スイス・欧州が推す「循環移民」とは?
「循環移民」は用語としては比較的新しい概念だが、実態としては長い歴史を持つ。短期移住を促し労働力不足を補う循環型移民政策のリスクや課題について、移民専門家のエティエンヌ・ピゲ氏に聞いた。
今年1月、スイスとチュニジアが2012年に始まった移民パートナーシップの強化に合意し、「Perspectives外部リンク」プロジェクトに署名した。「チュニジアとスイス間の適切な循環移住の促進」を目標に掲げるプロジェクトで、両国間のインターンシップを後押しする。循環型移民政策は、主に労働力として短期移民を呼び込む狙いがある。
企業研修を受ける35歳未満の若者に最大18カ月の労働ビザを与えるヤング・プロフェッショナル交換制度に基づき、2015年以降累計174人の若いチュニジア人がスイスで高度な職業訓練を受けた。チュニジアで研修を受けたスイス人はたった1人。スイスはこの交換制度を日本や米国、フィリピンなど14カ国と締結している。
swissinfo.chは、循環型移民政策の定義や課題について、ヌーシャテル大学地理研究所外部リンクのエティエンヌ・ピゲ教授に話を聞いた。
swissinfo.ch:循環移民とは何か?他の形態の移民と比べた特徴は?
エティエンヌ・ピゲ:循環移民は永住するためではなく、数週間から1年未満の期間で、出身国と移住先の間を移動する移民を指す。スイスでは通常、長期滞在が可能になるB(滞在許可)またはC(定住許可)許可証ではなく、L(短期滞在)許可証が発行される。
多くの場合、「季節労働者」や「短期雇用」で移住する人々が該当するが、「観光客」は異なる。研究期間中とはいえ数年間にわたり滞在することの多い「学生」は、中間のカテゴリーに属する。
循環移民の決定的な特徴は本国に「帰還する」ことで、これが他の移住者と区別される点だ。狭い定義では、循環移民では短期間滞在するというだけではなく、季節労働者のように何度も帰還する。
スイスと欧州連合(EU)の進める循環型移民政策は比較的新しい現象なのか、それとももっと深い歴史があるのか?
そうだ。循環移民という概念は用語としては比較的新しいが、歴史は長い。1960年代にスイスで働いた季節労働者や、18~19世紀に他の欧州諸国に短期移住したスイス人労働者などはるか昔の移住パターンも当てはまる。例えば、フランスの裕福な家庭に家政夫として雇われた小作農の若いスイス人(主に女性)もそうだ。
循環移民という概念は、移民が開発にもたらす効用を最大化するための国際的な取り組みの中で採用された。EUでは法的手段や二国・多国間プログラムを通じて移民政策の管理手段と位置付けられている。
欧州委員会の移民・内務総局は循環型移民政策を移民の流入を緩和する手段としている。安全保障を重視した移民政策であり、合法的な移民の受け入れよりも帰還・再入国に重点を置く。
2001年以降、EUはこの種の移民の促進に力を入れてきた。だが20年超が経過した今も、循環移民に関するEUの明確で一貫性のある政策を定義するのは困難だ。
出典:Vankova, Z. (2020). The Formulation of the EU’s Approach to Circular Migration.(Circular Migration and the Rights of Migrant Workers in Central and Eastern Europe. IMISCOE Research Series. Springer, Cham.より)
循環型移民政策は住民を増やさずに労働力だけ輸入したいという受け入れ国の願望を反映しているとの指摘がある。
過去のガストアルバイター(出稼ぎ労働者)制度に関しては確かにそうだ。だがEUの短期労働許可を得てスイスで働く人など、スイスの政策と個人の希望との不一致を反映していない場合もあり、個々のケースを区別することが重要だ。スイス・EU間の「人の移動の自由」協定を踏まえると、こうした移民にはある程度(自由な移動の)選択権がある。
だが「循環型移民政策の導入は、長期滞在許可に係る影響に対応しなくても済むよう短期滞在許可で受け入れる、という移民輩出国と受け入れ国との間の妥協策ではないか」という指摘には同意する。インターンシッププログラムはそれとは異なり、(輩出・受け入れ国と学生自身の)「三方よし」を目指している。その目標は、色々な職業能力を出身国に持ち帰ることだ。
循環移民は、著書「L’IMMIGRATION EN SUISSE : 60 ans d’entrouverture外部リンク(仮訳:スイスの移民~半開放の60年)」で指摘した「半開放政策」と言えるのか?
間違いない。スイスは歴史的に、長期の移民は望まないが一時的な移民は受け入れるという立場だ。循環移民はまさに制御された開放性、つまり「半開放」の一形態と言える。
「Perspectives」など循環移民プログラムはスイス、チュニジア、移民にメリットをもたらす「トリプル・ウィン」だと売り込まれている。本当にそう言えるか?
その点は確かに、循環移民を巡る議論の核心だ。トリプル・ウィンを達成するという発想は刺激的だが、難しい目標だ。主体の1つである移民に完全な(移動の)自由がない場合は難しくなる。だが、そのようなプログラムを立ち上げる価値は十分にある。少なくとも、ただ国境を閉じているよりはいいだろう。
長期許可を取得できない人々には移動の自由がないと指摘する学者もいる。だがそのような政策を導入する受け入れ国は、永住移民への敵対勢力など他の圧力団体からもある程度制約を受けている。
循環型移民政策の成功には、すべての利害関係者の権利と義務を明確に定義することが不可欠だ。移民を保護し、出身国と受け入れ国の双方にプラスの影響を与えるためには、どのような対策を講じるべきか?
最近の学術研究で、輩出国、受け入れ国、移民を代表する労働組合の間で交渉を深めることが、関係者全員にとって有益であることが示された。こうした方法であれば、すべての当事者にとって公平な条件を達成することができる。だがそのようなバランスのとれた交渉を実施することは依然として困難だ。
特にスイスで働くイタリア人季節労働者などの過去の経験談によると、労働条件の改善は雇用主との個別交渉ではなく、イタリア国家による効果的な権利擁護によって実現した。これは循環移民に特化した代表を置くことの重要性を高めるものだ。
虐待や不遇を防ぐため、チュニジア政府が移民の福祉を能動的に監視するであろうことは考えられる。つまり、チュニジアの労働組合やNGO、国際機関が、移民の権利と福祉を守るために包括的なアプローチを保証するということだ。
スイスとチュニジアのような国々の間の協定における力の均衡をどう考えるか?
交渉におけるパワーバランスは複雑で、経済格差のみに基づいているわけではない。
真に互恵的な協定は、労働市場のニーズや移民政策に働く力学にも適応しつつ、関係国の相互利益に沿ったものでなければならない。
1960年代以降、状況は大きく変化した。当時は、相互利益はもっと単純なものだった。イタリアは労働者を海外に派遣することで恩恵を受け、スイスは経済成長のために労働者を必要としていた。
今日、チュニジアとの協定はより複雑な網の中を先導するものだ。労働市場の需要のほか、難民申請を却下・送還された国民をチュニジアが速やかに受け入れるだろうというスイスの期待もある。交渉はさらに複雑化している。
長期移民:少なくとも12カ月間、通常居住している国以外の国に移住し、目的地が実質的に新しい通常居住国となる人。
短期移民:余暇・休暇、友人や親戚の訪問、ビジネス、医療、宗教的な巡礼などを目的とする場合を除き、3カ月以上12カ月未満の期間、通常の居住国以外の国に移動する人
帰還移民:他国への国際移住(短期・長期を問わず)を終えて自国に戻る人で、1年以上は自国に滞在する意思のある人
出典:国連欧州経済委員会、2016年
編集:Virginie Mangin/gw、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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