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急増する偽造医薬品との戦い

医薬品の検査所
医薬品の偽造・密売は、世界で最も急拡大している非合法ビジネスの1つだ Keystone-SDA

見た目は本物そっくりの偽造医薬品が世界市場を流通し、大勢の人の命を危険にさらしている。製薬企業や各国の規制当局が取り締まりを急ぐが、薬のネット販売の広がりにより対策は後手に回っている。

スイス中央部の都市ルツェルン近郊のシャッヘンに、米医薬品大手MSD(米国とカナダではメルク・アンド・カンパニー)の法科学研究所の世界3拠点の1つ(2018年設立)がある。

同研究所の法科学者、ステファニー・ベーア氏は、私たちに糖尿病治療薬「ジャヌメット(Janumet)」の2つの錠剤を見せた。両方とも「577」の文字が刻印されている。文字フォントもサイズも同じで、肉眼では見分けがつかない。だが3Dマクロスコープで見ると、一方の刻印がごくわずかに深いことがわかる。刻印が深い方はMSDの工場で製造された本物で、浅い方は偽造薬だという。

「偽造薬と本物は素人には大抵見分けがつかない。本物と並べなければ、それが偽物だと見抜くことは難しい」とベーア氏は説明する。

MSDのプロダクト・インテグリティ(製品統合性)チームには、法科学、特に法化学と偽造医薬品検出の専門家が所属しており、製品を精査し不正を見抜く訓練を受けている。国際刑事警察機構(ICPO、 インターポール)などの犯罪捜査機関での勤務経験を持つメンバーもいる。

医薬品の偽造・密売は、世界で最も急速に拡大している組織犯罪の1つだ。調査外部リンクによれば、世界の市場規模は推定年間2000億〜4320億ドル(約30兆〜64兆8千億円)であり、売春、人身売買、武器の違法取引などの非合法な地下(アングラ)経済の中で最も大きな市場を占める。

ジェネリック医薬品の最大輸出国であるインドは、偽造医薬品の最大かつ唯一の供給国でもあるとみなされている。だが実際はインドだけではない。シャッヘンのMSD法科学研究所で昨年調べた278件の偽造医薬品の多くがトルコ、ウクライナ、エジプトからのものだった。

世界市場に現在出回っている偽造薬やワクチンの総数に関する正確なデータはない。だが世界の製薬企業40社以上が参画する非営利組織「製薬防護研究所(PSI)」のデータ外部リンクによれば、 2020年には137カ国で4344件の偽造医薬品取引が行われ、2016年の3146件から38%増加した。2020〜2021年の1年間で偽造薬を含む医薬品犯罪の届出件数は 10%増加した。世界保健機構(WHO)は、先進国で流通する医薬品のうち約1割は偽造または規格外のものと推定外部リンクしている。

だがこの数字は氷山の一角に過ぎないと専門家は指摘する。

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ジュネーブ拠点の業界ロビー団体「国際製薬団体連合会(IFPMA)」の偽造医薬品の専門家、シンティア・ジェノレ氏は「製品の製造・流通の透明化を進めたことで偽造医薬品の検出能力は向上しているが、問題は解消していない」と話す。

偽造の対象は、ED(勃起障害)治療薬として知られるバイアグラのような生活改善薬に止まらず、抗生物質(抗菌薬)やフェンタニルなどの鎮痛剤、がん治療薬、糖尿病治療薬(例えば、痩せ薬として話題のオゼンピック)など多岐に渡る。偽造医薬品の中には、有害物質を含有するもの、有効成分が入っていないもの、成分量が不適切なものもあり、患者に害を及ぼしたり、致命的な被害を起こしたりする可能性がある。

国連は、偽造医薬品による世界の年間死者数は約50万人と推定外部リンクする。英ロンドン拠点の「調査報道事務局(TBIJ)」によれば、偽造または規格外の小児がん治療薬は90カ国以上で流通し、約7万人の子どもが効果のない治療リスクにさらされている外部リンク

世界保健機構(WHO)は、「偽造医薬品」と「規格外医薬品」を区別して定義外部リンクしている。偽造医薬品とは、同一性、組成、出所起源を故意にまたは不正に偽った医薬品であり、①模倣品(知的財産権を侵害しているもの)②改ざん③盗用・窃盗④不正流用の4種類に分類される。規格外医薬品とは、承認されているが、品質基準または仕様、あるいはその両方が満たされていないものを指す。

欧州を慌てさせたニセがん治療薬

偽造医薬品の問題は既に何十年も前から注意喚起されてきたが、欧州で真剣に受け止められ始めたのは、スイス製薬大手ロシュのアバスチン(モノクローナル抗体を使ったがん治療薬)の偽造品が米国・欧州市場に出回った2010年前後からだ。当局は、患者に被害が及んでいないことの確認と、このニセモノが病院の薬棚に潜り込んだ経路の特定に奔走した。

偽造医薬品から患者を保護することを使命とするスイスの医療連合機関「スイス医薬品検証機構(Swiss Association for the Verification of Medicinal Products、 SMVO)」のニコラス・フローリン代表は「欧州の規制当局は、偽造医薬品問題がまさにこの成熟した欧州市場で起きており、対岸の火事ではないことに気付いた」と話す。

スイスを含む46カ国が加盟する欧州評議会は2010年に「医薬品犯罪(Medicrime)条約」を採択。偽造医薬品を犯罪と定め、2011年に欧州連合(EU)に「偽造医薬品指令(FMD)」を制定した。FMDはEU圏における医薬品の製造・流通の透明化、安全性の向上、患者の保護を目指す協調的な対応策を定めている。

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2019年、EUは検証システムを導入し、①製品コード②個別シリアル番号③バッチ番号④使用期限を記載したラベルを欧州で販売される全ての薬のパッケージに付すことを製薬企業に義務付けた。それをスキャンすれば、システムに登録された製品であることを薬剤師が確認できる。スイスではまだ同システムの利用は任意だが、2026年には義務化外部リンクされる予定だ。

欧州では現在、週2〜3億回以上のスキャンによるチェックが行われている。加えて、インターポール、スイスメディックなどの医薬品規制当局、法執行機関が、欧州の国境やインターネットの販売サイトにおいて、偽造医薬品の監視・検閲・押収を行っている。スイス連邦財務相税関・国境警備局は昨年、6600件を超える違法医薬品を押収した

フローリン氏は「スイスの病院や薬局で偽造医薬品が患者に渡る確率は1%未満」と見積もる。これは欧州の他の地域よりも若干高めではあるが、十分に低い数字だ。「EUは取り締まりシステムによって、欧州市場に入ろうとすれば捕まるぞという警告メッセージを犯罪組織に発している」

FMDはオンライン薬局に対し、共通ロゴの表示を義務付けている。だがロゴは簡単にコピー可能な上、消費者が正確に確認できないケースも多い。インターポールの違法医薬品取り締まりにより閉鎖されたオンライン薬局は、1週間で1300サイトに上った。

医薬品の高騰・供給不足も一因

EUの状況は改善されたが、依然として偽造医薬品は市場に蔓延まんえんしている。特に、欧州並みの対策を実施するためのインフラや資金が不足している発展途上国で深刻だ。

医薬品は価格の高騰と供給不足が続いている。そこに新型コロナウイルス感染症によるパンデミックと規制されていないオンライン薬局の急激な増加が追討ちをかけ、問題を更に悪化させている。

2年前の取材時、ケニアの医師は、がん治療薬が現地で入手不可能または高価で購入できない場合、オンラインで他の卸業者を探すことが多いと語った。「薬を投与しても患者に全く変化が表れないこともある。砂糖水を投与しているのと同じだ。だが(本当の薬かどうか)判断する術がない」。アフリカやアジアには、流通している薬の約7割が偽造品であると推定される地域もある外部リンク

パンデミックは終息したが、貿易障壁、生産の問題、ウクライナでの戦争などの様々な要因により、世界のほぼ全ての地域で慢性的な医薬品不足が続いている。一部の新薬などは非常に高価であるため保険会社が償還を拒否することもあり、患者は他の入手先を探さざるを得ない。

欧州の企業出資の組織「EAASM(European Alliance for Access to Safe Medicine、安全な医薬品アクセスのための欧州同盟)」のマイク・アイルズ代表は、「突き詰めれば、(偽造医薬品の)需要を生み出しているのは私たちだ。犯罪組織はそれを満たしているわけだ」と指摘する。EAASMは偽造医薬品に対抗するためのサプライチェーン改善を推進している。「医薬品の在庫がなければ、繊細で傷つきやすいがん患者は、どんなことでも試そうとするだろう」

こうした需要に応えているのが、違法なオンライン薬局・市場やソーシャルメディアのプラットフォームだ。WHOは、住所が明記されていないオンラインサイトが販売する薬の約半数は偽造品であると推定する。その割合はもっと高いとする調査結果外部リンクもある。

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偽造医薬品の啓発活動を行う国際NPO「ファイト・ザ・フェイクス(Fight the Fakes)」の広報担当、マリオ・オッティーリオ氏は、オンライン薬局の急速な拡大によって「偽造医薬品が消費者の手に渡りやすくなった」と言う。

オゼンピックを宣伝するオンラインサイトは乱立し、警告にもかかわらず収まる気配はない。ニュースサイト「ポリティコ」によれば、欧州の規制当局は、管轄圏外の偽造に関しては取り締まることができないと述べた外部リンク

企業と規制当局の国際協調と限界

偽造医薬品に対抗する国際協力はまだ不十分だ。WHOは、規制当局に対して助言や技術的支援を行い、特定の製品について警告を発している。だがWHOは違法行為の捜査や犯罪を罰する権限を持たず、各国当局からの報告・エビデンスに頼るしかない。

ユニセフ(国連児童基金)は、ワクチン寄付を検証外部リンクするための技術導入の大規模な取り組みを先導してきた。新設のアフリカ医薬品庁(AMA)も監視と品質管理に重点を置いているが、違法医薬品を撲滅するために必要な資金・資源が不足している。

MSDなどの製薬大手は、高い安全性、耐改ざん性、透明性を持つブロックチェーン(分散型台帳技術)、不可視印刷などの情報・画像埋込みによる偽造防止技術、携帯用スキャナなどへの投資を通じて当局の活動を支援している。法科学研究所もその一環だ。欧州連合知的財産庁(EUIPO)は、偽造医薬品によって、企業は売上の約4%を損失していると見積もる外部リンク

デンマークの製薬企業ノボ・ノルディスクは3月、オゼンピックの偽造品の取り締まり強化を発表した外部リンク。同社はオゼンピックの供給を需要に追いつかせようと苦心している。一方、同薬の偽造品は昨年1年間で少なくとも16カ国で見つかっている。

だが企業にできることは限られている。偽造医薬品を押収し、偽造犯罪者に責任を追及する権限は持たないため、自社ブランドと製品を守る取り組みが中心となる。

「企業も規制当局も、偽造医薬品の実態や供給元について多くのことを把握している。だが問題は解消する気配がない。(偽造医薬品は)犯罪組織にとって魅力的な巨大ビジネスなのだ」(フローリン氏)

編集:Nerys Avery/gw 英語からの翻訳佐藤寛子、校正:ムートゥ朋子

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