農業経営者は生物多様性の効用を利用すべき
チューリヒ大学とオクスフォード大学の共同研究による、生物多様性の農業への効用はこれまで過小評価されていたという報告が英科学誌「ネイチャー」7月号に発表された。
「農地のフロラやファウナを広げるだけで作物の生産量を上げられる」と著者が説明。5月にはスイス農業が生物多様性を破壊していると警告する別の研究結果も出ただけに、注目されそうだ。
これまでの研究は、水循環の維持、気候の制御、土壌の形成と制御、二酸化炭素排出の防止といった生態系(エコシステム)がその機能を通じて環境に寄与する役割である「エコシステムサービス ( Ecosystem services ) 」に注目し、個々の役割が回復されるにはどういった種類の動物や植物が役立っているかといったリサーチが主だった。
しかし、今回の研究は反対に様々なエコシステムサービスを総合的に観察することによって、1つの種が多くのエコシステムサービスに貢献しているという結果が出た。そればかりか、多くの種が共存しているほどより多くのエコシステムサービスが提供されることが分かり、種の間の持続的な相互作用の重要性が浮き彫りとなった。
チューリヒ大学環境科学研究所のアンディ・へクター教授は「この研究でこれまでは生態系の多様性の重要さが過小評価されていたことが分かった。幅広い視野で眺めてみると、生物多様性の必要とする多様性はもっと高いものだ」と語る。
環境保護の観点
へクター教授はこの研究成果により農家が環境を保護しながら、生産性を下げない手助けになると考える。農地にさらなる多くの種を組み合わせることによって自然界からの生態系の役割を享受することができるからだ。
「化学肥料や殺虫剤を使用することでもちろん、農地の生産力を上げることができます。しかし、これらのコストは無視できないし、化学肥料が水を汚染するといったマイナスの影響も避けられない。研究は相互関係のある種を導入することで、近くの小川に化学肥料から浸透した窒素が流れ込むといった負担がなく、満足いく生産力を得ることができると提案しているのです」と同教授。
「農家にも環境にも良策という解決法を探しているのです。大規模な農業をしながら、虫類や鳥類にやさしく、作物に有害な害虫を天敵に食べさせるといった自然界の防虫作用を促すのです」
干草作りの例
今年5月に発表されたスイス農業政策に関する報告では、1990年代中期からのアルプスのフロラやファウナの減少に注目し、農業補助金のあり方を問題にしている。著者のマーカス・フィッシャー氏は同報告で「生物多様性が多ければ多いほど、その土地からエコシステムサービスを享受することができる。それは、土地の侵食からの保護だったり、自然災害への保護だったり、きれいな水循環の維持だったりする」と指摘している。
前述のへクター教授の研究では、バーゼル州のルプジンゲン地方で牧草地での実験研究も行った。「このスイスの実験地は生物多様性に強く反応した例でした。多くの種を導入した実験区は生産性が高く、毎年、更に多くの収穫となりました。毎回、生物多様性を半分に減らした実験区では干草の生産は平均1平方メートルで80グラム減という結果が出ました」と語った。
swissinfo、マシュウ・アレン 屋山 明乃 ( ややま あけの ) 意訳
科学者は現在、地球上に1000万から最大で1億種の生物(植物、動物)が存在すると推計している。
国際自然保護連合(IUCN)によると、世界で毎年、2700種が絶滅しており、哺乳類の24%、鳥類の12%が絶滅の危機に瀕している。
1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミット(環境と開発に関する国連会議)で「生物多様性条約」が採択された。
スイスはこの条約を1994年に批准した。
- 生物多様性には遺伝的多様性、多種多様性、生態系多様性の3つが含まれる。
1) 遺伝的多様性とは同じ1種の中でも違った遺伝形質の多様性を指す。
2) 多種多様性とは例えば、生物の個体群や種の多様性、また、その種が果たす役割のこと。1つのエコシステムにおける、種間の多様性を指す。
3) 生態系多様性とは、種の間の持続的な相互作用の多様性を指す。それぞれの生態系の中で、生きている生物は全体を構成する一部であり、相互に影響しあっている。
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