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企業年金改革が国民投票に 争点は?

年金をもらえる年齢になっても働かなければならない時代が来る?
年金をもらえる年齢になっても働かなければならない時代が来る?(イメージ写真) Christof Schuerpf

スイスの被雇用者が加入する企業年金(BVG/LPP)の改革案が9月22日、国民投票にかけられる。年金財源を安定化させ、加入対象をパートタイム・低賃金労働者に広げるのが主な目的だ。

企業年金は、3本の柱から成るスイス年金制度の第2の柱だ。第1の柱である強制加入の老齢・遺族年金(AHV/AVS、日本の国民年金に相当)を補完する。第1、2の柱の年金を合わせて退職前給与の約6割相当を支給することを目指している。

スイス年金制度
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企業年金は、年間給与所得が2万2050フラン(約370万円)以上の全ての従業員に加入が義務付けられている。保険料は毎月の給与から天引きされる。保険料の少なくとも半分は雇用者が負担する。

保険料は個人の企業年金口座に積み立てられ、後に年金として月々、または一括で支給される。日本の厚生年金、共済年金に近い制度だ。

なぜ改革が必要なのか

スイスでは現在、人口の約半数にあたる460万人が企業年金の被保険者で、約90万人が年金を受け取っている。

改革の第一の目的は年金財源の安定化だ。政府によれば、平均寿命が伸び1人あたりの受給期間が長くなる一方で、低金利により年金基金の運用利回りが縮小し、財源の確保が危ぶまれている。

第二の目的は、これまで年間所得を理由に企業年金の対象に含まれなかったパートタイム従業員や低賃金労働者を制度に取り込むことだ。これらの大半は女性だという。

企業年金は「職業退職・遺族・障害年金制度に関する連邦法」(1982年制定)で規定され、20年近く改訂されていない。議会は社会・労働市場の変容に法律を適応させることが必要だとして議論を重ねてきた。

2017年には企業年金単独ではなくAHV/AVSと合体した改革案が国民投票にかけられたが、否決された。政府はその後、2つを切り分けて改革案を練り直した。AHV/AVS老齢・遺族年金改革は2年前の国民投票で可決された。

今回の企業年金改革が国民投票に持ち込まれたのは、労働組合連合が法改正に反対するレファレンダム(国民表決)を提起したからだ。

レファレンダム(国民表決)は、連邦議会で承認された法律の是非を国民投票で問う制度。新法公布後100日以内に、少なくとも有権者5万人分の署名を集めれば国民投票を行うことができる(任意のレファレンダム)。憲法憲法の改正や、超国家機関ないし集団安全保障機構への加盟については、自動的に国民投票が行われる(強制的レファレンダム)。

改革案の内容は?

改革案は主に5つの措置からなる。

1.最低転換率の引き下げ:企業年金の年間給付額は、被保険者が積み立てた最終貯蓄額に「最低転換率」を乗じた額になる。改革案ではこの最低転換率を現行の6.8%から6%に引き下げる。

例えば積立金が10万フランだと、年間給付額は6800フランから6000フランに減る。割合にすると12%の減額だ。

2.移行世代への補償:この受給額の減少を相殺するため、影響を受ける15年間の移行世代に対し、年金の上乗せを行う。被保険者の年齢が高く、また積立額が少ないほど上乗せ額は上がる。

3.保険料率の変更:現行の4段階から2段階に減らす。最も若い年齢グループ(25〜34歳)は引き上げ、最も高い年齢グループ(55~65歳)は引き下げる。

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これは、高齢労働者の雇用機会を増やすのが狙いだ。というのも、現行制度では保険料率が年齢が上がるにつれて増加する。そうすると年齢の高い労働者が転職を希望しても、企業は若い労働者よりも高い保険料率を負担しなければならないことを理由に雇い入れを敬遠する場合があるからだ。

4.加入基準の引き下げ:企業年金基金への加入基準を年間2万2050フラン以上から1万9845フランに引き下げる。これにより、新たに10万人が企業年金の対象となる。

5.調整控除の引き下げ:改革案では調整控除を「年収の20%」とし、現行の固定型調整控除は廃止する。

企業年金の保険料の算定は、実際の年収から一定額を控除した額を基にしている。この控除額が「調整控除」だ。給与がAHV/AVSと二重に年金保険の対象となるのを防ぐためだ。調整控除額は一律で、現行ではAHV/AVSの年間給付最高額の87.5%。2024年は2万5725フランだ。

新しい調整控除では、年収の80%(最大8万8200フラン)に保険料率をかけた金額が保険料になる。

政府は「収入が低い人でも給与の大部分が年金保険の対象となり、定年後に受け取る年金給付額が上がる」と説明する。

加入基準の引き下げと調整控除の変更は、特にパートタイム・女性など低所得者に配慮した措置だ。

影響を受けるのは誰か?

これは一概に言えない。理由の1つは国内に1000を超える企業年金基金があり、その多くが独自の規定を持つためだ。

最低転換率が適用されるのは年収8万8200フランまでだが、多くの企業はそれを超える年収部分も年金保険の対象に含めている。

スイスのほとんどの被保険者は、企業年金の義務部分を超える、いわゆる義務超過部分(独語でÜberobligatorium)と呼ばれるものにも保険料を払っている。超過部分については企業が自由に転換率を設定でき、平均5.3%と低い。

改革の影響を受けるのは(主に年収が8万8200フランを下回る)企業年金の義務部分の範疇の被保険者で、全体の15%~30%だろう。既に年金を受給している人は改革の影響を受けない。

また、スイスに赴任している日本人駐在員は、大半が赴任後も日本の厚生年金・国民年金のみを納めている。企業年金はスイスと日本の間で結ばれた社会保障協定の対象ではないが、この協定には赴任後5年間は日本の社会保障制度を適用するという特別規定がある。そのため、期間が5年を超えない駐在員に関してはほぼ影響がないといえる。

改革案を支持しているのは?

連邦内閣(政府)、連邦議会のほか、多くの経済団体や保守政党が改革案を支持する。

エリザベット・ボーム・シュナイダー内相は6月の記者会見で「既存の制度は現行の社会情勢と一致していない。企業年金は平均寿命の伸びと年金基金の利回り悪化という二重の課題に直面している」と述べ、早急の改革が必要だと訴えた。

パートタイム労働者、複数の仕事を掛け持ちする人、低所得者ら約36万人は受け取る年金が増え、低所得者の老後の生活が改善するという。

また企業年金基金は高すぎる転換率に伴う赤字を補填するため、現役の被雇用者・雇用者の保険料を受給者への給付に充てている。改正案が可決されれば、こうした制度の世代間不公平も解消できるという。

反対派の主張は?

改革に反対するスイス労働組合連合は、納める保険料は上がるのにもらえる年金が減ると批判する。

また過去10年の年金基金財政は潤沢であり、財政が圧迫されているという政府の主張は誤りだと主張する。

さらに、改革の受益者は運用手数料を得る金融業界だけだとも批判する。左派・社会民主党(SP/PS)のセドリック・ウェルムートゥ共同代表は「銀行、ブローカー、保険会社は被保険者を犠牲にして数十億フランを吸い上げている」と訴える。

また反対派は、特に女性が得をするという改革案の主張についても「家庭の事情によるキャリア中断や無償労働の不平等な配分によって生じる不利益が保障されておらず、大きな年金格差は依然残る。ターゲスムッター(個人託児所)や清掃員など複数の仕事を掛け持ちする人の多くは、依然として年金基金の対象から外れている」と批判する。

このほか外食ホテル業界連盟ガストロスイスなど低賃金労働者を抱える業界団体が改革案に反対している。農業組合は自由投票とした。

 編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳・追記:宇田薫、校正:上原亜紀子

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