深刻な労働力不足に悩むスイス企業
スイスで今年1~3月に登録された求人数は10万人を超え、過去最多を記録した。この労働力不足は更に深刻化し、スイス経済を脅かす恐れがある。打開策を専門家に聞いた。
人手不足が最も深刻な産業は?
連邦統計局(BFS/OFS)が先月末発表した1~3月期の統計外部リンクによると、第2次産業(工業)も第3次産業(サービス業)も採用難に直面している。特に、ホテル・外食産業やハイテク産業の状況が厳しい。だが、人手不足は看護・介護、運輸、建設、物流、更には建築の分野にも及んでいる。大型車両の運転手でさえ、今や非常に求人数の多い資格だ。
スイス被雇用者連盟外部リンクのシュテファン・シュトゥーダー会長は「新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は経済のデジタル化を促し、多くの物流網を発展させた。そのため全ての産業部門が同じようなスキルを求めて競争している。コンピューター科学者や宅配ドライバーは引く手あまただ」と説明する。
経済協力開発機構(OECD)が約40カ国を対象に行うモニタリング外部リンクによると、スイスで最も求められているのは当然ながら高度な資格を必要とする職だ。OECDで雇用可能性・資格の分野の責任者を務めるグレンダ・クィンティーニ氏は「健康、デジタル技術、科学研究分野の職業に関するスキルが特に不足している。一方、訓練・教育や肉体労働・手仕事で必要とされるスキルに構造的な不足は見られない」と指摘する。
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スイスだけの問題か?
そうではない。全ての先進国が今日、同じ課題に直面している。ドイツ(求人数200万人超)とフランス(同約100万人)は記録的な労働力不足に陥っている。イタリアでは建設業だけで26万人近い労働力が不足する。
英国では、欧州連合(EU)離脱により就業率が欧州最低であるにもかかわらず、企業は熟練労働者の確保に苦労している。労働条件の悪さと低賃金を理由に、少なくとも50万人が同国の労働市場を去った。
この「大量離職」と呼ばれる現象は特にアングロサクソン諸国で注目を集めている。1100万人以上の求人を抱える米国では3月、450万人以上が新たな職業上の機会を求めて離職した。
労働力不足は一時的なものか、それとも永続的なものか?
ジュネーブ大学とジュネーブ経営大学院(HEG)外部リンクで准教授(経済学)を務めるジョヴァンニ・フェロ・ルッツィ氏は「パンデミック後のキャッチアップ効果により、多くの産業部門で労働需要が高まっている。同時に、ベビーブーム時代に生まれた団塊世代が大量に定年退職し、労働市場への新規参入者だけで人手不足を埋めるのは難しい」と語る。
景気動向に関する要因と構造的要因は結びつくことが多い。例えばホテル・外食産業ではパンデミック前から一部の職業訓練生向けポストを埋めるのが難しかった。新型コロナ危機でそれが加速した。
スイス国内最大の労働組合ウニア外部リンク(Unia)の広報責任者、リュカ・デュビュイ氏は「職業上の要求とは見合わない厳しい労働条件に加え、新型コロナによって雇用が不安定になった。この2年間で多くの被雇用者がホテル・外食産業を去った。戻ってこない者も多いだろう」と話す。
パンデミックで厳しい労働実態が浮き彫りになった看護・介護部門も同じ状況だ。「ストレスや低賃金のせいで、被雇用者は看護や介護の職に長期的な展望を持てない」
スイス被雇用者連盟が今年初めに発表した調査結果外部リンクは、目下の人手不足はスイスの雇用者が今後直面するであろう採用難の前兆でしかないと指摘する。スイスでは今後4年間で約36万5千人の熟練労働者(専門職や大卒)が不足。35年には、その数は120万人に跳ね上がる。これは、定年退職者数から労働市場への新規参入者数を引く単純な計算に基づく予測だ。
労働力不足がスイス経済に与える損失は?
スイス被雇用者連盟は同調査の中で、人手不足でスイス経済が被る損失は25年だけで600億フラン(約8兆460億円)に上ると見積もる。特に工業分野における採用難が懸念される。シュトゥーダー氏は「スイスのイノベーション力にとって深刻な脅威だ」とみている。経営者団体も同様の見解だ。永続的な労働力不足は競争上の優位性を大きく損なうと危惧する。天然資源が豊富ではないスイスが繁栄を確保するには「頭脳」に頼るしかないためだ。
移民で人手不足を部分的に解消できるか?
ドイツの職人やフランスの越境労働者、そしてイタリアの季節労働者などの移民がいなければ、スイス経済がこの2世紀で現在の水準に達することはなかった。スイスが今後の人口減少を補うためには、外国人労働力を輸入せざるを得ない。
高賃金で知られるスイスは長年、欧州大陸からの外国人労働者にとって黄金郷のような存在だった。しかし、状況は変わりつつある。シュトゥーダー氏は「フランス、ドイツ、イタリアの企業も熟練労働者の確保に苦労している。これらの国々を労働力の供給源として永遠にあてにすることはできないだろう」と話す。フェロ・ルッツィ氏も同じ意見だ。「スイスは依然として魅力的な国だ。しかし、欧州全域で労働条件や賃金が改善され、差は小さくなっている」
パンデミックの影響も見過ごせない。OECDのクィンティーニ氏によると、スペイン、イタリア、フランスでは、新型コロナで人々が自国に留まらざるを得なくなり、頭脳流出に急ブレーキがかかった。という。「家族や友人の近くで働く利点に気付いた人々にとっては、仕事のために急いで自国を離れる必要がなくなった。この現象が続くかどうかはまだ分からない」と同氏は話す。
人手不足の打開策は?
非欧州諸国からの移民の受け入れを大幅に増やすという選択肢がある。だが、この問題には政治的なリスクがある。労働組合にとって解決策は明らかだ。ウニアのデュビュイ氏は「私たちは労働条件の改善を要求。特に、賃金の引き上げとリカレント教育を受ける機会の拡大が必要だ」と主張する。
リベラルな立場で知られるOECDも多かれ少なかれ同じような解決策を推奨している。クィンティーニ氏は「採用難にもかかわらず、多くの企業は賃金の引き上げ、被雇用者へのより柔軟な対応、ポストに必要な資格を完全には満たしていない応募者の採用にまだ消極的だ。雇用者側の姿勢を改革する必要がある」と強調する。
より多くの女性、高齢者、障害者を労働市場に組み入れることは経営者団体にとっても労働組合にとっても優先事項だ。シュトゥーダー氏は「このメッセージはずっと以前から政界や経済界で言われ続けてきたことだ。今こそ行動に移る時だ」と述べる。
swissinfo.chが取材した専門家らの間で意見が一致する点が1つある。それは社会人が大学などで学び直す「リカレント教育」が今後数年間の非常に重要な課題だということだ。OECD加盟諸国では現在、成人の40%未満が毎年、雇用期間中にリカレント教育を受けている。クィンティーニ氏によると、「最も技能の低い職では、先進的とされる北欧諸国を含めてもリカレント教育を受ける割合は20%を下回る」という。
持続可能な社会への移行で生まれた新しい職業に必要なスキルなど、企業ニーズとのマッチングが改善されれば、熟練労働者の不足が大幅に解消される可能性がある。
(仏語からの翻訳・江藤真理)
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