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自己矛盾を抱えた時計の祭典 ジュネーブ時計グランプリ

壇上の受賞者たち
第23回ジュネーブ時計グランプリの優勝者 GPHG

時計業界のアカデミー賞とされる「ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)」の授賞式が9日開催された。今年で23回目を数えるこのコンテストに対しては、例年のように称賛と批判が巻き起こった。時計ジャーナリストのアレクセイ・タルハノフ氏が取材した。

Grand Prix d’Horlogerie de Genève外部リンク(ジュネーブ時計グランプリ、GPHG)の最高賞「エギュイユ・ドール(金の針)」の受賞者として壇上に上がった時計界のカリスマ、オーデマ ピゲのフランソワ・アンリ・ベナミアス社長は次のように話した。「私は今年、ヴォー州ル・ブラッシュにある大企業を去る。在任した10年間で利益を4倍に伸ばした」

エギュイユ・ドールがオーデマ ピゲの1875年の創業以来最も複雑精巧な腕時計「CODE 11.59バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル RD#4」に授与されたことで、コンテストの重みは一段と増したと言える。

GPHGは優れた時計だけでなく、その成功のために尽力した人々にも光を当てる。15部門でノミネートされる時計は各6本。受賞したモデルはその時計技術者やブランドマネージャーなど、その創造者が授賞式の壇上に上がる。通常はショーウィンドウの向こうにいる職人を見る機会はないため、貴重な瞬間だ。

時計のイメージ
2023年のエギュイユ・ドールを受賞したオーデマ ピゲの「CODE 11.59バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル RD#4」 DR

コンテスト嫌いの大手ブランド

ベナミアス氏はCODE 11.59の生産ライン立ち上げに多大な忍耐力を示さなければならなかった。発売当時は大きな批判を浴びたが、オーデマピゲの人気モデル「ロイヤルオーク」シリーズへの依存を断ち切る役割が期待されていた。ベナミアス氏が語る成功の秘訣とは?「働くこと、信じること!負けることを恐れず、何よりも参加することだ。さもなければ勝てない」

大のスポーツ好きで、元プロゴルファーでもあるベナミアス氏は、他の主要ブランドにもGPHGへの参加を呼び掛けてきた。多くの大手時計メーカーがコンテストへの参加を忌避していることは、誰もが認める国際的ベンチマークとしての地位を確立したいGPHGにとって大きな課題となっている。

GPHGの参加者リストには、高級時計業界の著名ブランドの名はほとんどない。今年リシュモングループから参加したのはピアジェだけだった。レディス部門とアーティスティッククラフトウォッチ部門で優勝できたピアジェ外部リンクに後悔はなさそうだ。

ロレックスは一度も参加したことがない。時にはスポンサーとしてGPHGをサポートし、妹ブランドのチューダーが毎年代表として出場した。エギュイユ・ドールを2002年と03年に受賞したパテックフィリップは、2005年を最後に競争の舞台から降りた。2014年に出場したオメガは、「リバイバルウォッチ」部門での受賞が最高賞とは程遠かったためか、それきり参加していない。

swissinfo.chが取材した業界関係者は、このレベルのブランドにとってはコンテストに参加する意味が無いと口をそろえる。優勝しても評価はさほど上がらないが、負けて不愉快な思いをすることは誰にも避けられないからだ。

フランソワ・アンリ・ベナミアスCEO
ジュネーブで2度目のエギュイユ・ドールを受賞したオーデ ピゲのフランソワ・アンリ・ベナミアスCEO ©miguelbueno

世界各国で展示される時計

だが疑問は残る。老舗映画会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)やワーナー・ブラザース不在のアカデミー賞授賞式を想像できるだろうか?スイス代表の出場しない冬季オリンピックはありうるか?元外交官でGPHGの会長を務めるレイモンド・ロレタン氏は「グランプリのイメージを向上させ、審査員リスト拡充により公平性を高めれば、いずれ各ブランドは参加という正しい決断を下すようになる」と確信する。

スイス西部ヌーシャテル州に工房を持つフィンランド出身の時計師、カリ・ヴティライネン氏も同調する。「我々は参加しなければならない。創業100年の大手ブランドは独自の戦略を持っているかもしれないが、独立系ブランドにとっては自分たちが生きていることを毎年証明することが重要だ」。ブティライネン氏の時計は今年、メンズコンプリケーションウォッチ部門で優勝した。

受賞によって知名度を高められる人もいる。「GPHGに参加するだけで、私たちの作品が輝ける」。時計デザイナーで「ArtyA」ブランドのオーナー、イヴァン・アルパ氏はこう語る。「時計見本市に比べれば参加費用は低く、見返りは大きい」

GPHGへの参加自体はさほど難しくない。事前審査や順番待ちリストに登録する必要はない。出品時計の中から、まず世界各国850人の会員から成る「GPHGアカデミー」がノミネート作品を選出する。ノミネート案はブランドが承認・拒否したり、ブランドが別の時計を追加したりできる。

コンテストへの出品にかかる当初費用はわずか800フラン(約13万円)。ノミネートされると7000フランの参加費が必要になる。ノミネートされた時計は、GPHG期間中に世界各国を巡回する。今年はマカオ、香港、クアラルンプール、ニューヨーク、ドバイ、ジュネーブ、チューリヒを巡った。

高級化する時計

GPHGに出品される時計に非常に高価なモデルが多いことは、よく批判の的になる。1050フランの時計と258万フランの時計を比較することが可能だろうか?実際、こうした時計が部門は違えど同じ年のコンテストに出品されている。2023年にノミネートされた時計90本の平均価格は 18万3486フラン(約3000万円)だった。

価格上昇が顕著なのは、「安価な」時計を表彰するために設けられた「スモールハンド」部門だ。当初は価格1000フランが上限だったが、今年は8000フランが上限の「プティ・エギュイユ(小さい針)」部門と2000フランが上限の「チャレンジ」部門に分かれた。

司会のフランス人俳優エドゥアール・ベア氏は「スイスにはまだこの価格帯の時計があるのだろうか?」と冗談を飛ばした。ロレタン氏は「それが私たちの現実だ」と自嘲する。「もっと『民主的』なモデルが欲しいが、私たちには与えられたもの、私たちが作り出すものがある。出品された時計は買い手が見つかり、多くのモデルが既に完売している」

国際市場でスイスの時計産業を代表するのは高級時計だ。スイス時計協会(FH)によると、2023年1~9月期に輸出が伸びたのは、前年同期比8.2%増を記録した3000フラン超のセグメントだけだった。

無名ブランドのバロメーター

GPHGが存在しなかったら、誰か別の人がこうしたコンテストを創設していただろう。無名ブランドの成功・失敗を評価する一種のバロメーターのようなもので、特に海外の時計ファンにとっては非常に有益だ。スイスの時計業界が満場一致でGPHGを支持しているわけではないのは驚くべきことだ。

ロレタン氏は、GPHGアカデミーの会員数が間もなく1000人に達すると期待する。アカデミーの国際化と拡大が、自己矛盾の解決につながる可能性はある。GPHGには欠点もあるが、時計業界共通の利益のために20年以上前に設立されたこのコンテストを利用しない理由はない。

少なくとも英国人ジャーナリストでGPHG審査員長を務めるニック・フォークス氏はそう考えている。「授賞式は時計メーカーにとって最も重要なイベントの1つだ。経済的に重要なだけでなく、時計業界の文化生活にとっても大きな意味を持つ。フランスが美食の女王であり、イタリアがファッションの先生だとすれば、スイスは時計産業の聖地であり続けるからだ」

編集:Samuel Jaberg、仏語からの翻訳:ムートゥ朋子

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