいる」
だが緊張関係によりユダヤ教観光客の出足が鈍ることはない。クロイトナー氏は「ダボスへのユダヤ教観光客はここ何年も増加している。観光客の大多数はそのような問題があることに気づいてもいない」
緊張の緩和
だがそれは、緊張を緩和する必要がないというわけではない。
スイス在住ユダヤ人会連盟は数年前、地元住民との対話を目指す「リクラット外部リンク(ヘブライ語で対話の意)」を立ち上げた。地元ホテル・企業やユダヤ教徒向けのセミナーやワークショップを開催したり、パンフレットを作成したりしている。若いユダヤ教徒が山岳リゾートを訪れ、地元の人々と正教会の観光客との間の仲介をする取り組みもある。
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だがダボス・クロスターズ観光局は昨年8月、リクラットへの関与を突然終了した。報道外部リンクによると、対話がうまくいかず、緊張緩和につながらなかったことが背景にある。
クロイトナー氏は「ここでは明らかに多くの間違いが起こっている。再考が必要だ」と語った。
編集:Reto Gysi von Wartburg/avma、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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