国際養子縁組の子どもは幸せか
20年前の11月20日、ほぼすべての国連加盟国が「子どもに関することだから異議なし」と、総会のその場でただちに批准したのが「児童の権利に関する条約 ( 子どもの権利条約 )」だった。
この条約を踏まえ、加盟国は子どもの権利の向上に努めてきた。例えば途上国では、児童労働や性的搾取、子ども兵士などの分野で著しい進展があった。一方先進国スイスでは、隠れた貧困家庭の増加問題などに加え、国際養子縁組問題をいまだに抱えている。
毎年400人の養子
「結婚を決心したのは、彼と一緒に家族を作るためだった。しかし、人工授精などあらゆる手を尽くしたが子どもはできなかった。そこで、外国から養子をもらうことを考えた」
とネパールから2人の子どもを引き取って育てるジュネーブのアリアンヌ・プシエールさん ( 46歳 ) は話す。
スイスには、国際養子縁組で毎年約400人の子どもが外国からやって来る。子どものできないプシエールさんのような場合は、スイス国内に毎年約30人しか孤児がいないため、養子を外国に求める理由は明らかだが、自分の子どもがすでにいるのに養子をもらう人も多い。その背景を
「自分の子どもに注いでいる愛情を外国の恵まれない子供にも注ぎたいという社会奉仕や援助の精神が根底にある」
と国際養子縁組を支援する「国際社会問題サービス ( SSI ) 」の局長ロルフ・ウイッドメール氏は説明する。
また、戦争や貧困で親を失った途上国の子どもを救おうと、1960年国際養子縁組制度をスイスに導入したローザンヌの組織「人間の地球 ( Terre des Hommes ) 」の活動も今日ある養子縁組の姿に影響を与えているという。
しかし、その後1970年代にスイスも含む西欧諸国で、その国の許可なく子どもを斡旋する悪質な業者の急増と養父母のエゴイズムが優先したことへの反省から、子どもの権利条約は、「出生国内での養育が不可能な場合にのみ、その国の認可を受け国際養子縁組を決める」と記した。さらに、養子縁組を具体化した「国際養子縁組に関する子の保護及び国際協力に関する条約 ( 通称ハーグ条約 ) 」が1993年に成立した。
理想は子どもを出生国内で養育
プシエールさんが養子をもらう国をネパールにしたのは、アジア文化に親近感を持っていたこともあったが、上記のハーグ条約に批准したネパールが、養父母の結婚歴を最低5年間以上に限定し、その条件に合致したこともあった。
その後、初めの長男を受け取る時はネパールの孤児院に2カ月間滞在し、乳児の世話を手伝いながら、この国の文化や孤児の置かれている環境を理解しようと努めたという。
こうした養子をもらう国の選択に関しSSIのウイッドメール氏は、「子どもを引き取るのはその国の文化を引き受けること」なので、養父母のその国への愛着や理解度が基本になると話す。しかし理想は、子どもの権利条約にあるように子どもは出生国で育つことが一番で、それができない場合でも、
「子どもの養育で自国に限界があると認識した国が、スイスの国状も理解した上で、スイスに対し養子縁組を申し出るのが理想だ」
と考える。
そうすることで、この相手国と協力関係を結び、その後開発援助の手を差し伸べ、あくまで子どもを自国で養育する能力を高めてあげることが重要だと考える。
「自国で育つことがやはり一番大切だ。スイス人として育っても親と肌の色が違うと差別を受け、もし自国で育っていたらと問い続ける苦しみは永久に残ると思う」
からだ。
アイデンティティー問題
しかし、毎年400人の子どもが外国から引き取られている現状の中では、少なくとも子どもの人権尊重への努力は続けられなくてはならず、子どもの出生を明かすなどのアイデンティティー問題は、その核になってくる。子どもの権利条約もまさにこの点に触れ、第8条で「国籍、姓名、家族などを含む、子どものアイデンティティーは保障されるべきだ」と謳 ( うた ) っている。
だがスイスでは、つい15年前までむしろ、子どもと親の肌の色が同じであれば隠す傾向にあった。これに対しSSIは「嘘の上に成り立つ信頼関係はあり得ない」との考えと人権尊重の観点から養父母に告白を勧めてきた。その努力のかいがあってか、若い世代のプシエールさん夫妻は
「子どもは5歳と9歳なのでどの程度分かっているか疑問だが、おまえたちは養子で、生まれたのはネパールだとはっきりと伝えてある。名まえもネパールの名をつけた。それが自然なことだ」
と話す。
もし出生などを隠されて育った場合、SSI は青年期に達した養子が自分の出生地や生みの親などを探す手伝いも行っている。
「アイデンティティーを探すことは子どもの基本的人権。しかしその探索が、青少年期特有の養父母に対する反抗から来てはいないことを確認する必要がある」
とウイッドメール氏は付け加える。
子どもの意見を尊重
SSIはまた、現在日本でも問題になっている国際結婚破綻 ( はたん ) 後、しばしば母親が子どもを連れて自国に戻り、父親が全く面会できない場合などの国際的捜索や調停も手伝っている。実際スイス人男性が日本に何回か行ったが、子どもに面会できなかった例を挙げながら、
「アイデンティティー探索も、離婚後の面会も、子どもの立場と幸福をまず第1に優先する必要がある。ここに子ども権利条約の革新的発想である第12条、『子どもの意見を聞く』ということが重要になってくる。ただ言葉で意思を伝えることができるのは10歳からだ。しかしそれ以下の子どもでも、遊びや絵描きなど、異なる手段を通して子どもが本当に望むことを知るように努めることは大切だ」
とウイッドメール氏は結ぶ。
そして、ストリートチルドレンにしろ、孤児院で過ごす子どもにしろ、養子になった子どもにしろ、成人後の人生をうまく生き抜くには、「たった1人でいいから信頼できる大人に出会い、支えてもらうことだ」と言う。それは、第2次大戦中孤児になった多くのユダヤ人の子どもについての調査研究でも明らかになったことだと話す。
里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 、swissinfo.ch
毎年400組の国際養子縁組がある。数は減少する傾向だが、毎年養子を望むスイスの夫婦の数の方が子どもの数を大きく上回っている。
数の上で州の差はなく、スイス全国に平均的に散らばっている。しかし都市に集中する傾向はある。スイス国内で出生したスイス人の子どもとの養子縁組も平均年30組ある。
現在、養子縁組が成立する相手国の多くがハーグ条約を批准し、結婚後5年間たっていること、夫婦の宗教性といった諸規定を設け、またその国の認可も必要であるため、プロセスが複雑で長く、途中であきらめるカップルも増えている。
養子縁組が成立する相手国は、エチオピア、インド、アフリカ諸国、東欧など。
15年前までは、養子だという事実は隠される傾向にあったが、現在は子どもの権利尊重の観点から告白する傾向にある。
国際社会問題サービス ( SSI ) はまた、「アイデンティティーを探すことは子どもの基本的人権」であるとの考えから、青年期に達した養子が出身国で自分の出生地や生みの親を探す支援もしている。
世界140カ国以上の国にネットワークを持ち、子どもや家族の国境を越えた社会的かつ法的問題に解決の支援を行う非政府組織 ( NGO ) 。
特に国際的養子縁組や、親のいない、または不遇な環境にある世界の青少年の保護を支援する。
国際的養子縁組に関しては、直接縁組を斡旋する仲介者ではなく、あくまで養父母の心の準備や問題の説明、養子縁組で法的問題が起きた場合の支援などを行う。
国際結婚破綻 ( はたん ) 後の面会問題など、国境を越えた社会問題も扱う。
1932年創設。チューリヒとジュネーブに事務所を構える。
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