スイス人画家アウグスト・ジャコメッティが描いたチューリヒの旧証券取引所の歴史的な壁画が、長年にわたりプロジェクタースクリーンやカーテンの後ろに隠されたままの状態だった。このようなおざなりの保存方法に対し、専門家や市民らから批判の声が上がっている。
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英国生まれ。1994年からスイス在住。1997年から2002年までチューリヒでグラフィックデザインを学ぶ。数年前に写真編集者に転身し、2017年3月からswissinfo.chのチームに参加。
ブラジル・サンパウロ生まれ。ポルトガル語編集部員で文化担当。映画学および経営学の学位を取得後、ブラジル大手新聞社フォーリャ・デ・サンパウロに入社。2000年にスイスへ移住し、様々なブラジル・メディアの国際特派員を務める。チューリヒを拠点に、活字・デジタルメディアやドキュメンタリー映画の国際共同制作、視覚芸術(第3回バイア・ビエナール展、チューリヒのヨハン・ヤコブ美術館)に関わる。13~17年までルツェルン応用科学芸術大学カメラアーツコースでトランスメディア・ストーリーテリングのゲスト講師を務める。
Helen James (写真編集)& Eduardo Simantob (文)
画家アウグスト・ジャコメッティ(1877~1947年)は、世界的に著名な彫刻家アルベルト・ジャコメッティの親戚にあたる。アウグスト・ジャコメッティの壁画は、アルベルト・ジャコメッティの細長いブロンズ像作品ほど有名というわけではないが、腕のある画家としてチューリヒ州を中心に数々の壁画を残した。
証券取引所にある幅18メートルの壁画は、この建物の建設・管理のため、チューリヒ州とチューリヒ商工会議所が1931年に共同で設立した会社「Tiefengrund」から委託を受けて描いたものだ。ジャコメッティはデザイン画を起こし、スイス株式市場の野心的な新時代を、当時グローバル化が進んでいた世界貿易を舞台に表現しようと立案。3カ月半の制作期間を経て、巨大な世界地図を描いた壁画が出来上がった。154平方メートルに及ぶ画面にはドアも含まれ、技術的にも優れた作品だった。
壁画の制作には乳化作用のある卵を利用した「卵テンペラ」を使用。スイス人芸術家、アーノルド・ベックリン(1827~1901年)から教えてもらった極秘の配分で、数百個の卵を使った。
褪せる色
壁画が描かれた旧証券取引所は1992年、歴史的建造物に指定された。内装やファサード部分、ジャコメッティの壁画も対象となった。ただ現在、建物の扱いを疑問視する声が上がっている。独語圏の日刊紙NZZは「歴史的建造物に指定されたのに、保護対象エリアの使用方法に何の影響も与えていない」と皮肉った。
歴史的建造物の指定を受けたからには保存されなければならないが、目に見える部分で対応が必須というわけではない。そのため壁画があるホールは現在、イベント会場として使われている。収容人数は750人超で人気のスポットだ。ただ、ジャコメッティ研究の専門家、ベアト・シュトゥッツァー氏は既に30年前、壁画のひどい色褪せを指摘し、保存状態に疑問を呈している。
アウグスト・ジャコメッティの壁画は生前から高く評価されていたが、時の経過と共に、人々の記憶も色褪せてしまった。しかし壁画は今も、警察本部がある役所のエントランスホール「Blüemlihalle」、グロスミュンスター(大聖堂)、シャガールのステンドグラスで有名なフラウミュンスター(聖母聖堂)など、チューリヒの数々の場所で目にすることが出来る。
(英語からの翻訳・大野瑠衣子)
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