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ザ・ワイルド・スイス フュスリ展 開催中

当時の中流階級に好評だった『夢魔』。悪魔的と評され、フュスリを一躍有名にした. Kunsthaus Zürich/Detroit Institute of Arts

ヨハン・ハインリッヒ・フュスリ(Johann Heinrich Füssli/英名Henry Fuseli)展が、チューリヒのクンストハウスで来年1月8日まで開催中だ。暗い背景に幻想的に人間を描いた画風が、日本では澁澤龍彦や種村季弘などによって紹介されている。

スイス人だが、ロンドンで名声を得たフュスリ。シェイクスピアやミルトンをはじめ、オデッセーなどのテーマを好んで題材とした。今回の展覧会ではおよそ50点の油絵のほか、130点の水彩画などが満喫できる。

 これほどの規模のフュスリ展は、同美術館が1969年に開催し、その後1974年にハンブルクのクンストハレであった展覧会以来という。今回の「フュスリ/ザ・ワイルド・スイス」展示は、年代別ではなく、会場を一つの館のイメージに仕立て、文学作品関連を「図書館」、妻のソフィーのスケッチを集めた「青い部屋」など、作品を6つのテーマーに分類して展示している。

演劇好きな野性的画家

 フュスリ(1741年〜1825年)はチューリヒで神学を勉強し、1761年には牧師となった。しかし、当時の役人の汚職を明かすパンフレットを二人の仲間と一緒に巷に配布したことから、チューリヒにはいられなくなり、22歳でロンドンに渡った。フュスリはそこで、執筆や翻訳をしていたが、画家として活躍し始めたのは、その後滞在したローマだった。独学で絵を勉強し、再びロンドンへ渡り、ロイヤルアカデミーの教授にまでなるなど、イギリスで画家としての名声を博した。

 演劇が好きで、当時の人気俳優デイビッド・ギャリックのファンでもあった。ギャリックはそれまで無表情で演じた演劇を改革し、人間の感情を表情や身振りで表現することを始めた俳優である。舞台で感情豊かに演じるギャリックをモデルにした『ギャリックとミセス・プリチャード』(1812年 Garrick and Mrs Pritchard)も、今回の展覧会に出展されている。このほか、シェークスピアの『マクベス』や『真夏の夜の夢』、ミルトンの『失楽園』など英国の知識階級では誰でも知っているシーンを描き、本の挿絵も手がけることで、フュスリのロンドンでの人気は高まり、さらに世界にも知られる画家となっていった。

隠し持っていたスケッチも公開

 彼を有名にしたのは、なんといっても40歳で描いた『夢魔』(The Nightmare デトロイト美術館蔵/1781年作)。アカデミーで発表され、「悪魔的、スキャンダラス」と評され、一躍彼の名前が有名になった。「当時の清楚を善しとするモラルにまったく反し、ロンドンでセンセーションを巻き起こした。特に中流階級には非常に受けた」とクリストフ・ベッカー館長は説明する。

 フュスリは同じテーマでもう一枚描いている。現在、フランクフルト・ゲーテ博物館が所蔵しているもので、今回はその2枚が展示されている。2枚は女性の頭の向きがそれぞれ左右逆だが、いずれも白いドレスをまとい悪夢を見ている。女性の腹の上にはロバの耳をした醜い悪魔が居座り、部屋の奥には黒い馬が描かれている。こうした組み合わせも、当時は新鮮だった。

 語学に堪能で社交的で、毎日髪にはパウダーを振り、ファッションにも気を配っていたというフュスリ。妻とは演劇を通して知り合った。流線を強調した長いドレスが肩からずり落ち、複雑なヘアースタイルをした妻のソフィーのスケッチが残っている。多くが彼の死後、妻によって焼却されてしまったというが、今回の展覧会では、画家が死ぬまで隠し持っていたという、ポルノグラフィックなスケッチも紹介されている。

 ドラマテックで勢いのあるシーンを描くことを好み、今回の展覧会の副題となっている「ザ・ワイルド・スイス」だったフュスリのミステリアスな作品の数々をこの秋、是非鑑賞してみてはいかがだろうか。

swissinfo、 佐藤夕美(さとうゆうみ) 

Kunsthaus Winkelwiese 4, CH-8001 Zürich
<フュスリ ザ・ワイルド・スイス展>
05年10月14日〜06年1月8日
開館時間火〜木10〜21時 金〜日10-17時 月曜日休館

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