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世界有数のパトロエンヌがロカルノ国際映画祭に吹き込む新風 

今年のプログラム発表記者会見に臨むロカルノ国際映画祭新会長のマヤ・ホフマン氏。2024年7月10日、チューリヒで撮影
今年のプログラム発表記者会見に臨むロカルノ国際映画祭新会長のマヤ・ホフマン氏。2024年7月10日、チューリヒで撮影 Keystone / Ennio Leanza

スイスで最も権威ある国際映画祭、ロカルノ国際映画祭が7日に開幕する。各国から珠玉の作品が集まるこの映画祭を今年、新会長のマヤ・ホフマン氏が運営する。新会長の登場で、映画祭にもちょっとした変化が既に現れている。 

慎重さは億万長者の良友だ。そして億万長者のマヤ・ホフマン氏は間違いなく慎重な人物と言える。彼女がメディアに登場するのは、彼女がそう望むとき、あるいはその必要があるときだけ。現代アートを支援するLUMA財団、そして今回のロカルノ国際映画祭会長など注目を集める活動を始めたときでさえもそうだった。  

昨年10月に新会長に就任後、大きな組織改革は発表していない。しかし映画祭を前に、彼女は自分が責任者であることを示す十分なヒントをくれた。それによって、彼女がどう映画祭を運営するつもりなのかが我々にも垣間見えた。2000年~2023年の前任者マルコ・ソラーリ氏の手腕と彼女のそれを比較すると、最初の手掛かりが見えてくる。 

ソラーリ氏はイタリア貴族のような風格と身のこなしを備えているが、パトリキ(支配階級)の末裔というよりは成功した企業家といえる。スイス・イタリアの政界、宗教界、メディア界、経済界に太いパイプを持ち、映画祭だけでなくスイスのイタリア語圏ティチーノで開かれる各種文化イベントへの政治的、財政的支援を得るために常に気を配っていた。 

ソラーリ氏の運営手法は、映画祭が国家的事業として根付く土台となった。スイスの各言語圏を超えたつながりを構築し、公私織り交ぜた篤志家・スポンサーからの資金を確保した。  

ソラーリ氏が昨年引退を表明したとき、後任にマヤ・ホフマン氏が選ばれたのはかなりのサプライズだった。 

バトンタッチ。2023年7月、マルコ・ソラーリ氏がマヤ・ホフマン氏を後継者として初めて公式の場で紹介した
バトンタッチ。2023年7月、マルコ・ソラーリ氏がマヤ・ホフマン氏を後継者として初めて公式の場で紹介した Keystone/Samuel Golay

億万長者の家系に生まれて 

ホフマン氏は巨大製薬会社ロシュの創業一族という億万長者の家系に生まれた。スイスのドイツ語圏・バーゼル出身で、育ったのはフランスだ。ティチーノとは非常にゆるいつながりを持つが、イタリア語は(少なくとも人前では)話さない。国際的にはアートコレクター、アーティストのパトロンとしてその名が知られている。 

ホフマン氏が立ち上げたLUMA財団はチューリヒ、アルル(フランス)、グシュタード(スイス)、ロンドン、ムスティーク島(西インド諸島のプライベートアイランド)に拠点を持ち、さまざまな芸術活動や研究のプラットフォームとしてだけでなく、建築家フランク・ゲーリーが設計したアルルにある文化複合施設でも知られている。 

仏アルルにある、カナダ系アメリカ人建築家フランク・ゲーリーが手掛けたLUMA財団の文化複合施設「リュマ・アルル」。マヤ・ホフマン氏は2013年、アルルのアトリエ・パークでLUMAアルル・プロジェクトを立ち上げた
仏アルルにある、カナダ系アメリカ人建築家フランク・ゲーリーが手掛けたLUMA財団の文化複合施設「リュマ・アルル」。マヤ・ホフマン氏は2013年、アルルのアトリエ・パークでLUMAアルル・プロジェクトを立ち上げた Keystone / Christian Beutler

だがホフマン氏は映画ビジネスの初心者ではない。ニューヨークで映画を学び、いくつかのドキュメンタリー映画の製作総指揮を務めた。パートナーのスタンリー・ブッフタル氏は映画プロデューサーだ。 

イベント内容に変化 

ロカルノ国際映画祭は毎年1月、スイス作品だけを集めたソロトゥルン映画祭の期間中にカクテルパーティーを開く。ロカルノ映画祭の理事兼芸術監督のジオナ・A・ナザロ氏、マネージング・ディレクターのラファエル・ブルンシュヴィッヒ氏、そして映画祭会長が報道陣、寄付者、スポンサーを招き、最注目部門の1つであるロカルノ回顧展のテーマを発表する。 

ロカルノ国際映画祭のマヤ・ホフマン会長が、(左から)ルイジ・ペドラッツィーニ副会長、ジオナ・A・ナザロ芸術監督、マネージング・ディレクターのラファエル・ブルンシュヴィッヒ氏とともに、プログラムに関する記者会見を開いた。2024年7月10日、チューリヒで撮影
ロカルノ国際映画祭のマヤ・ホフマン会長が、(左から)ルイジ・ペドラッツィーニ副会長、ジオナ・A・ナザロ芸術監督、マネージング・ディレクターのラファエル・ブルンシュヴィッヒ氏とともに、プログラムに関する記者会見を開いた。2024年7月10日、チューリヒで撮影 Keystone / Ennio Leanza

今年は様相が違った。よりつつましやかな会場に場所を移し、ワインとカナッペはあったが、執行部の人間がいなかったのだ。ホフマン氏は直前になって、執行部を代わりにアメリカのサンダンス映画祭に連れて行くことを決めたと、集まった報道陣は現地で聞かされた。狙いははっきりしていた。ロカルノはグローバルなシーンでもっと存在感を示す必要がある、と。 

ホフマン氏の次なる公の動きは、7月初旬のプログラムの公式発表だった。  

ロカルノ国際映画祭は通常、公式オープニングの1カ月前に記者会見を開き、プログラム、招待者、過去の受賞者、ハイライト作品のリストを発表する。ソラーリ氏の下では、映画祭のプレゼンテーションは伝統に沿ってスイスの首都ベルンで行われた。  

そこには決まってスイス政界の要人や、ロカルノがあるイタリア語圏のティチーノ州、ベルン州の当局者や政府関係者が出席していた。ソラーリ氏のスピーチはスイス文化の多様性を象徴的にカバーし、スイス発の映画祭であることを強調するかのごとくドイツ語、イタリア語、フランス語と自然に切り替わった。 

一方、ホフマン氏はベルンではなくLUMA財団のチューリヒ本部で会見した。国や地元の政治家や要人の姿はなく、報道陣だけが出席し、その模様はインターネットで生中継された。壇上の言語はドイツ語だった。ホフマン氏は英語で挨拶した。 

今年のロカルノ国際映画祭のポスター
Annie Leibovitz

ジオナ・A・ナザロ芸術監督がプログラムを紹介したとき、その真意が垣間見えた。ソラーリ氏はこれまで、儀礼的な慣例は尊重し、自分の出番は型どおりのあいさつにとどめていた。出席した要人の名前を紹介するだけで、プログラムの発表は芸術監督に任せていた。今年は違う。ナッザーロ氏は挨拶の中で何度か、ホフマン氏が作品選定に貢献したほか、作品招致のため関係者へのコンタクトを促進したことを認めた。 

ホフマン氏はポスターデザインの選択にも力を注いだ。トレードマークのヒョウは、例年のようなヒョウをベースにしたデザインではなく、ホフマン氏の個人的な友人であるアメリカのスター写真家アニー・リーボヴィッツ氏が撮影したヒョウの写真が使われた。 

「グローカル」に 

このようにしてホフマン氏のスタイルが形になって表れてきた。前任者よりも多くキュレーションのプロセスに立ち会う一方で、国の制度や政治の慣習には関心がやや薄いようだ。ホフマン氏は、映画界のエリートサークルと美術シーンが重なり合うグローバルなネットワークに、ロカルノ映画祭を取り込もうとしている。 

ホフマン氏のアプローチは、国際映画祭業界におけるロカルノの立ち位置を大胆だが必要不可欠なものに進化させたと評価できる。ソラーリ氏のもと、ロカルノ映画祭は「巨人(カンヌ、ベルリン、ベネチア)の中の小」、「小の中の大」としての地位を固め、世界の新たな才能を世に送り出すショーケースとなった。しかし、映画祭市場はますますテンポが速くなり、賞レースやプレミアの競争は激しさを増している。 

ホフマン氏はこれを念頭に置き、ロカルノのブランディングに焦点を当てた戦略をとっているようだ。一方では、ロカルノの将来を確かなものにするため、ホフマン氏はロカルノの名を世界規模でより積極的に宣伝する必要がある。同時に、ロカルノというブランドのクオリティを確保するため、映画祭がシネフィル(映画ファン)の原則に忠実であり続けること、そして新しいコンセプトやアイデアのプラットフォームであることを崩してはならない。 

ただそのバランスを取ることは困難ではない。ホフマン氏は国際的な映画祭サーキットにおいて門戸を開放しつつ、確かな映画評論家でもありロカルノ精神を自然に体現できる芸術監督(ナッザーロ氏)、そしてプロフェッショナルなチームとソラーリ氏が残した制度的なネットワークが下支えしてくれる。しかし、ホフマン氏の新たな方向性が真に試されるのは、まずは7日の初日だ。そして閉幕までの10日間、さらに具体的に形となって表れてくることだろう。 

ロカルノ国際映画祭で上映される古典映画の1つ。オーソン・ウェルズの「上海から来た女」(1948年)
ロカルノ国際映画祭で上映される古典映画の1つ。オーソン・ウェルズの「上海から来た女」(1948年) 1948, Renewed 1975 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved

ロカルノ国際映画祭は7日~17日に開催。プログラムはこちら外部リンクから。 

編集:Virginie Mangin/ts、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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