スイス人記者が見る日本
アジア歴30年。ウルス・シェッテリ氏は日本を始め、インド、中国など特派員を勤めたベテラン記者だ。国際政治の動向に造詣が深い同氏にスイス人記者から見た日本、そしてアジアの中の日本について話を聞いた。
シェッテリ氏の特派員としての日本での駐在は1999年から2003年まで。現在は中国特派員として活躍するが、夫人と共に日本が気に入っているため、本宅は今だに東京に構えている親日派記者だ。
インテリが読む世界の高級紙との定評の高いドイツ語圏の日刊紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ/発行部数は2004年で約16万部)はスイス国外でも広く読まれている。そのNZZ特派員として日本と中国を行き来する、多忙なシェッテリ氏を東京の外国人記者クラブでつかまえた。
swissinfo: 現在は中国の特派員として記事を書かれています。欧州では中国ブームのようですが、将来の中国はどのように発展するとみていますか?
シェッテリ : 個人的な見解ですが、中国が米国のような「スーパー・パワー」になるとは思いません。もちろん、「ビック・パワー」にはなるでしょうが。
中国をよく見てみると貧困層が8億人、中間層でも月収10万円程度で日本とは比べられません。上海に行けば都心でも貧民街がありますしね。外国為替の財源、輸出額、外国の直接投資額などを比較すると中国は日本を抜いていますが、人口比では違います。
中国の抱えている問題は多大です。環境問題、水問題、社会格差や賄賂の横行など、どの問題も非常に深刻です。平和的な発展があると希望していますが、今後の経済発展には政治的安定が必須です。しかし、日本と違って国民的団結が欠けている国の将来に不安要因が多過ぎます。
swissinfo: 現在、日本と中国の政治関係はギクシャクしていますがこれをどう受け止めますか?
シェッテリ: 中国からみれば、小泉首相の靖国参拝は「挑発」と受け止められるのでしょう。中国は日本の歴史教科書問題に口を出し、すると、日本は「それなら、そちらの教科書も直せ」と反撃しますが、一党独裁の国で毛沢東を殺人者として扱うわけにはいかないのです。大きな政治問題に発展しますからね。この点を日本は分かってあげなければなりません。結果的には侵略したのは日本ですし、中国には深い屈辱の思いが残っているのです。
また、靖国問題はかえって中国に政治的に利用される危険があるのではないでしょうか。
swissinfo: 現在、『アジアのチャレンジ』という国際関係の本を執筆中とのことですが、国際情勢のなかの日本をどうみますか?
シェッテリ: 北朝鮮問題でもみられますが、日本は国力に比べて「外交的に存在が皆無」であるのが問題です。国際関係上の方向性が見えてきませんし、もっと国際パワーとして成長しなければなりません。海外にいる日本人のコミュニティーが弱いこともあります。日本はアジアでも本当に特殊な国だと思います。
swissinfo: どこが、特殊なのでしょうか?
シェッテリ: まず、第1に日本はどこの国にも似ていません。例えば、インドがパキスタンに似ているように何処の国でも似通った文化などがあるものです。この意味で日本のアイデンティティーはかなり強い。日本人の美意識などそのユニークさが現れます。
第2に日本は成功したため、イメージを売らなくても製品がよく売れます。ですから、他の国のようにロビー活動をしない、またはする必要がないのが特徴です。だから、反対に自分を売るのが下手なのです。
第3に日本のエリートは非常に西洋的で、日本にいるとアジアにいるという感じがしません。それと、非常に閉ざされた社会であるということです。アジアで社会に同化するにはその国が好きならインドでも中国でも簡単です。しかし、日本では仏教の専門家でも陶器の名人でも、日本人でなければ受け入れてもらえません。
島国で、長い伝統があるため、自己完結しているのでしょう。一つの国としてのまとまりの強さも凄いです。スイスなどスイス人同士、共通するところがないのですが、実用的だから仕方なく連邦制でまとまっているのですがね…。
swissinfo: スイスでの日本に関する報道は偏っていると思いますか?
シェッテリ: これは、スイスに限らず欧州のメディアの問題です。センセーショナルなことを追う傾向にあるのです。私のアプローチは偏見から離れることです。例えば、日本人は想像に反して、凄く個人主義だと思います。それは、多くの日本人が趣味に極めて卓越していることに現れていると思います。
欧州は日本の真の成功をまだ、理解していないと思います。例えば、ロボット犬が発明された時、欧州の友人はそれを「こっけい」と受け取ったようです。しかし、これは技術の応用がいかに速いかの良い例です。愛知万博のトヨタ館ではロボットのジャズバンドがありました。欧州ではこれを一種のゲームか遊びと勘違いしていますが、これは凄いステップなのです。今、世界の10年後を覗きたい人は、日本の企業を見なければなりません。
swissinfo: 日本の最近の事件、報道で面白いと思うものはありますか?
シェッテリ: 報道の面で、日本の事件などで特殊だと感じるのは長いこと隠れていた事件が明るみに出ると当事者が自殺したりすることが多いこと。鳥が死んでいることを隠していた、神戸の家禽(かきん)飼育所のオーナーが自殺した事件など本当にびっくりしました。
それから、日本は中流社会ではなくなって格差が広がったと最近報道されていますが、欧州などと比べるとまだまだ平等な社会といえるでしょう。日本で車を見れば分かります。また、金持ちが貧乏人に威張ったり、他の国で起こっていることが見られません。相手の顔を見る、お互い尊敬するところに真の文明社会を感じます。
天皇後継者問題にしても、この問題自体が話し合われているのが信じられません。大昔から解決されていることを…その意味で日本人には古い伝統が根付いているのだなあと感じます。
swissinfo: 日本で外国人記者として難しいことはありますか?
シェッテリ: 記者クラブの制度で外国人は入れないというのは、本当に排他的な制度だと思います。重要な会見などは「外国人は2人まで」などと決まっていたり、困ることは多いです。
その他に、日本で特に難しいと思うのはインタビューなどで自分の意見を言うのにちゅうちょする人が多いということ。「出る杭は打たれる」ではないですが、ヒエラルキーが大切で「これはボスでないと言えません」という答えが多いことですね。
swissinfo: 最後に日本の政治についての感想をお聞かせ下さい。
シェッテリ: 日本の政治は小泉政権以来、本当に変わりました。首相になった当初から、今までの古株の政治家とは違うと感じました。良い例として、1991年の湾岸戦争では日本政府は全てお金を払ったのに対し、今回のアフガニスタン戦争では物質支援や技術支援に徹しています。
小泉首相が政治の天才というか、権謀術策に優れていると舌を巻いたのは去年9月の総選挙の時でした。印象的だったのは9月11日に日本、9月18日にドイツで対照的な選挙が行なわれました。
小泉首相は郵政改革を武器に「これが私のプログラムだ。過半数がなければ止める」と押し通し、自らの政党にも宣戦布告をした何とも巧妙な戦術を取りました。野党の民主党までが、昔のシステムを保護する側に回ってしまったのです。
これに反し、ドイツではプログラムもあやふやで結果的には連立政権を取る弱い政府になってしまいました。小泉首相が退陣したいということもユニークです。ドイツではシュレーイダー(前)首相はいつまでも権力にしがみつこうとしていましたからね。郵貯の改革を通して、日本では新しい認識が生まれるのではないでしょうか。郵便貯金の額は日本の国力を示すよい例です。日本人の団結力を考えると、日本はまだまだ底力があると思います。
swissinfo、 聞き手 屋山明乃(ややまあけの)
<ウルス・シェッテリ氏略歴>
- 1948年バーゼル生まれ。バーゼル大学で哲学を勉強し、ロンドンの国際自由政党連盟に勤めた後、1983年にスイス、NZZ紙に入社。インドの特派員を勤めた後、ドイツのフリードリック・ナウマン財団でスペイン、ポルトガル、オーストリア、モスクワなどで任務を果たす。この後、1996年からNZZ紙に戻り特派員として、香港、日本(1999年から)、中国(2002年から)を主にカバーする。
- 同氏はこれまでも数多くの東南アジアの民主化、発展政策、国際関係問題、市民社会や環境問題に関する本を出版している。
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