IV アルプス -2-
スイスの国柄
どこの国にもみなそれぞれに文化の型があるようだ。その型によって、その社会の性格とか、内部の連繋が成りたっているようで、これに馴染まないものは、孤立者となって圏外に立つより他に途がないと思われる。この点について私は幸せであった。それは若年であるということである。未熟な私はどこに行っても余り抵抗を感じたことはなかった。
しかしスイスに来て私は全く異った雰囲気を感じた。いままで過ぎて来た国々では、大なり小なり戦争の影響が日常生活のうえに現われているのに、この国ではそのような気配はどこにもなく、人々は親切で平穏な生活が都会にも農村にも存在していた。ここでは戦争による生活の変化や断絶がないのである。私は外国に渡って、初めてスイスにくつろぎを見出した。このくつろぎを与える国は偉大であると思った。多くの外国の文学者とか学者、それから亡命政治家までがスイスに長く住んだ例は多い。それは美しい自然のうえに国柄のいたすこのくつろぎも、与っているのではなかろうか。
国柄といえばスィスはドイツ語系の人が七〇%、フランス語系の人が二〇%、その他にイタリア語系とロマニッシュ語系の人々が若干という構成である。それでいて比率の多少から起る他への優越感とか支配欲とか、したがって摩擦とか不和といった支障が全く惹き起されない。歴史とか風土のいたすところであろうが、連邦国家として見事な団結である。産業ではヨーロッパの最も進歩した国でありながら、国中至るところに昔からの習俗を保存し大切にしていた。この進歩と保守とが調和しているのも不思議に思われた。産業でも最新の機械と工匠とが併存している。スイスは都会でさえも、清潔であり真面目であって、どこの大都会にもあるようなエクセントリックな面がない。であるから面白くないという旅行者もいるが、勤勉で節度ある国民であるから、殊にわが国の人のように羽目をはずすこともないのであろう。
私は、今から十年ばかり前(一九五七年)、ベルンでラジオの放送をしたことがあった。そのときの話で、この国の放送は正午から始めて四時には終了するとのことであった。テレビのことは聞かなかったがいたってもの静かなものである。そういえば昔ベルンでパンションに滞在していたとき、その家の息子さんがピアノを習っていたことを思い出す。日没と同時に窓を閉めて練習する。聞けば日没後は楽器の音が外部に洩れてはならない規則になっているのだと言った。規律を重んずる人たちなのである。
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