アルプスに挑んだ先人を等身大で 山岳作家ブラハム氏
スイス在住の山岳作家トレバー・ブラハム氏が、アルプス登山史に残る先人たちを等身大でとらえなおした。
同氏による著書『When the Alps cast their spell (アルプスに魅せられて)』は今年、山岳文学の頂点、ボードマン・タスカー賞を受賞。
ブラハム氏は「アルプス初登頂を目指した偉人たちは僕の中で常に英雄的存在だった。彼らを追いかける形で山に登り、彼らの著書を紐解いているうちに、自分と同じように感じる人間だとわかったんだ。そこを表現したかった」と語る。
魔法をかけられて
今年で82歳を迎えたブラハム氏の足取りはまだ健在だ。毎年多くの観光客がそうするように、スイス中部の山岳リゾート地グリンデルワルトから電車に乗り、アイガーやユングフラウが聳え立つ麓まで足を運ぶ。
「交通手段が便利になると、アルプスにやって来る人は誰でも山に登れるものと思ってしまうみたいだね。19世紀に興ったアルプスの魔法はもう消えちゃったね」ブラハム氏がつぶやく。
著書『When the Alps cast their spell』に登場するのは19世紀に活躍した6人の登山家。アルプス登頂に絡む秘話や自らの登山経験を通して、その人間像に新しい光をあてる。
例えば、スイス南部とイタリア国境にあるアルプスの高峰モンテ・ローザ(標高4,634メートル)に1858年、単独登頂を果たしたアイルランドの科学者ジョン・ティンダルについて、ブラハム氏はこう指摘する。
「ティンダルを突き動かしたのは科学的好奇心ではないんだ。モンテ・ローザの頂上から世界を見てみたいという長年の想いなんだ。どんな思いで頂上に辿り着いたんだろう。細い尾根道を通るのに、ロープでガイドと繋がっている僕ですら震えたぐらいだから、ロープを使わなかった彼はさぞかし怖い思いをしたはずだよ」
他に、英評論家レズリー・スティーブンによるアルプス登山の回想記も引用する。
「スティーブンはこう書き残しているんだ。アルプス登頂で感動を味わったけど、山岳ガイドが修繕したズボンを履いて頂上に辿り着いた自分に滑稽さも感じたってね。そうしたことを再現して、先人たちも同じ普通の人間だと表現したかったんだ」
「スティーブンがいた時代ではアルプスはまだ未知の土地だっただろ。だから彼にとっては聖地だったし、そこにアルプスの魔法がかかっていたんだ。それがスティーブンみたいな男たちを魅了したんだと思うよ」
「魔法」はブラハム氏にもかかったままに違いない。きっと。
スイス国際放送 デイル・ベヒテル 安達聡子(あだちさとこ)意訳
トレバー・ブラハム氏:
1922年、英植民地支配下のインドに生まれる。
1947年のヒマラヤ登頂スイス遠征隊を皮切りに、世界の様々な高峰を登頂。
1974年にスイス人の妻と息子2人と共にスイスに渡る。
最初の著書『Himalayan Odyssey(ヒマラヤン・オデッセー)』(1974)は、ブラハム氏によるヒマラヤ登山の回想記。
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