F1 ザウバーの心臓を担った日本人
カーレースのF1で13年間健闘したスイスのチーム、ザウバー・ペトロナス。その心臓ともいえるエンジンの最高責任者は、日本人のエンジニア、後藤治(ごとうおさむ)氏(56歳)だった。
1997年、ザウバー独自のエンジンを開発するためスカウトされ、スイスに移住した後藤氏。日本の大手自動車メーカーのF1のプロジェクトリーダーとしての経験や、マックラーレンとフェラーリでのエンジン開発者として活躍した経験が、ザウバーの成績を引き上げた。
本年6月、ザウバーのBMWへの身売りが決まった。しかし、後藤氏は今後もスイスに残り、エンジン開発やリサーチの会社を創立する。ザウバーを離れるにあたり、F1とザウバーについて語ってもらった。
swissinfo : 日本では、普通のエンジン開発にも携わっていらっしゃったとのことですが、F1のエンジンの開発の魅力はどこにありますか。
後藤 : レースのプロジェクトは結果が早く出るので、そこが魅力の一つだと思います。
市販車は開発から販売されるまでにおよそ4年の月日がかかる上、ユーザーの満足度は、ある程度その車に乗ってもらわないと分かりません。よって、結果が出るまで10年はかかると見られています。一方、レースのエンジンは、毎年新しく作られます。しかも、シーズンが始まると2週間に1度あるレースで毎回結果が出ます。成果がすぐ返ってくるのは、おもしろいですね。
また、F1のエンジンの開発の魅力は、商売抜きだということです。普通車などのエンジンの開発では、予算や大量生産に乗るかどうかといった技術面以外の制限があります。F1のエンジンを開発する場合は、予算も十分にあるので、材料の選択や設計が自由にできます。レースで速く走るための性能の追及に集中できるのが魅力です。
swissinfo : ザウバー・チームは大手自動車メーカーのチームを相手に健闘しました。レースに勝つためには、エンジンとドライバーの関係が重要だと考えられがちですが、どうでしょう。
後藤 : ドライバーから一つの部分だけ良くしてくれるように頼まれることはありますが、優秀なドライバーほど、車に求める要求はさほどありません。機械は一つの性能を上げようとすると、違う部分の性能が下ってしまうので、常に妥協が必要となるからです。
まず、ドライバーが良くなければ、レースには勝てません。良いドライバーには、運動神経、反射神経、判断力などのほか、思考力が備わっていなければなりません。道具である車を駆使できることも重要です。最近は、その道具が非常に複雑になっているので、使いこなせることがより要求されています。
swissinfo : 後藤さんはホンダ、マックラーレン、フェラーリとF1でも資金が潤沢にある会社で仕事をしてこられました。ザウバーの予算は最高時の昨年でも1億4000万フラン(約12億6000万円)と少なく、他社のエンジンをアップデートして使うなど、資金面で大きな制限があったチームでした。
後藤 : F1のエンジンの開発をするという計画があったので、スイスに来たのですが、計画は頓挫してしまいました。結局、フェラーリのエンジンをわたしがアップデートして使いました。
ザウバー・チームは自動車メーカーのチームとは違い、プライベート・チームです。レースでは、もちろん優勝したいのですが、それが最終目的ではありません。メーカーのブランドを背負っている自動車会社のチームとは違います。ザウバーはプライベートチームとして常にトップであり続けましたから、小さいなりの目標はクリアしてきたわけです。たまには大きなチームを負かすことができたという喜びも得られたと思います。
swissinfo : ペーター・ザウバー氏の経営者としての資質をどうご覧になりますか。
後藤 : 几帳面で清潔好きという彼の性格が、職場にも反映されていますね。彼は、堅実な経営人だと思います。F1に参入して来た多くの企業が不況により、次々と退場を余儀なくされていった中、13年間ザウバー・チームが続いたのはサウバー氏が、冒険をせず、確実な道を歩むことを選んだことが理由でしょう。
swissinfo : BMWに買収されたためザウバーを退職されますが、日本には帰らず、新しい会社をフランス語圏のスイスに設立されるそうですね。スイスの生活はいかがですか。
後藤 : スイスでの生活は気に入っています。私の住んでいる近くにあるチューリヒはスイス最大の都市ですが、こじんまりしていることが良いと思います。これまで、ロンドンやイタリアのモデナにも住みましたが、チューリヒは一番便利な街だと思います。静かで安全で美しい。その上、欧州の中心に位置し国際空港もあり、ビジネス面でも便利です。
swissinfo : エンジン開発のみならず、ドライバーとしてレースに参加され、鈴鹿では日本を代表するレーサーの中嶋悟さんが出場したレースにも出られた後藤さんに、モータースポーツの魅力を伺いたいと思います。
後藤 : テレビではゲームの展開が観られるのでレースの「勝負」が楽しめるだけです。現場では、近くで走っている車のスピード感やスケールの大きさを、空気の振動を通して肌で感じられます。レースでは900馬力のエンジンを載せた車が20台ほど、一斉に走るのを体感できるという醍醐味があります。是非、現場でレースを観てほしいものです。
swissinfo、 聞き手 佐藤夕美(さとうゆうみ)
ペーター・ザウバー展 (Moments in Time)
2005年11月22日まで。
チューリヒ市パラーデプラッツ(Paradeplatz)にて。
ザウバー・チームのチーフ、ペーター・ザウバーの36年間の足跡展。
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