紙飛行機から芸術へ
1枚の正方形の紙から複雑な立体像を生む折り紙は、「Origami」としてスイスでも広く知られている。最近では当地の企業も積極的に広告の中で使い、その魅力が注目されている。
今最も旬なスイスの折り紙アーティストのアトリエは、ルツェルンの観光スポット「瀕死のライオン」の記念碑近くの広場の奥にある。小さなアパートの木の階段をギシギシいわせながら2階に上がると、ドアからひょっこりシフォ・マボナさんが顔を出した。
狭いアトリエにアイデアいっぱい
「どうぞ、奥に」と招くが、マボナさんのアトリエは、奥行きなどほとんどない小さな部屋だ。せいぜい6畳の広さ。観音開きの窓が一つ。窓の幅が部屋の幅とほぼ同じ。窓際に置かれた白い大きなテーブルが、部屋の大部分を占めている。ポータブルコンピューターは、ところ狭しと置かれた大型の折り紙や紙に紛れていた。
スイス人の誰もが、日本語のオリガミという言葉を知っているとはいえ、紙を手に持っただけでツルや風船を折れる人は少ない。せいぜい折れるのは、日よけのために折る三角帽子だ。筆者が持参した折り紙の中から白い和紙を手に取るとマボナさんは、「時間はどれぐらいありますか?」と聞いた上で、バスケットシューズを立体的に折っていった。つま先と足首の部分は目分量で折り、自由で柔らかな線を出す。
作品に使うのは正方形の紙1枚。数枚の紙を組み合わせることもなければ、紙をハサミで切ることももちろん、ない。
「ネズミを折るとなったら、紙を前にしただけでここが頭、ここには耳、反対側には尻尾と想像できます」
コンピューターを使うことはなく、紙を手に持って折り始め、試行錯誤を繰り返すうちにマボナさんのオリジナル作品はできあがる。
「スイスでは、空想の動物を折る人は多いが、僕のようにプリンターを機種別に折り分ける人は少ないんじゃないかな」
動物を折っても、種によって違いを表現できるのが自慢だ。
紙飛行機から始まった
スイス人の母親と南アフリカ人の父親を持つマボナさんは1980年スイスで生まれ、スイスの教育を受けた。5歳か6歳のころ、母親に折ってもらった紙飛行機に魅せられた。教えられたとおりにするのではなく、自分で工夫して、なるべく遠くに飛ばそうとしたという。そのうち興味はバスケットボールに移っていき紙飛行機は忘れた。
19歳になったマボナさんはふと、子どものころを思い出した。「日本の折り紙の技術は最も先端を行っている」。より長く飛ぶ紙飛行機を折るためには、日本の折り紙を知るべきだと、研究するうちに、折り紙に魅せられたという。こうしてオリジナル折り紙を折るようになった。
2007年、日本のスポーツ用品の「アシックス社 ( Asics ) 」の展示用コマーシャルビデオ制作に参加するという快挙を果たした。マボナさんはこのビデオのために15種類から20種類のオリジナル折り紙を創作したのだ。ビデオは「始めには何もなかった。アイデアだけがあった」と語る伝説的な創業者、鬼塚喜八郎氏のメッセージとともに白い正方形の1枚の紙から、トラが生まれていくシーンで始まる。
「折り紙の魅力は1枚の紙というシンプルなものから、無限大に複雑な物を作れること。紙からどんなに複雑なものを作るかという挑戦だ」とマボナさんが言うように、ビデオは企業の歴史に折り紙の魅力を重ね合わせた構成だ。アシックス60周年のレセプション用のインテリアもマボナさんが折り紙で作った。
「等身大のトラは手と足とで、アシスタントを使って折りました」
こうしてほかの企業からの発注も舞い込むようになったこともあり、大学で専攻する心理学は卒業試験を受ける直前でストップし、プロとして折り紙アーティストを今年1月に宣言した。
勇気を出しての1歩
プロになったからには、アーティストとして展示会を中心に生きていきたいが、企業からの注文を受けるため時間に追われる毎日だ。コンサルタント企業から、折り紙を使った成人教育のプロジェクトの提案もある。プロになる前は、大学に通いながら、小中学校の教員の免許を活かし、パートの教員として学校で子どもたちに教えてきた。生活水準はその頃と変わらないという。
学校を出て、安定した企業に就職し、生活の保障をまず求める現代スイスの若者には迎合せず「勇気を持って自分の夢をかなえようと1歩を踏み出す方だと思う」とマボナさん。
「自分が情熱を持てる者に対しては、努力家だと思うけど、心理学はちょっとおろそかにしているかな?もっとまじめに勉強していたら、大学に8年も在籍せず、さっさと卒業していたかもしれません」
折り紙のプロになっても、大学は卒業するつもりだという。
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