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利己主義と利他主義のバランスを求めて

フェール氏は従来の経済理論を揺るがした Keystone/Universität Zürich

今年の「マルセル・ベノイスト賞」を受賞したチューリヒ大学のエコノミスト、エルンスト・フェール教授は、個人の欲望と同様に利他主義も人間の原動力になり得ると語る。

フェール氏は、私利の追及が人間の主要な原動力だという従来の説を覆した研究で、11月27日にスイスのノーベル賞ともいえる同賞を受賞した。金融危機の原因は個人による私利の追求ではなく緩い規制構造にあり、私欲は社会に役立つ目的へ振り向けることができるとフェール氏は主張する。

swissinfo :  社会において利他主義は私利の追求と同じくらい重要な役割を果たすということですが。

フェール  :  100年もの間エコノミストは、人間はみな非常に利己的だと考えてきました。ただ、人間の行動に影響を与える動機がほかにあるかどうか調べるための科学的な方法もありませんでした。しかし現在は人間がいかに利己的かつ利他的であるかを示すことができる科学的な方法があります。

ほとんどの人間にとって、自己の利益は自分の行動を左右する大きな動機の1つです。しかし利他主義のようなほかの動機もあるという事実は、経済面や社会面において重要な役割を果たします。

swissinfo :  それをどうやって証明するのですか

フェール :  現実社会において人びとは法律のみに従うと論ずることができます。そうしなければ警察や裁判官に罰せられるからです。

しかし実験では、法律に従わなくてはならないという状況と、懲罰を逃れるために逃亡できるという状況の2つを設定します。もし後者の状況におかれた人があえて逃亡しないとすると、それは彼がある種の非利己主義的な行動をとるためという理由しか考えられません。

swissinfo : 金融危機は私利の追求によって引き起こされたのでしょうか。

フェール :  過去25年の間に私利の追求が増大したということはありませんが、間違ったインフラが敷かれていました。緩い規制と自由競争市場のイデオロギーというインフラは間違ったアプローチでした。

市場がそれ自身のみで正しく機能することは絶対にありません。市場が正しく機能するには「法の施行」と「公平な審判」が必要です。欲深な人間がいたとしても、正しい規制があれば金融危機は防げたでしょう。

swissinfo  :  私利を追求する人間の行動をどうやって規制するのですか

フェール  : 利己主義は人間の本性の一部で、それを変えることはできません。しかし利己的な人びとの良い点は、その行動を簡単に予測できる上、正しいインセンティブ ( 誘引 ) を与えれば変えることができることです。

例えば、もし社会的に有益な目的のためにお金を寄付するならば、税制上の優遇措置を与えるとすると、裕福な人びとは利他主義のためにではなく自分の利益のために寄付を行うでしょう。利己的な人間を利他的な人間に変えることはできませんが、正しいインセンティブを与えることによって、社会に役立つ目的へ私欲を振り向けることができるのです。

間違ったインセンティブの与え方の例として、インベストメントバンカーに対するボーナスがあります。インベストメントバンカーは、会社への長期的な貢献ではなく、個人の短期的な成果に対してボーナスをもらっています。

swissinfo : これは利己主義と利他主義の正しいバランスを見つける必要があるということでしょうか。

フェール : 利他主義も問題になることがあります。同じグループ内の少数派に対する利他主義は、しばし外部者に対する敵意を伴います。例えば、白人至上主義者は同じ白人に対しては利他主義を示す一方、黒人には強く敵対しています。

平均的に言って利他主義は良い結果をもたらすが、利己主義は問題を起こすというのは本当かもしれません。しかしこれら2つの動機そのものに関しては良いも悪いもありません。

私の役割は利他主義を伝道することではなく、理解することです。2つの動機を組み合わせて人間の行動を社会的に最適なものへ変化させるための研究を行う機関を設立したいと考えています。

swissinfo : 社会に対するメッセージはありますか。

フェール : 理想主義者は少数でも大きな違いを作り出すことができます。高度な協力を必要とする結果を生み出すためにたくさんの利他主義者は必要ありません。初めから多数の利他主義者を揃える必要はありませんが、たくさん育てることは可能です。

swissinfo、マシュー・アレン、チューリヒにて 笠原浩美 ( かさはら ひろみ ) 訳

エルンスト・フェール氏の実験は、仕返しの恐れがない状況を設定した場合、人々がどのように行動するかをテストした。

あるテストでは、被験者Aは100フラン ( 約7700円 ) を与えられ、被験者Bとどのように分けるか決定してもよいと言われる。被験者Bは、被験者Aが決めた分け前を受け取るか、拒否して返却するかのどちらかを選ぶことができる。

理屈では、被験者Bは分け前がたったの1フランであろうとも受け取るべきだが、少額のオファーは侮辱とみなされ拒否されることが多い。

実験では大学生を被験者として採用することが多いが、危険な犯罪者や自閉症の人など異なるグループも採用した。

ほかのテストでは、決定を下す前に被験者にホルモンを与えたり、一時的に脳の特定部分の機能を停止させることも行われた。

オーストリア人のエルンスト・フェール氏は経済学の教授で、チューリヒ大学の経済経験調査研究所 ( Institute for Empirical research in Economics ) のディレクターを務める。また世界中のさまざまな研究機関のメンバーや研究員でもある。

フェール氏の研究は経済、政治学、社会学、脳科学の分野とも交差するが、専門研究分野は人間の協力の発達および行動ファイナンスなど。

フェール氏の最も有名な著書は2002年にウルス・フィッシュバッカー氏との共著で出版した『なぜ社会的指向が重要か-競争、協力、インセンティブに対する非利己的な動機のインパクト』。

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