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神経科学者は心を読める?

過去15年間で脳のさまざまな部分の特定機能の解明は大きな進歩を遂げた null

高性能の画像化技術によって、人間の脳の働きの解明は大きな進歩を遂げた。しかしこれは、自分の心の中を他人に調べられる心配をする必要があるということだろうか?

「ブレイン・ウィーク ( Brain Week ) 」の一環として、3月中旬に開催された討論会で、神経科学の専門家が脳内の秘密の解明とそれに伴う倫理的な問題について議論した。

心の奥底に秘められた考え

 「欧州脳科学ダナ連合 ( The European Dana Alliance for the Brain) 」によるブレイン・ウィークは、過去12年間ヨーロッパで開催されてきた。同連合は脳科学研究の重要性に対する一般人の理解を深めることを目的としており、3月16日から21日の間、スイスの7都市で関連行事が行われた。

ジュネーブ大学神経科学センターの責任者パトリック・ビュイユミエール氏は、神経科学は、高性能の「磁気共鳴映像法 ( MRI ) 」の開発によって、過去15年の間に目覚ましい発展を遂げたと、ジュネーブ大学で300人以上の聴衆を前に語った。
「過去15年間で、脳のさまざまな部分の特定の働きについての解明が大きな進歩を遂げました。しかし現在のところ何も心配する必要はありません」
 
神経科学者は、異なる種類の記憶にリンクした脳の活動を測定できるが、現在の技術では、われわれの心の奥底にある思考を解明し、取り出すにはまだ長い時間がかかるとビュイユミエール氏は説明した。

脳内調査

 脳のほとんどの領域については、これまですでに多くの研究報告がなされている。人間の脳が音や声をどう識別するか、また人間の視覚システムが物体、形、顔をどのように認識するか、顔の表情や目つきなどで表現される感情や対人関係における合図をどのように知覚し、反応するかなどについてかなり解明されている。

 大幅に進んでいる研究分野は、MRIによって映し出された画像の集合体としてのピクセルが持つパターンに基づいて、その画像が何を表わしているのかをコンピュータに認識させる「画像認識・分類」だ。2008年3月にカリフォルニア大学の研究チームが脳内の情報を解析するモデルを作成した。同チームは、脳の活動を観察するだけで、被験者がさまざまな物を見ているときに注目した特定の物質のイメージを識別することに成功した。

 その数カ月後には日本人の脳科学者がさらに先を行く成果を挙げた。まず脳スキャンの装置に横たわる被験者が見ている画像を識別し、次に単純な幾何学模様だが、スクリーン上で同じ画像の復元に成功した。

音と空間

 音と声に対する脳の反応を解読する研究もまた発達を遂げたとビュイユミエール氏は言う。
「母音の音やイントネーションから、話し手を聞き分けることや、その人が怒っているのか悲しいのか聞き分けることは可能です」
 今年に入ってロンドン大学の英国人科学者が、空間の記憶についての研究を出版した。それによると、ある場所にいた被験者がその記憶を呼び起こしている間に、海馬と呼ばれる記憶をつかさどる脳の部分で行われる活動のパターンを調べることによって、被験者がいた位置を正確に推察できる。

 これは、記憶の作成、保存、復元がどのように行われるかを研究することを目的とした調査の一部で、将来脳内の記憶の中の画像がどのように扱われるべきか、そして人間のプライバシーを保護するための安全策についての倫理的論争を引き起こした。

倫理的な問題

 神経科学界における倫理論争、特に責任と自由意思についての論議は今も続いているとビュイユミエール氏は言う。
「現在問題になっている最大の争点は脳内の記憶の中にある情報の乱用です。調査内容を拡大解釈する危険性があります」

 最近では、アメリカの法廷で弁護士が依頼人のために、相手方の感情の反応を脳スキャンで調べることを要求したという事例があった。しかし、科学はまだその段階には達していないとビュイユミエール氏は指摘する。画像化技術の限界は結局のところ、人間の脳の複雑さとスピードに左右される。

「ほとんどのMRI技術で測定できるのは、さまざまなピクセルサイズで表したエネルギーの変化や、何万もの神経が存在し、それぞれの神経がわれわれの精神状態の側面に影響を及ぼす脳の部分の数か所だけです。従ってすべてを正確に解明することは不可能です」
とビュイユミエール氏は語った。

 そして現在、研究者が測定できるのは、1秒から5秒間もかかる比較的遅い脳の活動の変化だけだ。
「考えることはもっと速くできます」
 とビュイユミエール氏は言う。

読心術ではない

 ジュネーブ大学の生命倫理学のアレクサンドル・マウロン教授も、最近の神経科学の発展は読心術と全く関係ないと聴衆に説明した。
「読心術は幻想です。ある日機械がわれわれの世界、心の中のスクリーンに突如侵入して私たちの心の奥底にある思考を読み取ってしまうというのは幻想です。私たちは、最悪の全体主義体制の下でも今まで誰も冒すことのできなかった思想の自由という伝統を持っているため、こうした幻想に恐怖を感じるのです」
 とマウロン氏は語った。

 問題は、われわれの文化が体と脳を、魂または思考から分離させるデカルト的二元論によって感化されていることだ。われわれ自身をこの考え方から引き離すのは非常に難しいとマウロン氏は指摘する。

「思考、感情、精神状態、選択において、私たちが普通に使用している言語に頼った心理分析が、神経科学で使用される最新技術からますますかけ離れ、『民間心理学』になる日がくるかもしれません」

swissinfo、サイモン・ブラッドレー 笠原浩美 ( かさはら ひろみ ) 訳

スイスの神経科学界は急速な発達を遂げた。「スイス神経科学学会 ( The Swiss Society Neuroscience ) 」の会員数は1000人以上。
ジュネーブ大学、ローザンヌ大学、これら2大学の付属病院、ローザンヌ連邦工科大学 ( ETHL ) で、80以上の神経科学者グループが緊密に協力と交流を行っている。
チューリヒにも合同神経科学センターがあり、チューリヒ連邦工科大学 ( ETHZ ) とチューリヒ大学の440人余の神経科学者からなる約100の研究グループが交流を行い、相乗効果を生みだしている。
スイスは神経科学研究とインフラが発達しているため、第6回欧州神経科学フォーラムの開催地に選ばれた。

人体の組織や機能を画像化するために主に医療分野で最も一般的に使用されている技術。体のさまざまな軟組織の識別に特に有効で、神経、筋骨格、心臓血管、がんの画像化に多用される。
強力な磁場を使い、人体を構成する水分の中にある水素原子核に働きかける。この水素原子核が発する信号を変換し、人体内部を画像化する。
拡散MRIは、水分子の特性である神経線維の軸に沿って動く傾向などを利用する。
機能MRIは、血流を測定することで脳の特定部位がいつ活動するかを見ることができるが、神経回路は表示しない。

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