中野綾子、何よりも自分を出してもらいたい
舞台でのダイナミックな動きからは想像できないような、やさしく可憐な女性がインタビューに現れた。バーゼル劇場のプリンシパル、中野綾子さん(37)だ。今回ローザンヌ国際バレエコンクールで、コンテンポラリーの課題作をコーチする。子育てと両立させながら第一線でネオクラシックやコンテンポラリーを踊る中野さんに話を聞いた。
中野さんがローザンヌに行くのは、バーゼル劇場のリチャード・ウェアロック芸術監督が振付けた「春の祭典」が女子の、「ディエゴのためのソロ」が男子のコンテンポラリーの課題作になったためだ。 特に「春の祭典」の方は、ウェアロックさんが中野さんのために振付けたもの。「過去の作品に少しクラシック風の動きを付け加えているが、自分が踊ったものなのでうまく指導できると思う」と話す。
また、「1992年にローザンヌで奨学金をいただいてから今回こういう形で戻れるのは、とてもうれしいし一つのチャレンジ。今までやってきたことを若いダンサーに教えられる機会をいただいて、ぜひやらせてくださいと言って引き受けた」とも言う。
一方、7歳の娘と5カ月前に生まれたばかりの息子の2人を育てながら、ダンスを続ける中野さん。しかもプリンシパルとしてだ。「子どものいるダンサーはバーゼル劇場でも私1人だけ。ダンスは古い世界なので、子どもを持ったらダンスはできないという考え方が強い。でも私は上手に、子どもを持ちながらダンスもやりたい。それを実現するのが夢。もちろん、ときには疲れてダウンするけれど」
中野さんに、コンテンポラリー(以下コンテ)の専門家としてコンテを踊る姿勢を、女性ダンサーの先輩として子育てとの両立をアドバイスしてもらった。
swissinfo.ch : まずウェアロックさんが振り付けた二つのバリエーションですが、どういう点に注意して踊ればいいでしょうか?
中野 : 二つとも動きが早くテクニックが必要なものです。一つひとつのステップ・動きをつなげるのが難しい。例えば右足をピンと上げて次に左足に移る、その間の移行のステップがうまくできないとロボットのようになってしまう。どのように、流れるように切り替えるか。呼吸の使い方、また足を上げるにしてもどう上げるかです。
「春の祭典」の方は、野性的に踊ってほしい。バレエと言うときれいでポジションで決めて踊るというところがありますが、今回は野性的になるイメージで踊ってもらいたい。
「ディエゴのためのソロ」は、とにかく軽く。ある町に旅行に出かけた青年が、しゃれたカフェなど色々見て、少しずつ新しい発見がある。それは軽い小さな動きで表現し、最後に「あっいいな。やはりここに来てよかった ! 」と満足してワッと、大きな動作で終わる、そういう形で踊ってほしいです。
swissinfo.ch : コンテの動きにあまり慣れていない生徒たちに、「一般にコンテはこう踊ればよい」といったアドバイスがありますか?
中野 : コンテもクラシックと同様、色々なテクニックがある。でもテクニックがうまくなく、ポジション、ポジションができなくても、何よりも自分を出してもらいたい。それぞれの生徒の持つ個性というか、個性に基づき表現したいものを出す踊り方が見てて気持ちがいいし、そういう子に自然に目がいきます。
結局、バレエというのは自分が訴えたいものを持ち、それを出すことに満足する。自分が自分に満足して一生懸命踊っているとそれが輝いているし、見る人はそれを感じるものなのです
私自身もテクニック重視というより、個性を表現できるダンサーになっていきたい。もちろん、「見て美しいこと」はバレエ界の常識ですが、それ以上に何かを出し、表現しようと常に探しながら踊っています。
コンテというのは、振付家が自分の独自な動きを探し創作していくもの。よっていろいろな動きがあり、相性などもありますが、私自身何の作品がきても自分なりに解釈し、何かを表現しようとしています。
ローザンヌのもう一つのバリエーションの振付家、ヨルマ・エロの作品は、スピードが速くピンピンと機械的で、私には踊りにくいものです。でも、実は今それを踊っているのですが、結局はそれを自分でどう踊るかです。私なりの解釈で動きます。
そんなときに出る「私の個性」というか「ダンサーの存在感」というものは、よく人から「ふわりとした雰囲気を出せるダンサーだ」と言われますが、やわらかい、ジゼルのようにふわっとしたものだと思います。
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swissinfo.ch : 最近ローザンヌでもコンテに力を入れています。例えば、クラシックよりもコンテの方に優れている生徒がいた場合、その生徒は将来プロとしてやっていけるでしょうか?
中野 : ヨーロッパではやっていけます。ロンドンのロイヤルバレエなんかは別として、むしろコンテができる人の方を、こっちの人は優先して採用しますね。
でも、すごくコンテが踊れてもクラシックの基礎は必要です。カンパニーのオーディションでは、バー(バーを使ってのクラシックの動き)で踊るものもあり、そこで見られますから。結局、クラシックができてコンテができないというよりも、クラシックはまあまあで、コンテができるという子の方が採用されやすいです。今の時代は。
swissinfo.ch : ここで、子育てと両立されている話に移りたいと思います。上のお嬢さんはもう7歳。まず、ダンサーとしてお子さんを持たれてよかったですか?
中野 : 本当によかったです。その人その人によって違うと思いますが、私の場合は「バレエきちがい」ではないのです。やはりプライベートでも幸せで心が満たされていたら、それがバレエに出てくる。あくまで「私の場合は」ですが。
もちろん、両立するのはすごく大変 ! 保育園でどうしているかなと心配になるし、夜や土日はベビーシッターに預けないといけないし。
でも私にとっては素晴らしいチャレンジ。生きがいを感じながらやっているので、それがエネルギーの源になり、バレエにパッと切り替えて100%集中できるし、家にいるときは家のことだけをする。バレエは一切家に持って帰らない。だから逆に、時間が限られていることで、両方に集中できていいのだと思います。
swissinfo.ch : 表現力が大切とおっしゃっていますが、子どもを持たれたことで、バレエにおいて表現力とか、何かが変わりましたか?
中野 : もともとやわらかい表現力があると言われますが、もっと全体に柔らかくなったと思います。
また、ダンサーとは、常に目標を持ちゴールに向かって「こうやりたい。でもできなかった」といった葛藤がある存在。苦しくて泣いてしまったり。ところが子どもができてから「今日ダメならダメでいいわ。そういう日もあるし」と、割り切れるようになった。大人になったというか・・・
それと、リラックスして楽しく踊れるようになった。今5カ月前に男の子を生んで復帰したばかりですが、本当に踊りが楽しめるようになりました。
swissinfo.ch : 中野さんは、いわばバーゼル州の公務員です。スイスの公務員としての育児休暇制度などのお蔭で、両立できているといったこともありますか?
中野 : もちろんそれもあると思いますが、私の場合はラッキーで、バーゼル劇場の芸術監督ウェアロックも子どもが2人いてファミリー系。それで私を理解して応援してくれた。それが大きいと思います。
swissinfo.ch : 最後に、中野さんは今37歳。今後のダンサーとしての人生設計はいかがですか?
中野 : やめる前にガッと自分が満足できるまで踊りたい。でも何歳まで踊るかは今は言えないですね。どのように体がついていくか分からないし、精神的にどれだけできるかも分からないし。でもとにかく、自分が満足できたときに、パッとやめると思います。一方で、ダンス人生はこれからだという気持ちもあるのですが・・・。
やめた後のことは、まだ模索中です。ただ、これから羽ばたいていく才能ある若いダンサーに、何か今まで私がやってきたバレエ界のことを教えられるといいなとは思っています。
1977年、東京に生まれる。
1992年、ローザンヌ国際バレエコンクールに入賞。ロンドンのロイヤルバレエスクールに入学。
1994~96年、チューリヒ・オペラハウスに所属。
1996~99年、ドイツのケルン・タンツに所属。
1999~2000年、ドイツのザールラント国立劇場に所属。
2001~現在、バーゼル劇場のプリンシパルとして活躍。
このコンクールはローザンヌで1973年、ブランシュバイグ夫妻によって創設された。15~18歳の若いダンサーを対象にした世界最高の国際コンクールで、若いダンサーの登竜門とも言われる。
目的は伸びる才能を見出し、その成長を助けることにある。
今年は、2014年1月26日から2月1日まで開催される。
昨年11月のビデオ審査で、世界35カ国から応募した295人(女子224人、男子71人)中、70人が選ばれた。
日本からは、最多の21人(女子16人、男子5人)がコンクールに出場する。
昨年と同様、二つの年齢グループ(15、16歳と17、18歳)に分かれて5日間の練習を行う。
この練習の点数と1月31日に行われる準決勝の点数の合計で2月1日の決勝進出者が約20人選ばれる。
2月1日の決勝では、この20人の中から7~8人の入賞者が選ばれる。
入賞者は全員同額の奨学金を得て、希望するダンススクールかカンパニーで1年間研修する。
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