トランプ氏と国連、そして未来
ジュネーブの人道支援関係者にとって、ここ数週間はかなり激動の時だったと言ってもいいだろう。まず、米国のドナルド・トランプ大統領が就任当日の1月20日、世界保健機関(WHO)からの脱退を表明した。
続いて26日には、米国務省が対外援助プログラムの一時停止を発表した。さらに30日、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の活動を禁止するイスラエルの法律が施行された。あるアナリストは心理的衝撃を与えることで防御策をとらせないようにする軍事用語になぞらえ「shock and awe(衝撃と畏怖)」の瞬間だと表現した。
swissinfo.chは今月4日配信したポッドキャスト「Inside Geneva」で、これら3つの動きが世界中の人道支援活動、国連と米国の関係や国連自身の将来にどのような影響を与えるのか、深く掘り下げた。
ポッドキャストには、3人の識者がゲスト出演した。1人はワシントンにあるジョージタウン大学で国際保健法の教鞭を執るローレンス・ゴスティン教授、もう1人はイスラエルのUNRWA禁止法に関する報告書を執筆したオスロ平和研究所(PRIO)のヨルゲン・イェンセハウゲン氏、最後の1人は米紙ワシントンポストやフォーリン・ポリシー、DEVEX外部リンクで国連と米国の外交政策を長年観察してきたジャーナリストのコラム・リンチ氏だ。
米国のWHO脱退は想定内だったが(トランプ大統領は1期目にも脱退を試みたが、時間切れになった)、ゴスティン氏はそれでも「怒りと落胆」を感じている。数十年にわたり公衆衛生分野に携わり、WHOと緊密に連携してきた同氏は、米国の戦略には欠点しか見当たらないと話す。
ゴスティン氏はポッドキャストでこう語った。「米国の脱退が何を意味するか。それはポリオやエイズ、結核、マラリアの撲滅といったWHOの重要な活動に必要な資金がさらに不足するということだ」
米国にもメリットなし
ゴスティン氏はまた、WHO脱退は米国にとってもメリットがないと強調する。北米で現在流行しているエボラ出血熱や鳥インフルエンザなどの新病原体を例に挙げ、「脱退により米国は孤立し、あらゆる健康上の脅威に抵抗できなくなる」と警告した。
WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は加盟国に対し、トランプ大統領に再考を求めるよう協力を呼びかけた。だがそれは「お願い事」に終わってしまうかもしれない。ホワイトハウスから次々と出される大統領令(法的に疑問のあるものも含む)は、トランプ政権がどんな代償を払ってでも断行しようとする強い意志を示している。
ゴスティン氏は、長年の同僚だったアンソニー・ファウチ元大統領首席医療顧問と同じく、トランプ大統領の公衆衛生政策に公然と反対した。このため今は自身の身の安全が案じられると言い、今は変化を待ち望むしかないと明かした。
UNRWA禁止法は国連への試練
米国のWHO脱退と同じく、UNRWA活動禁止も予想外のことではなかった。イスラエル議会は昨年10月にUNRWA禁止法を可決したが、発効前に90日間の猶予期間を設けた。PRIOのイェンセハウゲン氏は、「問題は、禁止法が具体的にどのように実施されるべきか、これまで明確に示されていないことだ」と指摘する。
UNRWAは東エルサレムの事務所を閉鎖した。イスラエル当局は、ガザとヨルダン川西岸でUNRWA とのあらゆる接触を禁じる。同地域の出入りはイスラエルが厳重に管理しているため、少なくとも書類上はUNRWAに活動する余地はまったくない。
イェンセハウゲン氏は、これは支援物資の配給に大打撃を与えると指摘する。特にガザ北部では、真冬に何千人もの人々が破壊された家屋に戻らざるを得なくなった。「UNRWAは人道活動の屋台骨だ。自ら援助物資を届けるだけではない。他のすべての人道活動家が頼りにしている存在なのだ」
それなら、国連は90日間の猶予期間にUNRWAに代わる他の機関を強化すればよかったのではないか?他の国連機関はそんなことは不可能だと口を揃えるが、イェンセハウゲン氏は国連にも「ジレンマ」があると指摘する。
国連は、「(イスラエルの禁止)法には合法性を欠き、国連機関の追放は違法である。このため他の機関の強化は不可能」という「原則的立場」をとっている。一方で、「国連には人道的義務がある。そして国連機構はどちらにしても敗者となる」というジレンマだ。
イェンセハウゲン氏は「もし国連が原則的な立場に固執すれば、人道的立場については十分な態勢を取れなくなる。もし人道的立場に固執するなら、原則的な意味で自己を否定する」と話した。
全面的な援助削減
UNRWAに代わって他の機関が関与する案も、大半の国連人道支援機関にとって最大の援助国である米国が対外援助を凍結したため、もはや空論に過ぎないかもしれない。たとえ他の機関がその穴を埋めたいと思っても、今やそのための資金はない。
地雷除去からHIV予防まで、あらゆる援助プログラムが停止され、活動に携わる人々は自宅待機を指示された。「この状況を乗り切るだけの資金がない多くの小規模NGOにとって、これは死刑宣告だ」とリンチ氏は話す。
悲しいことに、これは世界で最も弱い立場にある何千人もの人々にとっても死刑宣告となりうる。マラリア治療や学校・農地の地雷除去など、援助機関が行う多くの活動を必要としている人々だ。
トランプ氏の戦略はどのようなもので、国連にとってそれは何を意味するのか?リンチ氏は、トランプ氏が国連を心底嫌っているとは考えていない。しかも、国連縮小を図る米大統領はトランプ氏が初めてではない。「トランプ氏が特にイデオロギー的だとは思わない。国連がトランプ氏にとって有益であればよく、有益でなければやりたいようにする、というだけだ」
多国間か取引か
リンチ氏の言葉に安心できるかといえば、そうでもない。国連は「多国間機関」であるべきで、「取引機関」ではない。だがトランプ氏が任命した米国のエリス・ステファニク国連大使は、米国の利益を促進するため、ワシントンは世界食糧計画(WFP)や国連児童基金(ユニセフ)など特定の機関を優遇していると発言している。
リンチ氏は、人道援助制度に大きな変更が加わる可能性があるとみる。「我々の知る対外援助に終焉の時が来た。ソマリアが数年前に大規模な飢餓に見舞われたとき、米国は10億ドル以上を提供した。だがトランプ政権が今後起きうる危機に同じように対応するとは思えない」
ゴスティン氏は、今後4年間を乗り切る準備をしており、事態が改善していくことを願っている。「4年後には間違いなく新しい大統領が誕生し、アメリカは再び国際的なリーダーとして、高い価値を持つ国に回帰するだろう。それが私の希望であり、夢であり、期待でもある」
イェンセハウゲン氏はそれほど楽観的ではない。「国連の理念を軽視する向きが広がっている。国連はこのような緊張状態を乗り切れるだろうか?」
冒頭にも言った通り、「衝撃と畏怖」に尽きる。3人がどんな議論を交わしたか、詳しくはポッドキャスト(英語)をぜひ聞いてもらいたい。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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