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地球に恋して、バイクに恋して

「ぼくより、バイクのほうが好きだろう」と夫のクルトさんに皮肉られるほど、バイクが好きで好きでたまらないという東はるみさん ( 50歳 ) 。事故を起こして骨折しようが、脱臼しようが、バイクに嫌われない限り乗り続けたいと言う。

26年前に出会ったクルトさんから、バイクで走る世界一周旅行の計画を聞かされた東さんは、躊躇 ( ちゅうちょ ) することなくこれに飛びついたという。

 1981年の夏、クルトさんの運転するバイクの後ろに乗りスペインからアフリカ入りし、サハラ砂漠を通り南アフリカへ。東南アジアを回りオーストラリアへ。その後フィリピン、台湾を回って日本に到着したのは1984年2月だった。日本から渡米し、南米を縦断。リオデジャネイロから船でイタリアへ渡りスイスに戻った。全行程6年間の長旅だった。その後もはるみさんとクルトさん夫妻の旅は続く。1999年には、サイドカーを付けたバイクで、フィンランドを経由して冬のシベリア湿原を走り、日本へ渡った。帰りは再びロシアを通り、カザフスタン、トクメニスタン、イランを経由してスイスに戻ってきた。そして去年、それぞれ1台のバイクを運転し、ロシア経由で再び日本へ行った。50歳の記念である。

swissinfo : 昨年秋になさったロシア経由で日本に帰られたツーリングでは、全行程をご自分で運転なさったのですね。 

東はるみ : 免許を1990年に取り、2回目のツーリングではクルトとわたしが交替で運転しましたが、全行程の1万6300キロメートルを自分で運転した今回は、以前とは違った達成感があります。

わたしの出身地である鹿児島の阿久根市では「華の50歳組」というイベントがあります。50歳になった小学校の同級生が集まり、3日間にわたって祝います。これに参加するため、北海道から故郷の阿久根市までツーリングしようと思いました。しかも、50歳にかけて50ccのバイクで、スイス人女性のバイク友だちと一緒に、と思っていました。残念にも彼女は結局参加できなかったので、再びパートナーのクルトと行くことになりました。

ところが、です。出発予定の1カ月ほど前、時速たった30キロメートルで走っていたのですが、タイヤについていた油で滑ったのでしょう。カ−ブで転んでしまい、脳内出血を起こしてしまいました。

swissinfo : えっ、それで?

東 : 3日間昏睡状態です。その間、バイクに乗って楽しいといった夢ばかり見ていました。3日たったら、ぱっと正気に戻りましたが、事故のことはまるっきり覚えていませんでした。

退院した後、家族からバイクを止めるようにと説得の圧力がかかりました。クルトは「自分の人生だから自分で決めなさい。人生は一度だよ」と言ってくれました。バイクに乗ってみたら、怖いと思わなかったので、続けることにしました。ただ、クルトには「もっと練習しようね」と釘を刺されました。こうして、日本へ向けてスタ−トできたのです。

swissinfo : それほどにバイクに魅せられているのですね。

東 : バイクを運転しているときは、自然との一体感があります。わたしの場合、エンジンの音も聞こえなくなります。晴天の日、家の近くを運転していると、ユングフラウが見えますが、すうっとその風景に吸い込まれてしまうかのようです。

swissinfo : 1999年のツ−リングと同じように今回ロシアを通ったのはなぜですか。

東 : ロシアがすっかり好きになったからです。前回は冬のロシアでしたが、今回は夏のロシアを走ってみたくなったのです。ロシア語も習いました。前回出会った人たちと今も、文通や電話で交流し続けています。今回は、ロシアの知り合いのほぼ全員に再会できたのが嬉しかったですね。

バイクのツ−リングの魅力は、現地の人たちとの出会いです。踏み切りで止まっていると、歩いている人に声を掛けられたりします。宿を探して道を聞いたら、自分の家にぜひ泊ってくださいと言われたこともありました。その人の家では一晩中、語り合ったものです。

swissinfo : 予算はどのくらい掛かるものなのでしょうか。

東 : 野宿が基本ですので、費用はガソリン代と食事代だけですね。1回目は約700万円。2回目は380万円。3回目は自炊をしなかったので高くなり、200万円でしょうか。1回目は20年以上前のことで物価も今とは違いますが。長期旅行でしたが、スイスから持って行ったお金は100万円でした。南アフリカでクルトが5カ月間働きました。オーストラリアでは2人でトマトもぎをしました。バケツ1杯でいくらという仕事で、朝6時から午後2時までです。3週間で20万円ほど稼ぎました。日本では長期滞在でしたので、2人で協力して働いていました。

swissinfo : 東さんの場合、野宿が基本ということですが、どのような生活をするのでしょう。

東 : もちろん、大都市などでは野宿はできません。キャンプ場や安い宿を探します。3回目のツ−リングはわたしが事故を起こした後だったこともあり、安いレストランで食事をしましたが、1回目も2回目も自炊です。コンロにはバイクのガソリンを使います。しっかり食べないと、運転ができませんから、食事はとても大切にしています。

水は貴重です。濡れ手ぬぐいで体を拭き、髪はお湯を沸かし、クルトと1日おきに洗いました。

トイレは、野外ですることがよくあります。ただ、シベリア湿原は蚊が多いので、木の陰に隠れて、というわけにはいきません。道端でします。女性は大変です。クルトが、車が来るかどうか見張っていて来ないとなると「来ないよ。せーの」と号令を掛けてくれるので、わたしは、「1、2の3っ」で用を足すわけです。見張りが良かったので、1度も見られたことはありません。

Swissinfo : GPSや携帯電話、ポータブルコンピュータなどIT機器を頼りにすることもありますか。

東 : 一切持って行きません。ツーリング中、クルトが先頭で走りますが、わたしに何かあったら止まると約束しています。バックミラーにわたしの姿が見えなくなったら、彼がU ターンしてわたしの様子を見に来ることにしています。ですから、携帯など必要ありません。方向を定めるには地図で十分ですし、コンピュータも持ちません。ロシアなど、道があまりないので地図は2枚だけでした。ラジオは持っていき短波を聴きました。

swissinfo : 怖かったこと、断念しそうになったことはありますか。

東 : サハラ砂漠で転倒し、脱臼したときは大変でした。砂漠のど真ん中。幸い、ドイツ人が運転するワゴン車が通りかかり、200キロ戻った村まで連れて行ってくれました。バイクは砂漠に置き捨てました。後でバスの運転手が発見してくれたと知ったので、取りに行きました。その運転手は、快くバイクを返してくれたので、旅行が続けられたのです。

物を盗まれたことはありませんが、大切にしていた日記帳が入っているサイドバックが、シベリアを走っているうちに縫い目がほころびて落ちてしまったときには、とても悲しかったです。

swissinfo : バイクでツーリングするための条件はなんでしょう?

東 : わたしでもできるのですから、したいと思えば誰でもできるのではないでしょうか。できないでいるのは、考えすぎるからではないのでしょうか。

自然が好きです。人が好きです。そして、バイクが好きです。野宿が好きです。青空、野原、テントそしてその横でごろんとして、青空をながめながら、「無」になるって、最高ですね。ビールがあったらもっといいですね。

swissinfo、聞き手 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 

東さん夫婦が日本へ行ったバイクツーリングの旅
1回目 1981年7月〜87年8月中旬 ( ヤマハXS750を2人乗りした ) 15万Km
スイス − フランス − スペイン − モロッコ − アルジェリア − ニジェール − ナイジェリア − カメルーン − 中央アフリカ − ザイール − ルアンダ − タンザニア − ザンビア − マラウィ − ジンバブェ − 南アフリカ共和国 − スリランカ − インド − ネパール − マレ−シア − シンガポール − オーストラリア − フィリピン − 台湾 − 日本 − USA − カナダ − メキシコ − グアテマラ − ホンジュラス − ニカラグア − コスタリカ − パナマ − コロンビア − エクアドル − ボリビア − ペルー − チリ − アルゼンチン − パラグアイ − ブラジル − イタリア − スイス

2回目 1999年7月8日〜2000年7月13日 ( モトグチとサイドカー) 5万Km 
スイス − フランス − ベルギ− − ルクセンブルグ − オランダ − ドイツ − デンマーク − スウェーデン − ノルウェー − フィンランド − ロシア − モンゴル − ロシア − 日本 − ロシア − カザフスタン − キルギスタン − ウスベキスタン − トルクメニスタン − イラン − トルコ − ギリシャ − イタリア − スイス

3回目 2006年7月2日〜9月下旬 ( 2台のヤマハ、ビラ−ゴ535 ) 1万6300 Km
スイス − オ−ストリア − ハンガリー − ウクライナ − ロシア − 日本

<東はるみさんの著書>
『地球に恋してタンデムラン −バイクで世界1周、42カ国15万Km走破の記録!』
1992年造形社刊

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