東北に持続可能な社会を構築
未曾有の大災害から2カ月が過ぎた。スイスと日本の研究者の間に、新しい動きが起こっている。
「東北地方は、復興の世界的な手本となる可能性を秘めている」
と言うのは、日本の大学に研究員として在籍した経験もあるクロード・パトリック・ジーゲンターラー氏だ。
ザンクトガレン大学の特別教授であり、チューリヒにある法政大学ヨーロッパ研究センター ( HERZ ) の所長も務めるジーゲンターラー氏は、震災後の東北地方の持続的な発展に期待を寄せ、学術交流を通じた復興支援を模索している。
「日本に関わりを持ったことのある研究者たちはみな、今回の日本の被災をとても憂慮していた。震災後、知り合いのスイスの研究者から次々と電話がかかり、何かできることはないかという問い合わせを受けた」
と、このプロジェクトをコーディネートすることになったきっかけを振り返る。
日本人研究者への支援から始動
「わたしたちが東北の復興のために貢献できることは何だろうか」
そう考えたジーゲンターラー氏は、数人の研究者と検討を開始。すぐに着手したのが日本人研究者に対する支援だ。
例えば、震災の影響で器材が壊れるなどして、研究を中断せざるを得なくなった被災地の研究者をスイスに呼び寄せて研究を続行する機会を用意する。あるいは、すでにスイスで研究をしている人の滞在延長を支援することなどを考えたという。
そうした研究者の1人が、約2年前から連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ ) の博士課程に在籍する後藤豊氏だ。連邦工科大学の学長が設立した基金から滞在費用などの支援を得ることになった後藤氏は、日本の高温多湿の気候に適した省エネルギー木造建築の技術開発に携わっており、スイスと日本の共同作業で進められているこの研究プロジェクトで中心的な役割を果たしている。この先少なくとも1年は、引き続きこの共同研究に従事することが決まった。
「この研究で復興の役に立てるならとても嬉しいし、自分が遠くスイスの地で研究を続けてきたことの意味が深まる」
と語る。ジーゲンターラー氏によれば、これは直接的な災害援助活動の一環だ。プロジェクトはさらに広範囲の支援を目指している。
研究者のネットワーク
日本の研究者とコンタクトを取る中で、「復興を持続可能な発展のきっかけにしたい」という声が多く聞かれたという。スイスも日本も高度な研究開発で世界をリードする技術大国。とりわけスイスは資金や設備の面で良い環境が整っていることもあり、国際的な共同研究も盛んだ。そこでこのプロジェクトでは、両国の今後の共同研究の可能性を探り、研究者のネットワークを構築・促進することになった。
呼びかけに応じ即座に参画を決めたのは、スイス連邦基金 ( SNF/FNS ) のほか、連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHL/EPFL ) 、連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ ) 、連邦工科大学理事会 ( ETH-Rat/Conseil des EPF ) といったスイスの主要研究機関だ。
三つの研究分野に重点
スイス側は研究者を通じて日本の大学などと協議し、また学術交流支援も行う在日スイス科学領事館とも連携して、具体的に三つの分野で支援することを決定した。
一つ目は、前出の後藤氏が携わる新たな省エネ木造建築の推進だ。この研究は、連邦技術革新委員会 ( KTI/CTI ) の出資により、連邦工科大学、連邦材料試験研究所 ( EMPA ) 、東京大学が共同で進めている。
ここで開発された最新の壁構成システムを用いることで、屋内の温度・湿度環境を最適に保つことができると同時に、冷暖房をはじめとするエネルギー消費量を約8割削減できるという。こうした新たな工法を応用した住宅が2011年内に滋賀県に完成し、性能実証のための研究がさらに進められる予定だ。
二つ目は、連邦工科大学が研究を進めている「次世代環境都市 ( スマートシティ ) 」計画の支援。スマートシティとは、発電やエネルギー効率の向上、二酸化炭素 ( CO2 ) 排出量の削減などを複合的に組み合わせることで環境負荷を抑える次世代環境都市をいう。交通、情報通信なども含め、街全体の機能最適化を目指す。
復興地のインフラ復旧に関して、電力供給側と需要側の電力情報をITを利用して双方向で制御し、需給バランスを最適化する次世代電力網 ( スマートグリッド ) の導入が議論されている。また、企業などが被災地に省エネ住宅などを提供する動きもあり、前述の木造建築技術など省エネ技術の応用が注目される。
三つ目は原発の安全性や事故後の対処に関する研究の支援だが、これに関しては構想に着手したばかりで、これから詳細の検討に入る段階だという。
長期的発展への貢献を
この支援に関する話し合いを行うため、2011年10月に東京で協力機関が一堂に会する会議が予定されている。
「参加者がそれぞれの構想を協議し、実際にプロジェクトへの財政支援を取り付けるまでにこぎつけたい」
とジーゲンターラー氏は期待を語る。
ただし、東北の人々が本当に望む支援を行えないのであれば、計画を打ち切ることもあり得るという。
「目的はあくまでも、東北地方の復興に貢献することだ」
ジーゲンターラー氏はまた、現地の将来について、
「東北地方の復興にかかわる人々が、勇気を持って持続可能な社会の構築を目指すなら、5年から10年後には、この地域が日本だけでなく世界的に復興の手本となる可能性もある」
と指摘し、日本に応援のメッセージを送る。
「そのためには、日本の建築技術や高度なノウ・ハウを、被災地が直面している新たな次元の課題に応用する革新性も必要だ。今後基本的なインフラが確立し、再び生活ができるようになれば、地域全体の長期的な経済発展も大いに期待できる」
と言い、また、それが日本と関わりのある自分の願いでもあると語った。
1969年アールガウ州生まれ。
ザンクトガレン大学で経済学修士号・博士号を取得。日本 ( 産業技術総合研究所、科学技術研究開発センター、国際基督教大学 ) やフランス等で研究の後、連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ/EPFZ ) などの研究員を経て、現在ザンクトガレン大学特別教授。スイスで初の外国大学研究機関となった法政大学ヨーロッパ研究センターでは、2007年の開所以来ディレクターを務める。若い研究者に対する賞をはじめ、各国で多数の賞を受賞。サステナビリティ ( 持続可能性 ) 、環境と経済などの分野で多数の論文・著書もあるほか、起業家としても活躍し、多くの環境NGO等の設立にも関わる。
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