この少女たちには障がいがあるが、健常者と同様にサッカーができる。そんな彼女たちには18歳で参政権が認められるだろうか?
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スイスでは、障害者が成年後見制度の被後見人になると、参政権が剥奪される。この現状はスイスが2014年に批准した国連の障害者権利条約に反しており、専門家らは障害者の差別解消に向けた取り組みを急いでいる。
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2017/10/25 08:30
スイスにはスイス人でありながら参政権がない人たちがいる。それは、重度かつ長期的な障害のために社会参加が出来ない人たちだ。
自分で身の回りの世話が出来ない障害者は、州の児童・成人者保護局から成年後見制度umfassende Beistandschaft(包括的補助)」)の被補助人に指定される。
そして被補助人は、連邦憲法(第136条)に基づき当局により参政権が剥奪される。
矛盾
しかし同時に、連邦憲法(第34条)ではすべてのスイス国民に参政権が保障されており、矛盾が生じていると言える。
スイスの成人後見制度
インクルージョン・ハンディキャップによると、スイスの障害者は約160万人。広義に「長期的に身体上、精神上の障害がある人」を数えた。日常的な活動や社会的な付き合い、移動、教育訓練や労働に支障がある人々や、障害年金の受給者が含まれる。
当局は、重度かつ長期的な障害のある人を、被補助人(「包括的補助(umfassende Beistandschaft)」)に指定できる。
指定は州の児童および成人者保護局が行う。被補助人に指定されると、参政権が自動的に剥奪される。この点において、スイスは2014年に署名・批准した国連の障害者権利条約に違反している。
スイスにおける被後見人の人数は、連邦レベルでの統計がないため不明。
ヴォー州、ジュネーブ州、ティチーノ州の3州では、障害者は参政権を裁判所で請求できる。しかし投票権は州および基礎自治体レベルに限定され、連邦レベルの国民投票では無効となる。
欧州連合(EU)では28加盟国中約半数の国が、障害者の参政権についてスイスよりも柔軟な制度を導入。オランダ、アイルランド、フィンランドなど数カ国では、障害者に制限が設けられていない。(出典:シュピーゲル・オンライン)
「現在の状況は憲法にも国際法にも抵触する」と、スイスにおける障害者の差別撤廃に詳しいバーゼル大学のマルクス・シェーファー教授外部リンク (憲法学)は話す。
シェーファー氏が国際法違反として指摘するのは国連の障害者権利条約外部リンク だ。この条約は発効から9年が経過し、現在の締約国は174カ国に上る。2014年に批准したスイスにも、障害者の政治的権利の行使を保障した第29条や、障害を理由とした差別を禁じた第5条など同条約の規定を尊守する義務が生じている。
婚姻要件ほどのハードルの低さ
シェーファー氏が最も問題視するのは、障害者を被補助人に指定する過程に、本人が政治的意見を形成・表現する能力があるかどうかを見極める検査が存在しない点だ。「身体・精神に障害のある人は政治的意見を表現できなくなると推測されがちだが、必ずしもそうであるとは限らない」と同氏は指摘する。
スイスの障害者団体を統括する団体インクルージョン・ハンディキャップ外部リンク のキャロリン・ヘス・クライン氏も、国内の規定を批判。障害者に参政権を認める際のハードルはできるだけ低くなければならないと主張する。
どれだけハードルが低くあるべきかという点について、ヘス・クライン氏はあえてハードルが低く設定されている婚姻要件を引き合いに出す。「結婚はかなり私的な権利であり、すべての人に与えられるべき権利だ。連邦裁判所の判決によると、結婚の意味を大まかに知っているだけで十分とされる」
日陰にいる人々
インクルージョン・ハンディキャップは最近、スイスにおける障害者権利条約の実施状況について調べた「Schattenbericht(日陰の報告書)外部リンク 」を発表。報告書では、スイスでいまだ障害者が差別されている事例が多数紹介されているほか、連邦および州レベルでの解決策も提案されている。
「障害者が差別されている点で、スイスの民主的プロセスは完璧とは言えない」とシェーファー氏。民主的プロセスから排除される人が多ければ多いほど、その制度は非民主的であり、同様のことは女性参政権の導入以前に関しても言えるという。
「これには政治文化も関わってくる」とシェーファー氏は付け加える。「1971年の国民投票では女性参政権の導入の是非が問われた。今の時代、この投票の正当性を疑う人は誰もいない。数年後には、障害者の参政権に反対する人がいなくなっていればよいと思う」
国際レベルでも
シェーファー氏は障害者の権利平等を目指し、スイスで率先して活動してきた。現在は、障害者権利条約の実施状況を監視するために設立された国連委員会外部リンク の役員に立候補外部リンク し、国外にも活動の幅を広げようとしている。2018年6月1日に行われる役員選挙では、全役員18人のうち9人が入れ替わる。
この委員会は、加盟国における条約の実施状況を監視し、条約の内容がすべて実施されているかをチェックする。実施できていない点があれば、加盟国に勧告を出す。
シェーファー氏はスイスインフォの電話取材を受けた際、居住地のスイス・バーゼルではなく、国連本部のある米ニューヨークに滞在中だった。役員選挙のため、現地で選挙活動をしていたからだ。ヘス・クライン氏も同じくニューヨークに滞在していた。
スイスにとってもメリット
「国連の規定では、役員の候補者は障害者団体からの支持が必要だ」とヘス・クライン氏。「シェーファー氏が選任されれば、委員会は人権についての知識を高めることが出来る。そうすると委員会の信頼性も高まるだろう」とヘス・クライン氏は強調する。
シェーファー氏とヘス・クライン氏はニューヨークとジュネーブを行き来しながら選挙活動を行い、投票人全174人からできるだけ多くの票を得ようと奔走している。役員選挙への期待は大きい。「役員に当選すれば、スイスの障害者は自分たちの関心事を政治的プロセスに持ち込みやすくなる」とシェーファー氏は意気込む。
他にも期待できることがある。それは、スイスの当局が障害者の差別撤廃に関して、より一層意識を高めるようになるかもしれないことだ。
スイスが障害者の参政権を制限する理由
障害により判断能力を欠く状態が続く人は、スイスでは国民投票を含む参政権を持たない。その背景には、政治的意見を形成できない人は、自分の意思やその影響範囲を認識することができないという前提がある。
スイスはなぜ批判されながらも判断力のない人に参政権を与えてこなかったのか?その一因として、直接民主制では議題に関する深い理解が求められることがある。他の国と異なり、スイスには選挙の投票だけではなくイニシアチブ(国民発議)やレファレンダムもある。そのため専門家は、法的には間接民主制よりも複雑な判断をしなければならない、と指摘する。また、障害者が意見形成において後見人などの影響を受けやすいことも参政権を制限する理由の一つだ。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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女性参政権の導入が大幅に遅れたスイス。徴兵制の存在がその原因の一つなのか?スイス出身の政治・歴史学者、レグラ・シュテンプフリ氏に話を聞いた。
シュテンプフリ氏は1999年に発表した博士論文「Mit der Schürze in die Landesverteidigung(エプロン姿の国家防衛)」の中で、1914年から45年にかけてのスイスにおける軍事政策と女性政策の関係性を調査した。スイスインフォは著名知識人であるシュテンプフリ氏に、市民の権利と義務との結びつきについて話を聞いた。
スイスインフォ: 1971年、スイスでようやく女性参政権が認められました。導入の遅れは徴兵制が原因だったのでしょうか?
レグラ・シュテンプフリ: それが一因だったのは間違いない。だが、他にも直接民主制の影響があった。女性参政権を認めるにも男性の過半数の賛成が必要だったのだ。しかし、徴兵制が密接に関係していたのも確かだ。スイスでは、武器を持った男性たちが何世紀ものあいだ戦争と平和に関する決定権を握っていた。戦争決定に関する意思表示の権利は、兵役という義務と表裏一体の関係にあったのだ。それが女性の参政権獲得の大幅な遅れにつながった。ちなみにスイスの女性たちは、公に平等の権利を獲得する前からもしっかりと国の制度に組み込まれていた。
スイスインフォ: つまり、女性が抑圧されていたというよりは、参政権と兵役義務が切り離せないものだったという意味ですか?
シュテンプフリ: その通り!いずれにせよ歴史は見直される必要がある。自分も博士論文やその他の著作でそれを試みてきた。女性を甘く見ないように!
スイスインフォ: ヴァレー州ウンテルベッヒの町議会は1957年、ある動議に関して女性に非公式の投票権を与えました。その動議のテーマは、女性の民間役務(兵役の代わりとしての社会奉仕活動)の義務導入。これは単なる偶然ではありませんね?
シュテンプフリ: そう、決して偶然ではない。興味深いのは、そもそも直接民主制、いや、民主主義そのものが、社会的排除から社会的包摂(社会的弱者を含めあらゆる市民を社会の一員として取り込むこと)へと発展する点だ。
スイスインフォ: どういう意味でしょう。
シュテンプフリ: つまり、参政権は社会的マイノリティの間に徐々に広がっていくということ。たとえばフランスの場合ならばアルジェリア出身者といった外国人。ドイツでは、プロイセンで行われていた三級選挙法(納税額の多い順に有権者を1〜3次まで区分した、高額納税者層に有利な選挙方式)が1918年に男子普通選挙制に改められ、ワイマール憲法でついに女性参政権を認めるに至った。
それに対し、スイスの民主主義で常に重視されてきたのは権利と義務の概念。これは、1848年に連邦憲法が成立して以来、女性の女権論者たちが「女性は選挙権と引き換えに兵役に就く必要はない。我々はすでに母としての義務を果たしている。出産育児は兵役以上の社会貢献であり、一種の民間役務だ。したがって女性が参政権を持つのは当然だ」と主張してきたことからも分かる。欧州初の女性法律家であるスイス人、エミリー・ケンピン・シュピーリもその一人だ。
スイスの民主主義は、軍事面に関してもそうだが自由主義的な制度面でも、権利と義務の長い伝統を基盤としている。ところがこれは今日、直接民主制の議論のなかで置き去りにされがちな点でもある。「国家からの自由」、つまり国家を操作するというメンタリティがあまりに安易に実践されている一方で、「国家への自由」、つまり国家への義務を果たすのは「持たざる者」ばかりという状況になっている。
スイスインフォ: スイスにも外国人が自治体・州レベルで投票できる地域がありますが、女性と同じく兵役義務は課せられません。筋が通らないのでは?
シュテンプフリ: ああ、その時代遅れで馬鹿げた主張は聞き飽きた。スイスに住んで税金を納めている以上、政治参加する権利もあるはずだ。ただ、スイスに住む者は全員なんらかの社会奉仕活動をすべきということは、私も以前から言っている。これは啓蒙思想の系譜に連なる考えであり、この点において自分は保守的革命家と言えるかもしれない。誰が国家に帰属するのかしないのか、その議論はもう2世紀以上も続いている。すでに近代フランスのサロンでも女性参政権を求める声があった。それを忘れないように!ユダヤ人というマイノリティの人権問題もかなり早くに取り上げられていた。そして実際、フランス革命後にユダヤ人に市民権が与えられた。
ところがこれらの概念はすべて、「民主主義とは何か」という意識の中からいつのまにか消えてしまった。民主主義においては生物学上の違いや出身地、年齢は重要ではない。民主主義とは、共同で事に当たる平等な人間により作られるものだ。その人が「誰か」ではなく、その人が「何をするか」、それが大事なのだ。したがって、ここに住み、働き、地域社会に参加している人間に参政権を与えるのは当然だと考える。
そういう意味で、19世紀というのは世界史において事実上の「中世」だったと言える。あの時代に世界はきわめて非民主主義的で差別的なものを背負わされてしまった。それ以降、世界政治は国家主義と男性優位主義によって決定されている。この二つの組み合わせがファシズムを産んだのだ。これらすべてについて、今、議論されなくてはならない。
民主主義において権利と義務は一体だと考えますか?コメント欄に皆さんのご意見をお寄せください。レグラ・シュテンプフリ
レグラ・シュテンプフリ(哲学博士、コーチングスペシャリスト)。歴史、政治哲学、政治学およびジャーナリズムを専攻。1999年ベルン大学で博士号を取得。博士論文「Mit der Schürze in die Landesverteidigung, 1914-1945, Staat, Wehrpflicht und Geschlecht(エプロン姿の国家防衛――1914〜1945年。国家、兵役とジェンダー)」は2002年に出版された。以後、民主主義、欧州の政治参加、ハンナ・アーレント派政治哲学およびデジタル化社会などをテーマに、7本の研究論文を発表している。専門家、講師、著者としてスイスならびに欧州で活動中。ドイツ語圏メディアへの登場も多く、鋭い切り口のコラムで知られる。欧州連合(EU)の首都ブリュッセルで数年を過ごし、スイスに帰国後も自称「民主主義の出張販売員」としてドイツ、フランス、オランダ、英、ベルギーなどの国々を勢力的に飛び回る。
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