イスラエルのUNRWA活動禁止法、その影響は?
イスラエル国会が10月に可決した国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の国内での活動を禁止する法案に対し、国際社会から懸念の声が相次いでいる。国際法違反の可能性を指摘する専門家もいる。
イスラエル国会は10月28日、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の国内での活動とイスラエル当局がUNRWAと接触することを禁止する2法案を賛成92、反対10の圧倒的多数で可決した。新法は2025年1月に施行される見通しだ。施行されれば、UNRWAは事実上、パレスチナ自治区ガザ、ヨルダン川西岸、東エルサレムで活動できなくなる。
国連、人道支援団体、スイスをはじめ国際社会から、UNRWAは戦闘で荒廃するガザなどのパレスチナ難民への支援に不可欠な存在だとして、非難が続出した。
なぜUNRWAの活動を禁止?
歴史的にUNRWAに反対してきたイスラエルの考えはこうだ。UNRWAは1949年の創設以来、1948年の第1次中東戦争で避難したパレスチナ人とその子孫を支援し続けてきた。世代が変わっても難民の地位を認定し、イスラエルとパレスチナの紛争を永続化させている。
イスラエル政府は今年初め、2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの越境攻撃に複数のUNRWA職員が関与したと告発した。
国連は内部調査外部リンクの結果、職員9人を攻撃に関与した可能性があるとして解雇した。一方、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が外部に委託した別の調査では、UNRWAの中立性に重大な問題は認められなかった。
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UNRWAの活動や人道支援への影響は?
グテーレス事務総長はX(旧ツイッター)外部リンクに、「新法が適用されれば、UNRWAはおそらくパレスチナ被占領地で主要な活動を続けられなくなるだろう」と投稿した。UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長もX外部リンクで「これらの法律は、1年以上にわたり地獄のような苦しみを強いられているガザの人々など、パレスチナ人の苦しみを増大させるだけだ」と述べた。
UNRWAのイスラエル国内での活動が禁止されれば、イスラエルが1967年に一方的に併合した東エルサレムにあるUNRWA本部やシュアファトの難民キャンプでの活動が直接脅かされる。
また、イスラエル当局のUNRWAとの接触が禁止されれば、ヨルダン川西岸とガザでの活動が危険にさらされる。UNRWAがこれらの地域に支援物資を運搬し配給するためには、特に安全上、イスラエル軍・当局との協力が欠かせないからだ。さらに新法によると、イスラエルは今後、UNRWA職員に必要な労働許可証やビザを発行しない。
UNRWAのジョナサン・ファウラー報道官はフランス語圏のスイス公共放送(RTS)のインタビューで、具体的な影響の予測は難しいとしても、今後を「懸念」していると述べた。
そのうえで、「この法律が施行されれば、UNRWAが国際人道支援の中核を担うヨルダン川西岸、東エルサレム、ガザでの活動が中断される可能性がある」と指摘した。
イスラエルとハマスの戦闘が始まってからの1年で人口の9割外部リンクが家を追われたガザで、UNRWAは他の機関も頼りにする人道支援の大黒柱だ。ガザで約1万3千人を雇用し、ヨルダン川西岸やヨルダン、レバノン、シリアで数多くの学校や保健センターを運営している。
UNRWAに代わりはいるのか?
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は10月28日、X外部リンクで「イスラエルの安全保障を脅かさない方法で(つまり、他の機関を通じて)ガザ住民への人道支援を継続するべく、国際的なパートナーと協力する用意がある」と述べた。
一方、グテーレス事務総長とラザリーニ事務局長は、UNRWAは他の機関には「代替できない」と主張する。国際移住機関(IOM)外部リンクなど代替となりうる機関として定期的に取り沙汰される他の人道支援団体もこの主張を支持する。赤十字国際委員会(ICRC)のピエール・クレヘンビュール事務局長も4月、フランス語圏の大手紙ル・タンで、ICRCが「UNRWAのマンデート(委任された権限)を引き継ぐことはない」と述べた。
スイスのジャン・ダニエル・ルーフ元駐イスラエル大使(2016~21年)もRTSのインタビューで、UNRWAを民間、国連を問わず別の機関に置き換えるのは「緊急事態において現実的ではない」と指摘。「非常に困難だと思う。こうした人道支援を提供するには、物資の供給網やガザ境界までの輸送網、トラック、土地勘のある人々によるガザ内部の配給網が必要だからだ」と説明した。
国際法ではどうか?
グテーレス事務総長やラザリーニ事務局長をはじめ多くの国々が、イスラエル国会の決定は国際法を踏みにじるものだと批判した。ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)のフアド・ザルビエブ教授(国際法)は、国連加盟国であるイスラエルによる国連憲章と国際法の「新たなとんでもない違反」だと考えている。
国連に加盟すると、国は自国の領土で国連の活動に必要な条件を整える義務を負う。条件は、国連憲章と「国連の特権および免除に関する条約」に定められている。「イスラエル国会の決定はこれら条約の重大かつ正当化できない違反だ」(ザルビエブ氏)
UNRWAは、国連の全加盟国によって構成される国連総会のマンデートに沿って活動する。ザルビエブ氏によると、イスラエルはそのため自国領土でのUNRWAの活動を法律で一方的に禁じたり、イスラエル当局とUNRWAとの間に必要な接触を禁止したりすることはできない。
同氏は「国連はイスラエル当局の善意に頼るべきではない。これは国際法に基づいて結ばれた誓約の話だ。イスラエルは国連を脱退しない限り、決定の法的正当性を主張するのは難しいだろう」と説明する。
国連や国際社会にできることは?
グテーレス事務総長は10月29日、国連総会議長宛てに書簡外部リンクを送り、「国連とイスラエルとの間で、特に国連の特権および免除に関する条約の解釈または適用をめぐり、意見の相違が生じた」可能性があると指摘した。
ザルビエブ氏によると、グテーレス氏は言外に、国連の最高司法機関である国際司法裁判所(ICJ)に「勧告的意見」を要請するよう国連総会のメンバーを促している。
ザルビエブ氏はこう説明する。「(国連の特権および免除に関する)条約の規定によると、紛争当事者はICJの勧告的意見に拘束力があるとみなさなければならない」。ICJがイスラエルは国際法を順守していないと判断すれば、「イスラエルの正当性はさらに揺らぐ。国連総会や事務総長が国際法違反だと宣言するのは一大事だ。だが、それが国連の主要な司法機関が発出した意見となれば話は別だ」。
もし、ICJが国際法上イスラエルはUNRWAの活動を禁止できないとの意見を出せば、安全保障理事会や国連総会はそれを根拠に行動できる。例えば、イスラエルへの断固たる非難決議やイスラエルの一部の権利を剥奪(はくだつ)する決定、イスラエルへの制裁、さらには現実的ではないが国連からの除名などが考えられる。国際的な圧力は、イスラエル新法の行方を左右する可能性がある。
国連への影響は?
ラザリーニ事務局長は、イスラエル国会の決定は「危険な前例」を作り、「私たち共通の多国間メカニズムを弱体化」させるおそれがあると考えている。
だが、シンクタンク「国際危機グループ」の国連担当リチャード・ゴーワン氏は、「国連にとって、かつてない状況かつ危険な前例だとする考えは大げさだ」と話す。
国が自国領土での国連の活動に反対するのは初めてではない。例えば、2021年のクーデターで政権を握ったマリ政府は、同国での国連平和維持活動(PKO)を批判し、安保理が撤退を決議するまでPKOの活動を制限していた。
「だが、国がこのように国連機関の活動を事実上禁止するのは確かに異例だ」(ゴーワン氏)
もし、イスラエルが国連機関の決定を無視すれば、「それは国連を思いのままに追い出せるという非常に強いシグナルになる」とゴーワン氏は指摘する。「他の国々は自分たちもできると考えるようになるだろう」
編集:Imogen Foulkes/livm/ptur、仏語からの翻訳:江藤真理、校正:大野瑠衣子
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