スイスのインスタ映えスポット、観光入場料の導入検討
人気観光地でのオーバーツーリズム(観光公害)が世界的な問題になっている。イタリア・ベネチアは日帰り観光客への入場料徴収を試験的に始めたが、「インスタ映え」する名所が多いベルン州ラウターブルンネン村も同様の措置を検討している。
ベルナーオーバーラント地方ラウターブルンネンには絵はがきのような風景が広がる。緑豊かな渓谷に位置するこの村にはそびえ立つ崖や雪に覆われた雄大な峰々、落差300メートルを誇るシュタウプバッハ滝、スイスアルプスなど写真映えするスポットがあり、ソーシャルメディアを中心に人気が広がった。
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その一方で、人口2400人の小さなこの村は、交通渋滞や駐車場・公共交通機関の混雑、ごみのポイ捨て、家賃の高騰に悩まされている。村のマルクス・チャンツ司祭は昨年、ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)のラジオ番組で「遊園地の従業員にでもなった気分だ」と語った。
このため、地元当局はオーバーツーリズムを抑制するための作業部会を立ち上げた。独語圏の日刊紙ターゲスアンツァイガー外部リンクが15日報じたところによると、村に車で入る日帰り観光客から1日5フラン~10フラン(約850~1700円)の入場料を徴収する案が挙がっている。
イタリア北部の都市ベネチアは4月末に同様の措置を試験的に始めた。ピークシーズン中の観光客の過度な集中を抑制するため、旧市街を訪れる観光客から入場料5ユーロを徴収する制度だ。世界初の試みで、7月中旬まで週末を中心に計29日間行われる。
ラウターブルンネン村では、料金はスマートフォン専用アプリを通じて徴収する予定だ。カール・ネプフリン村長は「ホテルやツアーの予約客、公共交通機関で来た客は対象外」という。
村内で無作為のチェックを行い、入場料を払っているかどうか確認する。しかしまだ検討段階で、今夏に導入される可能性は低いとターゲスアンツァイガーは報じている。
「導入は難しい」
「ベネチアの措置に効果があるか、どう機能するのか、多くの観光地が注視している」。ルツェルン応用科学芸術大学(HSLU)の観光学者、ファビアン・ウェーバー氏はswissinfo.chの取材に対しそう語る。
このような措置が検討されるのは「理解できる」とした一方、「村や渓谷のような公共空間で、このような入場料徴収制度を導入するのは非常に難しい。過去にあまり経験がなく、うまくいくかどうかもわからない」と話す。
新型コロナウイルス感染症の流行が収束して以来、スイスで休暇を過ごす人が増えている。昨年は全国で過去最高となる4180万人が宿泊した。
特に2023年の夏は、米国、中国、韓国、インド、英国からの外国人観光客が目立った。宿泊数はほとんどの観光地で増加したが、世界的に名高い山々や湖を擁するベルナーオーバーラント地方は増加率が最も高かった(43万4000人/13.2%)。
「私の推測では、おそらく観光客数に大きな影響は与えない。ただ少なくとも、観光客の流れやキャパシティ管理を改善するための対策や、損害賠償用の資金には寄与するだろう。これまでの観光料金のほとんどは観光客数を実際に抑制するものではなかった」
苦戦するスイスの観光スポット
増えすぎる観光客数を抑えようとしているのは、ラウターブルンネンだけではない。ベルナーオーバーラント地方にある湖畔の小さな村イゼルトヴァルトには、コロナ禍が落ち着いた2022年頃から韓国ドラマ「愛の不時着」のファンが押し寄せ、村の暮らしに影響を及ぼした。
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静寂のオアシスに押し寄せる「愛の不時着」ファン
そのため同自治体はロケ地である桟橋の入り口にゲートを設置し入場料(5フラン)を徴収したり、観光バスの乗り入れを規制をしたりするなどの抑制策を講じた。
2018年に科学誌ナショナルジオグラフィックの表紙を飾り世界的に有名になったアルプシュタインのゲストハウス「エッシャー・ヴィルトキルヒリ(Äscher-Wildkirchli)」やハイキングコースなど、絶景スポットが豊富なアッペンツェル・インナーローデン準州も同様の問題に取り組んでいる。
スイス南部ティチーノ州では、2017年に「ミラノのモルディブ」というヴェルザスカ渓谷の美しい景観やターゴイスブルーの水を映した動画がネットで広まったのをきっかけに、訪問者数が爆発的に増加した。
ヴェルザスカの首長イヴォ・ボルドリ氏はswissinfo.chに対し、「ヴェルザスカの人気は依然として高い。特に週末にはイタリア・ロンバルディア州から日帰り観光客が来る」と語る。動画がソーシャルメディアで広がった後、訪問客の数を抑えるため地元当局は駐車場を有料に切り替えた。現在は交通量に制限を設ける措置の導入を検討している。
スイス中部の都市ルツェルンは近年、多数の団体バスツアー客、特に中国からのツアー客の対処に苦慮する。外国人観光客の数はコロナ禍時に一時激減したものの個人客は戻り始めており、大型バスの団体客も急速に回復すると予想されている。
ルツェルン応用科学芸術大学・観光学研究所のユルク・シュテットラー所長は、「ルツェルンは大型バスツアー客の管理に苦労している。再び管理しきれない状況になるだろう」と話す。「団体旅行者の数は確実に増える。問題はそのスピードだ」
世界的な観光客の増加
今年、世界の観光業はコロナ禍から完全回復すると見られている。国連世界観光機関(UNWTO)は、2024年は世界中でインバウンドが過去最高を記録すると予想する。オーバーツーリズムがもたらす悪影響が今後も議論の的となるのは必須だ。世界的なオーバーツーリズムは複数の要因が複雑に絡み合う。インドや中国における中産階級の急速な成長、安い航空運賃、Airbnbなどオンライン予約プラットフォームの拡大などがその一例だ。
またソーシャルメディアの普及により、世界の素晴らしい芸術作品や建築物、自然の前で自撮りをすることに夢中になる世代が生まれた。
とはいえ地球温暖化によって、氷河の後退などスイスアルプスの景観は今後間違いなく変化していく。それでも涼と写真映えを求める観光客が増え続けていくのだろうか。
シュテットラー所長は「その可能性はある」と言う。「気候変動の影響で春、夏、秋の観光客は増えるだろう。しかし、冬は積雪状況により減少する」とみる。
ユングフラウやティトリス、ツェルマット、ルツェルンなど、すでに夏季のオーバーツーリズム問題に直面している一部の人気スポットは、プレッシャーにさらされることになるだろうとも話した。
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英語からの翻訳:大野瑠衣子、編集・校閲:宇田薫
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