カーボンオフセットに頼るスイス、新規則への反応は
アゼルバイジャンの首都バクーで24日、国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)が閉幕した。途上国への支援額や温暖化緩和策をめぐる議論は難航したが、カーボンオフセットの細則は賛否の分かれる手法だったにも関わらず比較的スムーズに採択された。これを頼みの綱とするスイスは合意を喜んでいる。
パリ協定が採択された2015年以降、ある場所での二酸化炭素(CO2)排出を別の場所での排出削減で打ち消す「カーボンオフセット」の取り組みが急増した。多くの場合、オフセットのための排出削減プロジェクトは発展途上国で行う。自らの排出量を相殺し、ネットゼロ(差し引きゼロ)目標を達成したと主張するため、企業も国も積極的に合意を結んできた。スイスはとりわけ導入に熱心だ。実務的な細則はCOP29会期中の23日夜にようやく採択されたが、各国とのオフセット協定は既に10件を超えている。
カーボンクレジットとカーボンオフセット
カーボンクレジットとは、大気への排出を回避したり、大気から除去したりした温室効果ガスの量を示す証明書だ。1クレジットが1トン(CO2換算)の排出回避・除去に相当する。クレジットはお金で買うことも、国や企業の間で売買することもできる。
カーボンオフセットとは、最大限の努力をしても削減しきれなかった温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガス削減活動に投資するなどして相殺(オフセット)するという考え方を指す。オフセット向けの排出削減事業には森林再生やバスの電化、持続可能な農業慣行の導入、CO2回収・貯留(CCS)などがある。
パリ協定6条とは?批判される理由は?
パリ協定6条は排出削減量を国際的に移転する「市場メカニズム」を規定し、二国間協定によるオフセットと、国連が管理する多国間メカニズムによるオフセットを認めている。6条2項外部リンクにより、各国は二国間合意を通じて自国の排出量を国外で相殺し、それによる排出削減を気候行動計画に組み込むことができる。スイスはこの仕組みを率先して実施し、ペルーやガーナ、タイ、チリといった国々と協定を結んできた。
6条4項は国家間だけでなく官民の組織・企業間での排出量相殺・取引を認めている。スイス企業では、小売大手のコープ外部リンク、食品大手のネスレ外部リンク、オンライン通販のディジテック・ギャラクサスなどがクレジットを購入している。
パリ協定以降、オフセット協定は民間でも国家間でも結ばれてきたが、この仕組みの運用方法に関する国際的な指針はCOP29でようやく定められた。その背景として、スイスのオフセット事業開発大手サウスポールの計画が「グリーンウォッシング(見せかけの環境配慮)」を指摘され、炭素市場が打撃を受けたことが挙げられる。規制の緩さが批判され、業界内でも制度への信頼を取り戻すためルールづくりを切望する声が広がった。
二国間オフセットについても、NGOや気候活動家から懸念の声が上がっている。スイスの緊急支援団体、南同盟(Alliance Sud)が最近実施した調査外部リンクによると、スイス・ガーナ間のプロジェクトでは排出削減量が80%近く過大評価されていた。事業内容は、炭の消費が少ないかまどをスイスの資金でガーナの家庭に導入する、というものだった。
英経済紙フィナンシャル・タイムズ外部リンクによると、アントニオ・グテレス国連事務総長のタスクフォースは6月、クレジットを使った排出量の相殺を控えるよう企業に勧告する文書を起草していた。
新たな決定事項
新規則は6条4項の多国間メカニズムについて、オフセット事業の立案者が国連の「6.4監督機関」にプロジェクト登録を申請する仕組みを定めた。クレジットの発行には、同機関とプロジェクト実施国の承認が必要になる。また、プロジェクトには環境上の効果とともに社会・経済的な利益が求められ、脆弱層への影響や人権保護が重視される。
さらに、監督機関は今後、オフセットに関する新たな基準を策定する。
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6条2項では、待望の二国間オフセットに関する規則の下、クレジットの発行や承認をめぐる管理・決定を関係国の政府が担う。なお、二国間協定で発行されるクレジットは「国際的に移転される緩和成果(ITMO)」と呼ばれている。
バクーで合意された細則は非常に実務的な内容で、各国の情報開示義務も定めている。他国が使うITMOの発行を承認したプロジェクトや、オフセットの十全性(質)と認証手法の不備について報告が求められる。
またCOP29では、クレジットを発行・追跡管理する体制を独自に構築できない国向けの登録簿サービスも承認された。
観測筋の見解
カーボンクレジットの開発・発行に携わる民間企業や公共機関は、COP29の結果を歓迎した。炭素市場で近年失われた信頼の回復に役立つと感じたからだ。サウスポールのカロリン・カセア・ディエス上級取締役(パリ協定6条担当)は先週、6条4項の基準は規定や形式が比較的しっかりしており、6条2項の二国間オフセットに携わる国々も結局は同じ基準に合わせる可能性があるとの見方を示した。
一方、気候活動家やNGOの代表らはそれほど楽観的ではない。COP29の1週目、炭素市場の登録簿に関する合意の発表前から手続きが「性急」だと抗議し、パリ協定6条に関する最終的な協議がまたもや密室で行われたと批判していた。
気候NGO、クライメート・ランド・アンビション・アンド・ライツ・アライアンス(CLARA)のケリー・ストーン氏は、6条4項に関する新たな指針について「人権と環境十全性を守る責任を各国政府が自ら負わず、監督機関の一握りの人々に外注した」と批判。6条2項の規則についても「透明性がなく、(オフセットを)二重計上するリスクがあり、人権も守れない」と手厳しい。
国際環境法センター(CIEL)のエリカ・レノン上級弁護士は、今回合意された二国間オフセットの規則は草案段階よりも「劣化」したと語る。「手続きが説明責任を欠き、パリ協定の十全性に重大な瑕疵を生む」
スイスのNGO、ファステンアクツィオン(Fastenaktion)の気候専門家、ダービッド・クネヒト氏は新規則について、プロジェクトに関する情報開示義務はクレジットを承認した場合にしか生じないと強調。承認は手続きの終盤になる可能性があり、不備の蔓延を許しかねないと指摘した。
クネヒト氏はまた、ITMO取引の基準づくりにもコスト上の問題があり、特に発展途上国の負担が大きいと話す。「スイスのような国でさえ、高い基準を維持することは難しい。ただでさえ能力が足りないすべての発展途上国のことは、押して知るべしだ」
スイスにとっての意味
新規則の下、スイスは排出削減を実施する国との間で、6条4項に基づくオフセットの条件をより自立的に定められるようになる。一方、スイスが相殺しなければならないCO2排出量は、現時点で見通しがついている量の倍近くに上る。
スイスのアルベルト・レシュティ環境・エネルギー相は先週、短いながらもバクーに滞在し、スイスにとってオフセット制度がいかに重要かをswissinfo.chに語った。
レシュティ氏は「スイスにとっては自明の理だ。我が国の経済を脱炭素化するには、当面は炭素市場が必要になる」とし、その一例として、航空産業は「合成燃料」が開発されるまでオフセットに頼らざるをえないと述べた。
スイスのフェリックス・ヴェルトリ首席気候交渉官は、10年近い交渉の末、6条2項の細則が採択されたことに満足感をあらわにしている。
ヴェルトリ氏は採択後の長い拍手ののち、「パリ協定のルールブックがようやく完成したということが重要だ。履行可能で効率的な仕組みができた」と語った。
炭素市場専門家のオリビエ・ルジェン氏は、規則が定まった今、スイスなどの先進国は「6条の『お墨付き』を得るため、プロジェクトベースの炭素市場の範囲を拡大する」とみる。
スイスの自動車燃料輸入業者の排出量を相殺するため設立された財団「KliK」の国際部門トップ、マイケル・ブレンワルド氏は、二国間オフセットの手続きは新規則で簡単になると見込む。その一方、相手国側の規定への準拠など、プロジェクト実施前の煩雑な業務には「時間を取られる」と話す。
同氏は、スイスがオフセット計画に適用する社会・経済基準は「極めて厳しい」とも主張する。「スイスは6条2項において、パリ協定の条件を満たすか疑わしい国と絶対に関わらない。他国が6条2項を違ったやり方で使う可能性までは否定できないが、スイスではありえない」
編集:Veronica DeVore、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:宇田薫
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