人工知能(AI)は医療現場の救世主になるかもしれない。AIの導入で診断の精度が上がり、管理業務は削減され、医師が患者と向き合う時間が増えるとされる。製薬大国のスイスはAI医療の中心地となる条件がそろっているが、複雑な問題も抱えている。
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今はもう、機械が数万点の医療文献に散らばる臨床データ結果を読み込み、統合できる時代だ。ボットはソーシャルメディアをスキャンし、オンラインチャットの中から自殺願望を示すメッセージを探し出せる。アルゴリズムは感染経路の特定や珍しい病気の早期診断を可能にし、音声認識ソフトウェアで医師と患者の会話はリアルタイムで記録できる。皮膚の症状を遠隔診断できるスマホのアプリもある。
スイスの製薬・ライフサイエンス業界は、大企業による強固なエコシステムがあり、一流大学から誕生した野心的なスタートアップ企業も多い。このようにイノベーターと資金が集中しているスイスには、当然ながら注目が集まる。
ロシュ外部リンクやノバルティス外部リンクといった巨大な製薬企業が本社を置くバーゼルで、「インテリジェント・ヘルス・AI外部リンク」主催のサミットが2年連続で開催されたのは偶然ではない。スイスでは全国的にAIや医療分野でスタートアップの拠点が急増し、インキュベータープログラム(起業を目指す人を支援する取り組み)も急速に普及している。
しかし、こうした分野が発展していく上でスイスには解決すべき課題があると専門家は指摘する。例えば市場が小さく細分化していることや、ビジネス文化に関連した課題がある。
「スイスでは小さめのステップが踏まれる」
「ここはシリコンバレーではない」と苦笑するのは、医療関連企業向けにAIソリューションを開発するスタートアップ企業「Unit8外部リンク」の創設者でCEO(最高経営責任者)のマルティン・ピエトルチク氏だ。「米国の人たちは最初からかなり大きな視野を持ってグローバルに考えるが、ここではもっと控えめ。スイスでは小さめのステップが踏まれる」
例外的なのが、現在10億ドル(約1088億円)超の企業価値を誇るマインドメイズ外部リンクだ。連邦工科大学ローザンヌ校外部リンク発のスタートアップ企業だったが、インドから多額の投資を受け、スイス初の「ユニコーン(評価額10億ドル以上で未上場のスタートアップ企業)」へと成長した。しかしこうした道筋をたどる企業は標準というよりも、むしろ例外だ。
通信会社スイスコムが発表する「AIスタートアップ・マップ外部リンク」には、医療・ライフサイエンス分野の若い企業で、スイスを拠点とし、AIとスケーラブルなビジネスモデルに重点を置く企業は20社しか掲載されていない。だが、ウェブサイト「startup.ch」には機械学習・AI分野で211社、デジタルヘルス分野で75社がリストアップされている。ちなみに、米国と中国がマーケットシェアの大半を占めるAI分野で飛ぶ鳥を落とす勢いのイスラエルでは、医療系スタートアップは146社だ。
一方、スイスの様々な業種のスタートアップ4千社に関するデータベースを分析したウェブサイト「startupticker.ch外部リンク」によれば、スイスはビッグデータおよびAI分野におけるスタートアップの割合が西欧諸国に比べて少ない。また、スタートアップ全体のうちライフサイエンス、バイオテクノロジー、医療技術分野の企業は14%だった。
それでも母国スイスには大きなメリットがあると考えたのがシュテファン・ズーター氏だ。家族とともにシンガポールから帰国し、「Curo-Health外部リンク」社を立ち上げた。「(スイスは)税負担がそれほど高くない。労働者の教育レベルは高く(国の)評判も良い。スイスの名刺はどこに行っても価値が高く、特に新興市場でもてはやされる。スイスにデメリットはあまりない。
世界的な魅力を増すスイス
若いカナダ人のファラズ・オルミ氏は、人間の失明リスクを予測するソフトウェア開発のスタートアップ「Aurteen外部リンク」設立者であり、社長だ。バーゼルの「デイワン・スタートアップ・アクセラレータープログラム外部リンク」参加企業に選ばれたため、1月に会社をスイスに移転した。このプログラムには同社のほかに2社が選出されている。
オルミ氏によると、約2500点の画像をテストした結果、同社開発のアルゴリズムはある1人の医師に比べ、診断の正確度が平均5%高かった(アルゴリズム97%、医師92%)。
「Aurteenはカナダの時に比べ、圧倒的なスピードで成長している」と同氏。スイスでの法人化は難しくなかったと付け加える。
「多方面で様々な支援がある。技術的なサポート、メンタリング、事業開発、臨床試験、規制関連事項のほか、初期段階で資金集めをしてくれる投資家さえいる」(オルム氏)。だが研究目的でデータにアクセスできるよう、カナダに足場を残すことはまだ意義があるという。
イグル・B・トーマス氏はこれまでの経験を生かそうとカリフォルニアからスイスに拠点を移した。現在は、スイスにあるイノベーションハブの一つ「デイワン」でコーチを務める。「シリコンバレーにいれば会社が急成長を遂げ、後の資金集めもスムーズに行く可能性は高い。だが初期段階ではスイスの方がインキュベーション(起業支援)やサポートが多いと思う。ここではコミュニティに根差した考え方も強い」(トーマス氏)
デイワンの応募総数を見れば、スイスに世界的な魅力があることがよく分かる。昨年の応募総数59件中、スイスからの応募は33件だったが、今年は125件中19件だった。「この数は世界に向けたアウトリーチ活動の成果を強く反映している」と、デイワンのイノベーション・ヘルスケア部門を率いるファビエン・シュトライフ氏は述べる。
事業スピードを弱める「データ」と「資金」
しかし、スイスにはデジタルヘルスに関して二つの課題があるとシュトライフ氏は考える。一つは大規模なデータセットへのアクセス(国の規模でデータ量が比例するため、大国の方が有利)、もう一つは市場参入だ。
全般的にバイオテック産業は市場参入への道筋が明確だが、デジタルヘルス分野ではそれが見えにくいとシュトライフ氏は指摘する。
「市場参入の方法が色々あり、それがスタートアップには課題」と同氏は言う。方法の一つとしては、例えばスタートアップが開発した画像診断や創薬で利用できるAIソリューションを、企業向けに販売することが考えられる。
技術系企業家のクリストファー・ルドルフ氏は、スイスでヴォルヴ・グローバル外部リンク社を設立した。きっかけは「医療健康保険イノベーションイベントで駐英スイス大使と交わした会話だった」と話す。
ローザンヌのビオポール・サイエンスパーク外部リンクに本社を置く同社は、初のプロジェクトで、ある製薬会社の支援に携わった。その内容は、100万人に1人の割合で発症する珍しい病気の患者で、この製薬会社が手掛ける専門医療で治療可能な人が他にもいないかを探すというものだった。
スイスでの起業は比較的スムーズにいくが、起業後の初期段階でキャッシュフローを確保することはなかなか難しいとルドルフ氏は考える。「今後の事業計画を携えて銀行へ行っても、『申し訳ないですが融資は出来かねます。御社は設立されてからまだ2年未満なので』と言われる。英国では対応が全く異なるのだが」と同氏は語る。
スイスが抱える他の課題には、細分化された医療制度がある。国内で業務展開する医療保険会社は60社もあるため、この業界には幅広い改革へのモチベーションが欠けているとルドルフ氏は指摘する。
簡単にはいかない製薬大手とのやり取り
しかし、スイスに製薬会社が密集していることはチャンスでもある。
「製薬会社は弊社の重要な顧客基盤だ。スイスないしはバーゼルより条件が勝るビジネス環境はそれほど多くない」と、Curo-Health設立者のズーター氏は言う。
同氏は、ノバルティスと仕事をしたことで信頼度が上がり、製薬企業と取引しやすくなったと語る。一方、別のスタートアップ起業家は公式なコメントは控えたが、スイスでは製薬大手に振り向いてもらえないことも多々あると明かす。また他の起業家からは、製薬大手と取引を始めれば自分たちのアイデアが真似されるかもしれないと危惧する声が聞かれる。
実際、ノバルティスのデータサイエンス・AI部門グローバルリーダー、シャーラム・エバドラヒ外部リンク氏は、ノバルティスのような企業は中小企業にとっては「ゾウのよう」に巨大に見えるかもしれないと認める。
「企業のどの部門に働きかけたらいいかを知っているスタートアップはなかなかないだろう」と技術畑出身の同氏は語る。ノバルティスは昨年、スタートアップと巨大企業の協働を促進するネットワーク「Biome外部リンク」を立ち上げた。ノバルティスのビジネスチームと小さなスタートアップ企業ら戦略的パートナーがこのプラットフォームを活用してスケーラブルなデジタルプログラムを共同開発するなど、両者の橋渡しをするのが目的だ。
ライバル社のロシュはミュンヘンで、デジタルヘルス分野のスタートアップ外部リンクを支援するアクセラレータープログラムを立ち上げたほか、スイスでも「BaseLaunch外部リンク」という同様のプログラムを支援している。
「(起業したばかりの)人はいるが、十分なスピード感で事業を拡大できる人はあまりいない」と、欧州で1800社を超えるスタートアップ企業の支援に取り組むNVIDIA外部リンクスイス支社のマーク・シュタンプフリ営業部長は話す。同社がこれまでスイスで支援してきたスタートアップ企業数については、同氏はコメントを差し控えた。
「興味深いのは、ディープラーニング(深層学習)が大企業にしかできないわけではない点だ」とシュタンプフリ氏は言う。
「他にはない独自のニッチ性があれば、小さな会社でも世界を相手に売り込んで、その分野の主役になれる」(同氏)
(英語からの翻訳・鹿島田芙美)
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