巨大ダムとスイスの水力発電
285メートルの高さのグランド・ディクサンス・ダム ( Grande Dixence dam ) など約50のダムと水力発電所が8月29日に一般公開された。これは第1回「水力エネルギーの日 ( Hydraulic Energy Day) 」の一環として企画されたものだ。
スイス最大の公共事業企業「アルピック社 ( Alpiq) 」は、水力発電が将来重要な役割を果たすと主張し、共同出資者と30億フラン ( 約2640 億円 ) を投資することを発表した。しかし、水力発電の可能性はすでに開発され尽くしているという批判もある。
半分以上が水力発電
地形と年間降水量に恵まれたスイスは、水力発電の利用に理想的な条件を備えている。スイス国内の総発電量の56%に相当する年間約380億キロワット時の電力が水力発電によって生産されている。
送電網製造企業を代表する組織の「スイスエレクトリック ( swisselectric ) 」によると、2035年までにかなりの数の原子力発電所が閉鎖され、長期の電力輸入契約が数件終了する一方、電力消費量が増加 ( 年2%増 ) していることから、約300億キロワット時の電力が不足することになる。
電力の供給を長期にわたって安定させるために、スイスはエネルギーの効率化、水力発電を含む再生可能なエネルギーの開発、大規模なガス火力発電所と原子力発電所の改築と建設、およびエネルギーの輸入などの方策を2007年に採択した。
スイスのダムは観光客に人気が高く、毎年約12万人が世界一の高さを誇る重力式コンクリートダムのグランド・ディクサンスを訪れる。そして、一般人は水力発電に対してポジティブなイメージを持っていると「スイス水資源協会 ( Schweizerischen Wasserwirtschaftsverbands ) 」は説明する。
「しかし、スイスの電力を生産するためには水力発電が重要なことについて気づいていない人が多いことが分かりました」と同協会の代表カスパー・バーダー氏は言う。
適切な時期
アルピック社の「スイス・エナジー部 ( Swiss Energy ) 」の代表ミヒャエル・ヴィダー氏は、スイスの電力の推定総不足量の10%に相当する30億キロワット時は現実に水力発電で補うことができると言う。
「これは必要ですが、わずかな量です」
と8月21日にヴィダー氏は報道関係者に語った
水力発電の開発は、過去15年から20年の間に起きた電力市場の自由化の不安定性、環境への関心、コストの問題などによって押しとどめられてきたと専門家は言う。しかし「EOS社」と「アテル社 ( Atel ) 」の合併で誕生したアルピック社と共同出資者は、新しい水力発電所の建設に24億フラン ( 約2100億円 ) 、既存の施設の改築に4億4千万フラン ( 約390億円 ) を投資する適切な時期が到来したと考えている。
「特にここヨーロッパの中心では、水力エネルギーが中心的な役割を果たします」
とアルピック社の水力発電事業の主任、イェルク・アベルトハルト氏は語る。
水中生物の保護
しかしスイス初の巨大ダムが建設されてから50年間が過ぎた現在も、水力発電についての論争が続いている。
「私たちは常に生産量を調節できるダムからのエネルギーを必要としています。しかしタービンを使って水を利用し、ダムから水を水路に放出するという新しい要求は問題です」
と環境保護団体「世界自然保護基金 ( WWF ) 」スイス支部のマリー・テレーズ・サングラ氏は述べる。
水中生物の生存のための最低限の水量の確保や、電力需要のピーク時における「容赦ない」水の放出によって河川が受ける大きな打撃の問題に対する解決など、サングラ氏は既存の施設が連邦政府の法律に厳密に則って運営される必要があることを指摘した。
「水力発電の将来性は、程度の差はありますが大体すでに開発されています。例外は、分散して電力を生産するために、タービンで飲料水や排水を放出することです」
とサングラ氏は付け加えた。
揚水式水力発電
この計画の一部としてアルピック社は、ヴァレー/ヴァリス州のエモッソン・ダムとオールド・エモッソン・ダムの間に位置するナント・ド・ドランス ( Nant de Drance ) に建設予定の新しい揚水式発電所に10億フラン ( 約870億円 ) を投資する意向だ。これによって標高の高い場所に水を汲み上げて貯水し、電力の生産量が減少したときに直ちにそして効果的に対応することができるようになる。
しかしWWFは、揚水式発電は環境に影響を与え、電力の生産時に最大30%のエネルギーが失われる結果になると批判する。
連邦工科大学ローザンヌ校 ( ETHL ) で水力発電所の建設を専門とする教授アントン・シュライス氏は、スイスの水力発電の可能性は約90%が開発済みだと同意しているが、ピーク時の電力の生産量を拡大することは可能だと指摘する。
「電力需要のピーク時に必要なエネルギーを生産するために、スイスには風力や太陽光の代わりに山岳地帯があるという利点を持っています。スイスにはヨーロッパの電力網を安定させる役割があるのです」
電力生産量を拡大するためには、1950年代から1970年代に建設された既存のダムや発電所の大半の改造や修理が必要で、そのためには今後15年から20年の間に200億から300億フラン ( 約1兆7600億円から2兆6300億円 ) を投資する必要があるとシュライス氏は説明している。
サイモン・ブラッドレー、swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、笠原浩美 )
地形と年間降水量に恵まれたスイスは、水力発電の発達に理想的な条件を備えている。
1970年代初期には、水力発電は国内電力総生産量の90%近くを占めていたが、原子力発電所が稼働するようになってから約56%に低下し、1985年以降はそのレベルで推移している。
しかし、水力発電は依然としてスイス国内における最も重要な再生可能エネルギーの源で、年間約380億キロワット時の生産量がある。
スイスにおける2004年の総電力生産量は63.5テラワット時で、そのうち55%を水力発電が、そして40%を原子力発電が占めた。
ヨーロッパ電力網の一部であるスイス電力業界は、おおむね自給自足状態にある。
しかし、スイスの年間電力輸入量と輸出量は、しばしヨーロッパ全体の平均の10倍を上回り、スイスは電力の大規模な貿易中心地となっている。
スイスには217のダムがあり、その84%が電力を生産している。また500以上の水力発電所があり、1万3314メガワット時の電力を生産している。
200メートル以上の高さを持つダムは、グランド・ディクサンス ( Grande Dixence ) ( 285メートル) 、 モーヴォワザン ( Mauvoisin ) ( 250メートル) 、ルツォーネ( Luzzone ) ( 225メートル) 、コントラ ( Contra ) ( 220メートル) の4つがある。
最も古いダムの起源は19世紀にさかのぼるが、最大級のダムの大半が1950年から1970年の間に建設された。
2000年12月、ダムから延びている高圧パイプラインが破裂したため地滑りが起こり、小集落が流され3人が死亡した。この事故によってグランド・ディクサンス・ダムは稼働を停止した。
その後の調査によって、パイプライン建設を請け負った企業が行った溶接部分が壊れ、何千立方メートルもの水が奔出したことが分かった。
10年近くの月日と約3億6500万フラン ( 約317億9200万円 ) の経費をかけ修理が行なわれ、2009年8月にパイプラインのテストが行われた。パイプラインは2010年の年頭に稼働開始が予定されており、1200メガワットの増産が可能となる予定。
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