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「スイス版ChatGPT」、無人運転車解禁…2025年スイスのAI最新動向

スイスでは2025年、人工知能(AI)のアルゴリズムを多用するソーシャルメディアへの規制が強化される
スイスでは2025年、人工知能(AI)のアルゴリズムを多用するソーシャルメディアへの規制が強化される Keystone / Urs Flueeler

医療などに特化した「スイス版ChatGPT」、無人運転車の一部解禁――。スイスの人工知能(AI)開発分野は今年、大きく変化する。DXの権威マイケル・ウェイド氏がその動向を分析した。

スイスにおけるAIの発展は、この1年で大きく加速した。連邦政府は先月20日~24日にスイス東部ダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で、スイスを責任ある包括的で透明性の高いAIのパイオニアに位置づけると明言した。スイス当局も、昨年5月に採択された欧州連合(EU)のAI法案に押される形で、AIによる差別や監視などのリスクを最小限に抑える政令案を今年中に提出すると発表した。

さらにスイスは今年、デジタルプラットフォームの規制法を新たに作る。フェイスブックやX(旧ツイッター)、インスタグラム、ティックトックなどのソーシャルメディア上で拡散される偽情報や暴力的コンテンツを排除することが狙いだ。利用者の権利強化のほか、フィード上に表示されるコンテンツの透明性強化も求める。 もう1つの大きな変化は、道路での自動運転車利用が法的に認められたことだ。

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さらにテクノロジーの分野では、政府とスイス連邦工科大学が、戦略的分野に特化した「スイス版ChatGPT」を開発している。

こうしたスイスの2025年のAI動向について、DX(デジタルトランスフォーメーション)専門家のマイケル・ウェイド氏が解説する。同氏は国際経営開発研究所(IMD、ローザンヌ)の教授で、TONOMUSデジタル・AIトランスフォーメーション・グローバルセンターのディレクターも務める。

1. スイス版のAI規制へ

スイス政府はAI規制を今年の重要課題に据えた。「2025年版デジタル・スイス戦略外部リンク」の中で、イノベーションと国の競争力を促進すると同時に、人権と民主主義をAIの脅威から守るルールがいかに重要であるかを強調した。

政府が特定の技術分野を規制するのは今回が初めてではない。暗号通貨に関するスイスの規制外部リンクは世界最先端だ。スイスは2023年末にAI規制の導入を決めたが、それまでは二の足を踏んでいた。風向きが変わったのは、欧州連合(EU)のAI規制法の影響が大きい。厳罰付きの同法が発効すれば、EU非加盟国のスイスも欧州市場に参画するために従わざるを得ないからだ。

アルベルト・レシュティ環境・交通・エネルギー・通信相外部リンクは、今年初めに規制法草案を提示する予定だと述べた。当初の予定より遅れているが、何もしないよりましだとウェイド氏は言う。「AIを野放しにするのは、新開発の薬や治療法を安全性も確かめずに市場に出すようなものだ」

2. デジタルプラットフォームの規制強化

グーグルやフェイスブック、ユーチューブ、Xといった主要ソーシャルプラットフォームへの規制強化も予定される。政府の規制法案作りを追うNGO「アルゴリズムウォッチCH」の活動家アンゲラ・ミュラー氏とエステル・パナティエ氏によると、法案は年初に発表される予定だ。

両氏は「社会と民主主義を利する建設的な言論空間を確保するためには、(ユーザーである)私たちが主導し、こうしたプラットフォームにおけるルールを確立する必要がある」と言う。

主要ソーシャルプラットフォームは、発信される情報やエンターテイメントコンテンツだけでなく、フェイクニュースやディープフェイク(生成AIで合成された画像や動画)、偽情報、ヘイトスピーチ、暴力に対しても責任を負う。こうしたプラットフォームはAIを駆使してより注目を集め、世論形成への影響を強めている。だがAIのアルゴリズムは、民間企業が独自に設定した不透明なルールに従っていることが多い。

EUは対策措置としてデジタルサービス法(DSA)とデジタル市場法(DMA)を作った。これらの法により、加盟国はソーシャルプラットフォームに対し有害コンテンツへの対策を義務づけることができる。米IT大手メタは最近、フェイスブックやインスタグラムなどで行ってきた第三者による投稿内容のファクトチェック(事実確認)を国内で廃止することを発表したが、EUは即座に対応外部リンクし、欧州で同様の措置を取る場合は欧州委員会にリスク評価を提出する必要があると警告した。

ウェイド氏は、企業は自ら倫理ガイドラインを設け、安全かつ責任あるAI利用を保証すべきだと話す。しかし「残念ながらシリコンバレーでは、多くの企業が逆方向に進んでいる」という。

3. 自動運転車にゴーサイン

スイスでは2025年3月1日以降、州が定める特定の区間であれば自動運転車の走行が認められる。高速道路でのオートパイロット機能の使用も可能になるが、人間が運転席に座っていることが条件となる。

自動運転の要はAIだ。AIのアルゴリズムが私たちの目、脳、腕、脚となり、あらゆる状況を察知して操縦・対処する。ただ、今回は完全な自律走行の実現へはあと一歩届かなかった。管制センターから遠隔監視する車両のみ認められる。

自動運転のメリットは多岐にわたる。交通事故原因の95%に上る人為的なミスを未然に回避でき、道路交通の安全性の大幅な改善が見込まれる。高齢者や障がい者の移動も容易になる。一方で、都市部など交通量や歩行者が多く、不測の事態が起こりやすい場所での対応力はまだ十分とはいえない。

ウェイド氏は「今以上の投資と、テクノロジー企業のさらなる努力が求められる。しかしスイスでは、まだその段階に達していない」と話す。自動運転車で最先端を走るのは米国と中国だ。既に無人の自動運転タクシーが導入され、両国とも開発に数十億ドル(数千億円)投資している。

4. 進む「スイス版ChatGPT」開発

スイスはまた、科学、教育、ヘルスケア、ロボット工学、気候研究などの分野に特化した大規模言語モデル(LLM)を開発中だ。ただし、米オープンAIのChatGPTのように全ての質問に答えられる汎用の対話型AIモデルの複製が目的ではない。ヘルスケアや製薬など、スイスが得意とし付加価値を提供できる分野に焦点を当てる。

ウェイド氏は「同じような生成AIを作る必要はない。私たちに必要なのは、より正確で安価な環境に優しいAIモデルだ」と言う。

AI開発を支えるスーパーコンピューターは膨大なエネルギーを要し、環境への負担は無視できない。次の記事では、スイスがこの問題にどう取り組んでいるかを紹介する。

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一部の民間企業が密室で開発・運営する不透明なシステムにスイスが依存しなくても済むよう、連邦工科大学が開発に協力する。連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の自然言語処理システム研究グループ長で、スイスAIイニシアチブ運営委員会のメンバーであるアントワーヌ・ボセリュー氏は「スイスにはインフラも世界有数の頭脳も揃っている。私たちなら、社会的に重要な分野の技術開発を推進し、スイスの価値観と合致したシステムを開発できる」と語る。

プロジェクトは既に一部運用が開始され、医学外部リンクなど様々な分野で応用に向けた革新的なモデルを生み出している。夏までには「スイス版ChatGPT」や生物医学や気象学に特化した新ツールもお目見えする予定だ。しかしウェイド氏は、こうしたスイスの取り組みが、より信頼性の高いAIツールへのシフトを即座に起こすとは考えにくいと分析する。開発の範囲、規模、リソースのどれを取っても、米国などの国に対抗するのは難しいという。

「他の多くの国と同様、スイスはいまだ国外、特に米国の技術に大きく依存している。この傾向は今年も続くだろう」

編集Veronica De Vore、独語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫


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